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月の砂漠

「月の砂漠って歌あるじゃん。俺さ。ずっと、月に砂漠があって、そこを駱駝で旅している人の歌だと思ってたんだ」
「らしいっちゃ。らしいな」
「何?らしいって」
「ロマンチストなおまえらしいってことさ」
「馬鹿にしているだろう?」
「全然」
「どうだか」
「大正12年に発表されたとは思えないよな」
「月の砂漠?」
「そう」
「どこの国の歌?」
「日本の歌」
「マジ?」
「まじ」
「どこの国をイメージしたんだろうなぁ」
「千夜一夜物語が日本語訳されたのは明治時代だから、作者はそういう世界をイメージして作ってもおかしくないよな。だから、旅の駱駝には王子様とお姫様が乗っているんだ」
「え?そうなの?」
「え?って。そうだろう?」
「俺、『旅の駱駝がいきました』で終わってる」
「おやおや」
「おまえさ。やっぱり俺を馬鹿にしてるだろう?」
「馬鹿にしてないよ。たださ月の見える砂漠を行く駱駝が、金の鞍と銀の鞍をそれぞれつけて、金の鞍には銀の甕、銀の鞍には金の甕が括り付けられて、それに白い装束の王子様とお姫様がそれぞれ乗っているんだ…という絵面のがより一層ロマンチックじゃないか?」
「何それ?」
「そういう歌詞」
「ヤバくね?それが大正時代?」
「そう」
「大正ロマンとはよくいったものだね」
「もっとも月の上の砂漠を行くとしたら、王子様とお姫様の着ている白い服は宇宙服だね」
「駱駝じゃなくて驢馬ローバになるな」
「駱駝型ローバか?」
「なんだそれ?あ…」
「なんか降りてきた?いいよSF。短編で構わない」
「うわぁ…いきなり仕事の話するなよ。あ、でもちょっとメモっとこう」
「秋にSF特集号が出る予定だから、4000〜5000字でお願いできるかな?」
「具体的すぎ。いきなり担当編集の顔になるなよ」
「悪いね。全然ロマンチックでなくて」