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【68 たまご】#100のシリーズ

「卵、高くなったなぁ」
と言っても、ほぼ毎晩の厚焼き卵で一杯をやめるほどのものではない。
煙草をやめられない友人に「一箱いくらになったらやめる?」と訊いたら「千円超えたら考える」と言った。決して「やめる」ではない。考えるだ。
税込200円の卵。毎日2個ずつ使う。一日40円。煙草に比べたらかわいいものだ。しかも腹が膨れる特典付き。
「煙草と比べられても、卵も困るって」
そう。「たまご」と「たばこ」いくら響きが似ているからといっても比べられるものではない。
「何ブツブツ言ってるんですか?」
いつの間に部屋にいたマネージャーが言う。
シンガーソングライターとしてデビューしたが、一時期はテレビドラマにも役者として出たり、バラエティ番組にも出たりしたが、今はメディア露出はラジオ番組ぐらいだ。ほぼ2年おきにアルバムを出して、その中からドラマ主題歌とかに使われるものもあったり、他の歌手への楽曲提供などで、デビュー当時の自分が目標としていた収入を超えるものを手にすることもできる。
自分としては順風満帆。薔薇色の人生。
でもマスメディアとしては以前のようにテレビの画面にいないことで、いろいろ語りたいようだ。
加えて、プライベートが全く見えない。結婚もしていない。
いろいろ憶測記事が出るが、事務所の社長が真っ向勝負とばかりに、記事を書いた先を叩く。
おかげでだいぶ静かになったように思うのだが、その反動か、ラジオで語った話がすぐにネット記事になる。
「卵の価格が高くなった」
と言っただけだったが、とんでもない高級卵を食べている話になった。
「買えなくはない。だけど、普通の卵で十分美味しい厚焼き卵ができるんだぜ」
と社長にこぼしたら、社長はこっちの行きつけのスーパーの名前を出し、そこで売っているひとパック200円の卵だと、ネット記事に対して抗議した。
さすがにしょうもない話過ぎて、電話での「すみません」はあったらしいが訂正記事は出なかった。
逆に、スーパー付近で張っている記者らしい人物に、こちらが驚かされる始末。だから社長にあんまりマスコミを相手にしないでほしいと言った。
社長は社長なりの考えもあったようだが、ネット記事もラジオのネタにするというところで手を打ってもらえた。
「で?何をぶつくさ言ってたんです?」
「キミもしつこいねぇ」
「卵焼きの具材ならメールたくさんきてますよ」
メールをプリントした紙の束と机に置いた。
収録したのはだいぶ前だが、先週のラジオで「厚焼き卵の中に何を入れて焼くか?」という話の回答だった。
「ちょうどよかった。今夜の卵焼きをどうしようか悩んでいたんだ」
紙の束に手を伸ばした。
少し近づいたマネージャーから少しだけ電子タバコの香りがした。
そういえば彼も吸う口だったと思い出した。