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【54蜘蛛】#100のシリーズ

それは蜘蛛に似た姿をしている。
8本の足と大きな腹。腹の先にある頭は人のそれに似ている。
「大蜘蛛の巣に近づいたらいけない」
里に住む者は誰も近付くことはない。
「近付いたらどうなるんですか?」
他所者は訊ねる。
「食われるに決まっている」里の者は言う。
だが、里の者は皆気づいている。
この里に来る他所者は、大蜘蛛に食われるために来るのだと。
「大蜘蛛は退治しないのですか?」
「なぜ退治しなくちゃならない?」
「人を喰らうのでしょう?」
「巣に近寄らなければいい」
大蜘蛛は山にいる。巣を張り獲物を捕らえて喰らう。
里の者誰も巣には近付かない。
大蜘蛛のおかげで、里に魔物が降りてくることはない。
里への通り道に大蜘蛛が巣を張っているからだ。
「もしも大蜘蛛が里に降りてきたらどうするんです」
他所者は訊ねる。
「餌があるうちは里には降りては来ない」
里の者は答える。
「言い切れるんですか」
「ここ300年。里に降りてきたという記録はない」
里の者は言う。
「もしも大蜘蛛が里に降りることがあるとすれば、それは魔物が里にわく時だ。どの道人は助からない。魔物に食われるか蜘蛛に食われるか」
「そんな」
「食われたくなければ、この里を捨てるしかない。300年前一度この里からは人が誰もいなくなった」
伝承などではない。記録として残っている。
大蜘蛛が現れる前に里に魔物がわき出るようになったのは、大きな地震で山が崩れたからだ。
人々は最初は崩れて流れてくる土石から逃れるために里を離れた。
しばらくして戻った里には魔物が蔓延り、人が住める状態ではなかった。
それでも魔物に立ち向かう物もいたが、魔物ごと最後は大蜘蛛に喰われてしまう。
「大蜘蛛の巣は里全体に張られていた。それがいつ消えるか?300年前の里の者たちは交代で見に来ていた。その際、喰われた者もいたという」
ある日、里の入り口から見えていた大蜘蛛の巣が見えなくなっているのに気がついた里の者は、慎重に、里の内部に進んだ。
「だけど、大蜘蛛はもちろん、魔物の姿もなくなっていたという」
人が入れるギリギリの山の中に足を運んだ。
「大蜘蛛の気配を感じたという。急いで山を降りると、皆の待つ場所に戻り『魔物は去った。大蜘蛛も山に帰った』そう伝えたそうだ」
その後は大蜘蛛は里に降りることはないという。
「疑うなら、山へ行くがいい。だがな」里の者は言う。
「骨ひとつ残さず喰らうから、もしも今から行くとしたら、これが今生の別れとなる」
他所者は立ち上がると、扉を開けて外に向かった。
他所者が山に入ったのか?それとも自分の住処に帰って行ったのか?
そんなことは誰も知らない。