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戦争と平和

「金曜の夜くらい難しい顔しなくちゃならない本は読むのやめたら?」
「難しい顔してた?」
「うん」
「仕事の報告書。本じゃない」
「電子書籍ってわかりづらくてイヤだな」
「趣味の本は紙のを読むから区別つくよ」
「趣味の本も難しい顔して読むようなのばかり」
「そうかな?」
「そうだよ」
「まぁ、なかなか笑って読むようなのはないな。そもそも、おまえの書く話だってそんな笑って読む話じゃないだろう?」
「そうだけど」
「あ、おまえのおすすめのエッセイ、あれはヤバかった。他に人がいるところでは読めない」
「でしょう?」
「あれは誰もいない時に読む本だ」
「笑っているところ見たいから、僕がいるところで読んでもいいんだよ」
「ダメだよ。おまえといる時はこうして話したいし」
「でも今は読んでたでしょ?」
「ごめんごめん。風呂から出るの待っている間のつもりだったんだけど。会社を出てから届いた資料でさっさと読んでしまいたかったんだ」
「ふうん。来週から海外出張も復活するしね」
「あ、それなんだけど、しばらくまたなしになった」
「え?」
「なんかあちこちきな臭くてね。世界的パンデミックだなんだ騒いでいながら戦争仕掛けるところがあるくらいだ。パンデミックから状態が慢性化したとなるといちいち気にしてられないらしくて。戦争、好きなんだねぇ、みんな」
「戦争、始まるの?」
「そうだね。始まったら巻き込まれるの必須だ。ご近所さんは血の気が多くて困るよ」
「読んでいたのも戦争の話?」
「いや。うーん…やっぱり違うな。戦争したがっているところと距離を置く方法を考えようって話」
「簡単にできるの?」
「難しいな。でも、会社もいろいろ考えている。リスクは最小限にしないとな」
「・・・そうだよね」
「じゃあ、風呂、入ってくる」

「やっぱり、シャワーだけじゃなく、お湯に浸かるのいいよな…って、おいおい。またネットで怖い話拾って読んでたろう?」
「・・・」
「ほら、涙拭いて、洟かんで」
「・・・うん」
「何?戦争の噂とか拾っちゃった?」
「・・・うん」
「悪かった。変な話して」
「ううん」
「でもまぁ、もうおまえを置いての海外出張もなくなるからさ」
「今だけでしょ?」
「いや。新設の部署に移動することになった」
「え?」
「でさ。相談なんだけど、もしも、東北の方に転勤とかになったらおまえ一緒に来てくれる?」
「え?」
「小説家のいいところは、どこにいても仕事ができる、って言ってるだろう?いつも。おまえが飛行機乗れれば海外出張だって一緒に行きたいって思ってんだぜ、本当は」
「飛行機はダメだ」
「大丈夫。東北に行くには新幹線で十分だから。北海道だって今は繋がっている」
「知ってる」
「で、どうかな?」
「一緒に行けないって言ったらどうするの?」
「うーん。まぁ、新設部署じゃないところに再び移動願い出すことになるだろうね」
「行く」
「うん?」
「ついて行く」
「うん。ありがとうな。ま、すぐじゃないけど」
「でも、どうして東北?」
「農地&人材確保。輸入に頼っている食材を少しでも国内で生産できないか?最初は試験的なものになるだろうけど。代替品でもいいから、とにかく食料とエネルギー確保に動き始めているらしい」
「戦争だから?」
「まぁな。今でさえ直接弾は飛んで来なくても影響受けてとんでもなくなっているだろう?ようやく外に頼ってばかりじゃまずいと気がついたらしい」
「九州には行かないの?」
「面白いな。おまえ、そんなところ気になるんだ。九州や四国の方もプロジェクトにはあるけど、おまえ暑いの苦手だろう?って、俺もだけどさ」
「だから東北?」
「それなりに暑いらしいけどな。拠点候補がいくつかあって、そこがまとまったらだけど、本当に一緒に来るか?」
「うん」
「そっか。ありがとな…って、なんでまた泣くんだよ」
「プロポーズみたいと思ったら泣けてきた」
「何言ってんだよ。そんなの随分前にしたじゃないか」
「うん」
「ほらほら、泣き止め。今日はちょっといいバニラアイスを買ってきてるから、カルアリキュールかけて食べよう」
「やった」

「戦争になったらそうするの?」
「なんだ?アイス食べてもまだ不安か?」
「なにそれ?」
「起きるかもしれない。起きないかもしれない。そんな戦争のことを考えるより、今の平和を堪能した方がいいって話」
「無責任じゃない?」
「そうかな?戦争なんて俺たちの意志に関係なく起きるんだ。その時は嫌が追うにもその状況下に置かれる」
「うん」
「戦争になったらおまえと一目散に逃げるつもり」
「どこに?」
「おまえの得意のカレーを食べて」
「え?」
「風呂に入って、一緒にふかふかに干した布団の中に入って」
「夢の世界に逃げるの?」
「そうだなぁ。夢の世界もいいけど、どっちかっていうと『ふたりの世界』がいいかなぁ」
「いいね」
「だろう?」
「うん」
「だから今夜も今夜の平和を楽しもう。前に言っていた人喰い冷蔵庫の映画、兄貴から送られてきてたから」
「え?観れるの?」
「VHSをディスクにダビングしてくれて送ってくれたよ」
「観たい!」
「こっちで観る?ベッドで観る?」
「うーん。ベッド」
「賢明だ。寝落ちても安心」
「そんなにつまらないの?」
「うーん?どうだろう?子どもの頃は楽しく観た記憶」
「楽しみ」
「俺も久しぶり過ぎて純粋に楽しめそうな予感がする」
「ふふ。ここは平和だね」
「そう。ここは平和だ」