中国が不況になると中国人の暮らしはどう変わるのかを考えてみた

「中国農村の現在 「14億分の10億」のリアル」という本を読みました

本書は中国人の大多数を占める中国農村の人々がどのような行動原理を持っているか、その行動原理が現在の中国の経済状況と政策の下でどんな結果をもたらしているかを解説したものです。

それでは、もし中国が不況になったら、彼らの行動原理はどのように作用して彼らの生活を変えるだろうか?と私は色々と想像をめぐらしました。

今回の記事では、私のそれらの予想を書き連ねたいと思います。

なお、本記事のタイトルにある中国人というのは、正確に書けば「中国人の大多数を占める中国農村に暮らす農村戸籍を持つ農民」になります。
中国人のメイン層ではない都市戸籍の中国人やエリート層の中国人の暮らしの変化については、本記事では考えていません。

自給自足で最低限の生活を維持、教育への投資は減り、大家族化へ

現在の中国農村では、祖父世代が農業をして自給自足の生活をして、親世代が出稼ぎで稼いで、その稼いだ資金で子供世代が教育を受けて大学や都市へ行くという構図になっているそうです

農民は狭いながらも複数の農地を持ち、その大半は人手が不足しているせいで耕作放棄地になっています。
ですが、親世代は暇ができて農業する時間があれば、それらの農地を利用するそうです。

ここで私は思い出すのはソ連崩壊直後の大不況時におけるロシア人の暮らしです。
彼らは仕事もなければ、物資もない中でも、生活を何とか維持することができました。
その理由は、彼らが自前の農地で育てたじゃがいも等で食いつなぐことができたからでした。

最低限の自給自足できる農地は、国や公共の保護が期待できない中で、生活保護の代役を果たし、ロシア人の生活を支えました。
(なお、現在のロシアでは、このような自前の農地を持つ人は減少しているそうです)

同じことが中国の農民にも言えそうです。
中国の農地は、共産党による福祉の貧弱な中国において農民が頼れる最大の生活保障の手段です。
中国人はどんな不況下においても、自前の農地で自給自足することで食いつなぐことができます。

中国が不況になり、親世代の出稼ぎ仕事がなくなれば、彼らは耕作放棄地を再び耕し出すことでしょう。

ですが、彼らが農業に専念する理由はそれだけではないと私は考えます。
仮に仕事先が見つかっても、彼らはその仕事をせずに農地を耕し続けると私は予想します。

そもそも、どうして親世代が出稼ぎ仕事をして現金を得る必要があるかといえば、子供世代の学費や都市での生活の費用を稼ぐ為です。
もちろん、住宅や自動車、家電製品の購入にも現金は必要ですが、それらはなくてもいいものです。

血縁主義の強い中国では、親の人生と子供の人生は別であるという考え方をしません。子供の成功は親の成功であり、親の財力や権力は子供の財力や権力でもあります。
自分の子供に教育を与え、良い大学に合格してもらい、官僚や有名企業の社員にさせることは、親にとっては自分事のように重要なことであり、そこに現金を注ぎ込むのは必須事項なのです。

ですが中国が不況になり、どれだけ教育に投資して大学に行かせても、官僚になれなければ、良い企業にも行けないとなれば、現金を稼ぐ動機が激減します。
中国人は自分の子供の教育に投資しなくなることでしょう。
だから仕事があっても、彼らには大変な思いをして都市に出て働く理由がなくなります。

中国が不況になれば出稼ぎ仕事先が減少する上に、出稼ぎで現金を稼ぐ動機も減少し、中国人は農村に籠るようになります。
そして父親が出稼ぎで不在になることもなく、夫婦一緒に暮らす時間が増えるので「子作りをする機会」が増えます。

また、教育に大金を投資する必要がないので、子育てに必要なお金が減り、沢山の子供を育てることが可能になります。
一人っ子政策が終わったことや、農業には人手が必要になることも後押しして出生率は上がると思われます。
中国が不況になれば、中国人は大家族化することでしょう。

農民と共産党の関わりはほぼなくなり、農民の都市化政策は頓挫し、地区単位の自治が主流になる

中国では「天は高く皇帝は遠い」という言葉にあるように、中国人は官僚や政治に関わることを避け、公共の利益への関心が薄く、自分の生活にだけ集中する傾向にあります。

それでも今は子供を官僚にさせたり、都市部へ出稼ぎに行くことで、外の世界に関わる機会があり、政治を自分事として捉える必要があります

また、農村の開発や共産党が勧める都市化政策(農民を都市近郊の県域に集約する政策)では、官僚が農民の生活に介入します。
土地を巡るトラブルや様々な利権問題も多発するので、農民も頻繁に陳情を官僚に訴えます。

自分の生活が政治と直結するので、農民は否応なしに共産党と関わることになります。
ですが、不況になれば先ほどに考察したように、農民は農村に籠ることになり、都市化政策も頓挫することでしょう。
農村の開発も止まり、農村は利権とは無縁になるので利権トラブルも減り、農民が官僚に陳情する必要もなくなります。

こうして共産党と農民は再び「天は高く皇帝は遠い」という状態に戻ります。

農民と共産党の距離が遠くなる代わりに、中国農村では地区単位の自治が主流になることでしょう。

とは言え、既に現在の中国の農村では、既に地区単位の自治が主流になっています。
中国農村では、基層幹部が水の管理や道路の整備などの村の公共事業を担っています。
この基層幹部は選挙や官僚の推薦で選ばれた農民です。
農民から選ばれた代表が農村の公共事業を担う地方自治は既に実現されているのです。

ですが、近年、共産党は基層幹部の影響力が強くなることを危惧し、数年ごとに行われる選挙で頻繁に基層幹部を入れ替えることで、彼らの力を削ごうとしているようです。

3年(その後に5年に延長)ごとに選挙を行うことで、長年の間、私財を投じて献身的に地域に貢献してきた基層幹部が次々と落選し、現場から離れています。

それらの選挙で実際に選ばれているのは、お金をバラ撒いて票を買うならず者や、何の実務能力もない若者や主婦だそうです。
そして中央から派遣された役人が、彼らの代わりに実務を担っています。
つまり、基層幹部を無能に置き換え、共産党の役人の影響を強めることをしているわけです。

中国が不況になれば、役人の数も減って農村に派遣することもできなくなります。
不況なのでならず者もお金で票を買う余裕がなくなります。
中国農村は実務能力のない人間に基層幹部を任せていては生活が破綻するので、再び有能な農民を基層幹部に据える必要が生じます。

つまり、共産党が破壊した基層幹部による地方自治が、不況時には再び復活することでしょう

農村の思想統制は厳しくなり、新しい価値観は廃れる

共産党が農村に関わらなくなり、地方自治も農民に任せるようなれば、中国人の自由が増えると思うかもしれません。

実際、中国が不況になれば農民の生活への統制は緩まり、今より遥かに自由になることでしょう。
ですが、それに反比例して思想への統制は強まると私は予想します。

共産党は選挙で選ばれていない独裁であるが故に、逆に中国人の支持を必要としています。
彼らの政権を正当化する唯一の根拠が、中国人からの無言の信頼だからです。

中国が不況になれば国民の不満が高まり、政権の正当性を揺るがすことになりかねません。
共産党は全力で思想統制を進める必要があります。

習近平政権になってから、学者は中国農村での現地調査ができなくなったと聞きますが、中国が不況になれば、この傾向は更に加速することでしょう。
農民は自主的に農村に閉じこもるのですが、共産党もそれを強く後押しします。
農民が農村で慎ましく生きてくれれば、政権は安泰だからです。
共産党は外からの情報を遮断して、農民が不満を持つことがないようにすることでしょう。

現代の中国では、一部では新しい価値観が出てきているそうです。
血縁主義の中国では長男を生むことが極めて重要で、子供を持てないことに対する恐怖は極めて強いものです。
ですが一部では、子供を作らずとも穏やかな生活ができるという思想も普及しています。

血縁主義の中国では中国では、子供が成功すが自分の成功でもあるので、親は子供に対して成功を求め、子供も野心的に成功を目指します。
ですが、成功するだけが人生ではない、大事なのは人生を楽しむことだという価値観も出始めています。

ですが中国が不況になれば、これらの新しい価値観も消えていくことでしょう。
農民も農村に籠って大家族化するので、子供を作ることが当然の義務になります。
まず、共産党が外からの新しい価値観の流入を阻止するので、従来の血縁主義以外を彼らが知る機会もなくなります。
子供が官僚になって成功するという道はなくなっても、不況時には家族しか頼れる者がいないので、子供が成功して家族を支える血縁主義が重要になります。

以上が私の予想する不況における中国での中国人の暮らしの変化です