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丑三つ時

am3:00-4:00 のあいだに起きているの久しぶり。
2022年12月10日に東京で一人暮らしを始めてから4ヶ月以上ずっと旅行者の気分でいる。
その間に2つくらい仕事を変えたような気がする。
私が遂行しなきゃいけないことって別に無い。よくここまで無責任でいられるな。


岐阜高山のドミトリーで、東京に帰ったら自分の部屋そのものではなくそこにいる人間の存在に心の所在を勘付くのだろうとなんとなくわかっていた。だからそんなに悔しくなかった。
新宿に向かう高速バスで、レスリー・チャンの曲を聴いたりした。ずっと雨で、仕事が不安定で、不安だった。spotifyのプレイリストをシェアしたら、彼が主演の『覇王別姫』を教えてくれた中学以来の友達から反応が来た。
繋がる言葉や作品があるほど、旧友がそれぞれ遠い場所に居ることが実体を持ってきてしまって切ない。

この日々は恋愛の一形態なのかなぁと、ふと今の自分と距離を立って眺めるけれど自分が経験している出来事っていう実感が薄い。一つ分かるのは、人を傷つけたくないとか、今を手放したくないだとかいう見下していたこれらの感情が湧き出てくるようになった。イレギュラーなことが起こっていると思い始めて結構な日数が経っている。

鍵っ子だったし一応ひとりっ子だし、いくつかの職場で人との微妙な感覚の違いを適応するのが嫌だと思ったから一人の時間が人よりも必要なのはなんとなくわかる。ただ気の合う人や環境と出会ってこなかっただけなのでは。


モノの資産やあらゆる心情の未練をも日常に携帯したくない。

"死んだらただのタンパク質の塊なのに"

小5かそこらで読んだ小説に書いてあったことがそのままわたしの死の捉え方になった。
金沢信明の『王様ゲーム』は、とある高校の一クラスでのチェーンメールが発端となるサバイバル・ホラー。流行り小説だった。
北浦和のビルのB1階の本屋から上に続く階段の踊り場でその一節に出会った時に感じた"腑に落ちる"感覚。

可変的なものに特別な感情を抱くことが怖い。

わたしの死生観が変化していったら、というか変化するのを予感したから死を考え続けられると思って就いた正社員の仕事も急にモチベーションが分からなくなった。定職に就ける気がしないとか言ったら関係のまだ深く無い友達に疎まれるだろうし、付き合いの長い人たちには初めからそうなるって分かってたよって言われるかもしれない。
他人は思っているよりもずっと自分に興味がないことが何度も私を安堵させてきたし、もっと私を見てよって欲張りにもさせてきた。

最近出逢ったあたらしい友人たちもそうだけど、もっとみんなといろんな話がしたいとは思う。

複数人いる場では黙っていることが多い。
コロナ以前は自分を下手に語ってジャッジされるのが嫌だった。この気持ちは変わらないけれど、コロナ以降は会話のテンポ自体が遅くなっている。
そういえば昨日の夜、友達にお土産の日本酒キットカットを渡して「すごいお酒の匂いするよ」と言ったら外包を開けないまま匂いを嗅いで少し首を傾げていた。開けないで匂いするわけあるかい! 言わなかったけど。

「こう見られたいからこの話をする」といった
類いの自意識を会話のなかで見つけようとする癖があるから(これって自分が想像するよりも案外多くの人が癖のように行なっているのだろうか)、人のこういった自意識を感じ取るとつい楽しくなってしまう。こうして文にすると意地悪だ。

小2辺りから小6まで、新学期初めに書かされた自己紹介の紙のこと時折思い出す。

特技:人間観察、気配を消すこと

ほかのクラスメイトの特技欄はピアノ、とか走ることとかカラオケ、とか。プロでやっている人もいるのによくそんな事書けるなって斜に構えつつ、人前でちょっと自慢できるような習い事をしてきた子達が羨ましかった。
いつも今からじゃ遅いっていろいろ諦める。6歳のときに「今からじゃピアノやってももう遅いや。」って考えていたこと鮮明に見える。

人の特技・熱中しているものに触れるとここまでの想起を一連で凄い速さで行う。こんなことばかり記憶の解像度が高まって沢山の他愛ないことが引き出せなくなる。
最近この一連の想起に加わったのが、"3年か5年思い出さなかったことを思い出す"っていうゲームをいつも一緒にいる人が提案してきたからやったこと。
わたしが思い出したのは面白く無かったから忘れた。平井堅が風邪をひいているのに2週連続でMステに出演して、その前後で放送されたドラえもんのとある一回の放送でしずかちゃんがのび太の作るカレーを食べて味は不味いだろうに気の利いた返しをするシーンを思い出したりするなんて、変なの。






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