城桧吏という不思議な山

 山際の一面の緑の中を自転車で疾走する一樹の声から始まるこの映画は、桧吏くんの新しい魅力でいっぱいだ。私にとって桧吏くんはいつも海のイメージだったけど、映画『ゴーストブック』の桧吏くんは山のような雰囲気だ。ふと視界が開けたように広がるのが海なら、山は圧倒的な存在感で視線を一点に集中させる。車の中から富士山が見えたとき、見えたり見えなくなったりするその姿をずっと目で追ってしまうように、映画館の中で私が追いかけていた山についての話。

 桧吏くんのことを知った頃と比べると、ぐんと背が伸びた最近の桧吏くんの立ち姿はもうそれだけで山を見上げるようだ。顔のラインもシュッとしてきて、かつては柔らかく丸みを帯びた水平線のようだった輪郭も、今では切り立った岩壁のように凛々しくなりつつある。

 それでこの映画で主人公を演じる桧吏くんも、成長にはいよいよ抗えずゴツゴツとした山のようになっているのかといえば、そんなことはない。さらさらの髪がまっさらな渚のようであったなら、一樹のクルクルの髪は、ゆらゆらと優しい木漏れ日を作る新緑のようだ。一樹がかけているメガネが丸メガネなのもいい。大きな瞳をなだらかに囲む丸い縁取りは、きりっとした桧吏くんの顔の稜線と絶妙なバランスで調和する。

 映画では海が映るシーンもあるけど、この映画のイメージは私にとってはやっぱり山だなあと思う。一樹は常にハイキングに行くような格好だし、何より冒険する子どもたちの中で一樹はいちばん背が高い。桧吏くんが出た映画の中で、桧吏くんのことを見て「背が高い」と思ったのはこれが初めてだったから。もうそれだけでも山を見ているようなものだなあと思う。そもそも一樹という名前が山だ。

 好きな人のことをかわいいなと思うときに感じていることって色々あるけど、いちばんはどきどきとかわくわくではなく、この世界にこの人がいるんだという安心感なんじゃないかと思う。山を見たときの、その圧倒的な存在に「ああ、たしかにそこにあるなあ」と安心するのと似ているかもしれない。桧吏くんを見るときも、いつもそういう安心感に包まれる。

 山には普通、重さというか、山というだけの重みがあるものだけど、背が想像以上に伸びていても、髪が想像以上にカールしていても、桧吏くんは想像以上に「重い」ということがないから不思議だ。低い山というのはあっても軽い山というのはないと思うけど、私にとっての桧吏くんはそういう不思議な山なのかもしれない。

 桧吏くんのこの不思議な「軽さ」はどこからくるのだろうか、ということはもう前にどこかに書いた気がするけど、今回もスクリーンをただならぬ「軽さ」で占める一樹のうちで、さらに最も軽かったものは何か。それはやっぱり一樹のパーカーだ。桧吏くんって映画でパーカーを着がち。しかも今回は真っ白。でも着せたくなるのはわかる。山に白い雪が降ったらきれいだもの。あるいはもしかして、映画の中で一樹だけが真っ白なパーカーを着ているのは、やっぱり一樹がこの映画の中でいちばんかわいいおばけだから?

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