これは、ヤバーシー!? アイドル部学力テストで見えた「企業勢」の本気

 2019年度が始まる4月1日0時、YouTubeで超大作動画がプレミア公開された。株式会社アップランドが運営するVTuber事務所.LIVEに所属するグループであるアイドル部の学力テスト動画である。以下、今回の学力テストの何が凄かったのかを説明していく。なるべくテスト結果のネタバレにならないように努めるが、できればまずは下記のYouTube動画か、ニコニコに公式に投稿された動画を観て欲しい。

 「学力テスト」とは何か?

 そもそもVTuberにとって学力テストは定番の企画である。起源はフジテレビ系列のテレビ番組『めちゃ×2イケてるッ!』で行われた人気企画の抜き打ちテストだろうが、VTuberとして初めて企画として行い、先生役を務めたのはピーナッツくんだったと思われる。生徒役は甲賀流忍者ぽんぽこ、でろーんこと樋口楓のふたりだった。基本は先生役が生徒役のお馬鹿な解答を弄りつつ、点数の優劣を競うという企画だ。

 その後、2018年10月に有閑喫茶あにまーれの因幡はねる、個人勢の天開司がそれぞれ学力テストを主催した。それぞれ現在までに2回ずつ行われており、他には御伽りざれくしょんに所属していた(2019年2月末に卒業)小町ノノも同様の企画を行っている。下記には因幡はねるによる第一回学力テストの動画を貼っておく。男性VTuberのみで行われた天開司の企画や『大人組ガチお受験』と称した小町ノノの企画にもまた違った趣があったが、概ね下記動画を踏襲した雰囲気であった。

 配信と動画という違い

 さて、それではアイドル部学力テストもこれらの企画と同様のものであったのだろうか。ここではっきり言ってしまおう。これらの動画と比較すると、アイドル部学力テストは企画の構成、演出、映像の華やかさやレイアウトの見栄え、すべてにおいて段違いにレベルの高い動画であった

 もちろん因幡はねるや天開司と言えば、VTuber界隈の中でも屈指のトーク力と配信センスを持つ逸材だ。小町ノノにしても、決して月ノ美兎のパチモノなどと呼ばれる筋合いはなく、そのトーク力の高さを惜しまれつつも卒業した実力者だった。だが、映像作品の質としてははるかに及ばなかったと断言できる。

 そもそもまずこれまでに行われてきた学力テストの企画はすべて配信にて行われたものだった。対してアイドル部学力テストはプレミア公開を利用した動画であった。これがひとつの大きな違いであるが、決定的な差をつけた要因の一つでもある。

 少し考えれば至極当然の話だが、時間をかけて動画編集できるだけの時間的および人的リソースがあるならば配信よりも動画の方が面白いに決まっているのである。「そんなことはない。配信の方が面白いはずだ」と言う人もいるかもしれないが、配信の面白さというのは配信者と視聴者との双方向性にある。学力テストのような大人数コラボかつ、ある程度決まった流れのある配信では、配信者によるコメント拾いなどほとんど機能せず、視聴者との双方向性は低くならざるを得ない

 さらに、2018年8月31日頃から順次実装されたため、因幡はねるの第1回学力テストの頃にはまだ浸透していなかった機能ではあるが、プレミア公開ならば配信と同様に視聴しながらのチャットが可能だ。これならば配信者自身も同時に視聴しながらチャットに参加することで双方向性を実現できる。学力テストのような企画は配信でやるようなメリットが極めて少ないのである。

 また、個人勢の天開司はもちろん、有閑喫茶あにまーれや御伽りざれくしょんは配信のバックアップにはそれほど力を入れておらず個人で可能な範囲の編集でなければ難しいが、仮に編集するためのリソースがないにしても、配信よりプレミア公開をした方が配信事故というリスクを回避できるというメリットがある。尤も動画の場合、録画したつもりが録画できていなかったという最悪のトラブルも想定されるのだが、致命的な配信事故を起こしたという事例も枚挙にいとまがない。

 厳しく言ってしまえば、今回の件に限らずプレミア公開の動画でやればいいものを配信でやってしまうのは「前回も配信でやったから」など、なんとなくの理由しかないのではないかと思えてしまうこともある。こうした動画と配信のそれぞれのメリット、デメリットに関してはまた別の記事にて深掘りすることとしたい。

 映像としての面白さということ

 ただ、アップランドとしては上記のような狙いよりも、動画でやるしかなかったという事情の方が大きかったと思われる。そもそもアイドル部のようなハイポリモデル12体をフルトラッキングで同時に撮影するというのは相当な無茶である。

 実際、技術的には天下一品とされる株式会社ドワンゴによるニコニコ生放送の『バーチャル大晦日2018〜みんなで年越しブイッとね!〜』でも、それに相当するとみられる負荷がかかる場面があり、ギリギリの状態での撮影であった。そして、アップランドの方針からすると、3Dモデルを動かすのは無理だから静止画でなんとかしようなどという選択肢は存在しない。

 ただ、動画であるならば、負荷を軽減する方策はいくつか考えられる。アイドル部とともに出演していた電脳少女シロとばあちゃるに関してはおそらく完全なる別撮りである。アイドル部12人を引きのカメラで映す場面もそれほど多くはなく、具体的な撮影方法としてはそれぞれモーション別撮りであとから編集で合成したということも考えられる。

 いずれにせよ、配信ではおそらく撮影は不可能に近かっただろう。尤も動画であっても編集には相当な時間がかかったに違いあるまい。これだけの無茶は電脳少女シロの運営から始まるこれまでのVTuber事業で積み重ねた経験と圧倒的なリソースがあってできることであり、これらの点に関して因幡はねるらは全く太刀打ちできないだろう。つまり見た目の華やかさという点において大きな差がつけられてしまうということである。

 やはり身振り手振りを加えて、生き生きと弄り合い煽り合いをする姿は、アイドル部が所属するという私立ばあちゃる学園は確かに実在し、彼女たちはそこで生きているのだという実感が得られる。

 2Dや静止画で配信するメリットというのは、コストを下げるという点くらいしかない。もちろん現実的には企業勢でもこれを真似するのは難しいが、アップランドにしてもVTuber業界の中では経験が長いとは言え、電脳少女シロの運営経験もまだ2年未満だ。元はアプリ制作会社だったアップランドでも、ここまでできてしまうとなれば、技術やリソースが足りないという言い訳も厳しくなってくる。

 だが、はっきり言えばVTuber業界で、この映像としての面白さに対抗できそうな勢力はゲーム部プロジェクト、あるいは(正確にはVTuberではないが)スクウェア・エニックスが運営するGEMS COMPANYくらいしか見当たらないのが現状だろう。

 キャラクター設定や動画構成、レイアウトの巧みさ

 さらにそのうえ、アイドル部学力テストが巧みであったのは「私立ばあちゃる学園に通う生徒だから学力テストがある」というキャラクター設定を活かしたストーリー構成である。

 そもそもアップランドはメンバーに対して順位付けすることを好んでいないと言われている。具体的には公式のメンバー紹介のページでも、メンバーの紹介順がランダムであるというほどの徹底ぶりだ。また、アイドル部学力テストの概要欄では、配信や予告以外の動画投稿を行った順番に名前が並んでいる。

 そのため、動画のプレミア公開が4月1日ということもあって、学力テスト自体がエイプリルフールの嘘ではないかとの声もあった。しかし、電脳少女シロのTwitterに投稿された予告動画を観ると、「アイドル部のテストの成績が悪かったので、講師のばあちゃるに呼び出された」という極自然な導入がなされており、違和感は全くなかった。もとよりアイドル部はラノベ化、漫画化、アニメ化も見込んで設定を練り込んだものとみられ、その強みがここでも活かされた形となる

 また、字幕の出し方に関してはバラエティ番組を強く意識したものとなっているようだ。通常YouTubeに投稿される動画は、台詞をそのまま文字起こしされているが、「めめめめ」との発言が「もこ田めめめ」とフルネームで表示されるなど、分かりやすさを重視した形式になっている。

 各メンバーの紹介の際、得意教科や苦手教科のみならず、所属する委員会や部活動の紹介まで行っているのも初見に優しい。さらに代表作となる動画を3本ずつ掲載しているというのも抜け目がない。アイドル部の動画を全く観たことがないという人にも「まず学力テストを観ろ」と言える作りとなっている。動画本数が多く、これまで初見におすすめしづらかったので、公式で代表作を掲示してくれるのも本当にありがたい。

 さらにテストの問題文に関しては、おそらくだが、すべてアップランドが一から作っているようである。もちろん何かしらの書籍は参考にしたものかと思うが、あまり学力テストとしては見かけないイラストで回答させる問題など、バラエティ番組として面白くなるような配慮が随所にみられる。考えてみれば当然のことなのだが、本当に面白い動画というのはここまで徹底するものなのだと感嘆するほかなかった。

 .LIVE組各メンバーの個人的資質

 本動画は各メンバーの魅力を伝えるうえでも本当に素晴らしいものだった。アイドル部のメンバーももちろんだが、ばあちゃるの司会力の高さ、電脳少女シロの頭の良さ、英語の発音の上手さなどが初見の視聴者にも伝わってくる。ここにはまさに一片の隙もない。

 麻雀四面打ちをこなすほどのマルチタスクな夜桜たま、教養の高さと真面目さからマルチタレントとして活躍し始めた八重沢なとり、ぴのらぼという書籍を出版するほど生き物好きなカルロ・ピノ、アイドル部随一の常識人として突っ込み役を務める北上双葉、イラストが上手く雑学知識も豊富な奇才の持ち主である木曽あずき、お馬鹿キャラだが弄られ上手のもこ田めめめ、金剛いろは、ヤマト イオリの3人の魅力は特に分かりやすい。

 牛巻システムと呼ばれる配信用のお知らせソフトを開発した牛巻りこ、元ヤンキャラのかわいい女の子というギャップを持つ花京院ちえり、シンガー系VTuberにも匹敵するほどの歌唱力を持つ猫乃木もち、楽器の演奏が得意だがゲーム中には名言生産機と化す神楽すずの魅力については、本動画だけでは十分に伝わらないかもしれないが、大人数でわちゃわちゃしているだけでも知るきっかけとしては十分だし、ソシャゲのキャラクターならば12人全員SSRだと称されるアイドル部たちの魅力が存分に詰まった動画となっている

 もちろん「代表作のタイトル名が一部入れ替わっている」「音割れしている場面がある」「流れ的に12人全員の回答が公開されるはずが11人分しか公開されていない」など細かい粗はあるし、実際のテレビ番組と比較すれば完璧な動画であるとは言い難い。

 しかしながら、「企画・制作 :アップランド」と記載されているように、どうやら動画の編集も外部に委託することはなく自前で行ったようだ。繰り返しになるが、VTuber事業に参入して2年未満の企業がここまでの完成度を誇る動画を制作したのは驚異的なことであり、多くのVTuber関連企業にとっても参考になる動画であると言えよう。

 なおアイドル部学力テストの後編動画については近日公開の予定になっている。前編では伝わりにくかったメンバーの魅力についても味わえるような動画となっていることに期待したい。

 余談

 ところで、本記事の執筆中に上記2本の動画が投稿されたことにも触れておきたい。「Prologue_私立ばあちゃる学園 アイドル部」と題された動画は順調に活躍の場を増やし続けているアイドル部の今後の発展を予感させるし、ゲーム部プロジェクト風のアニメも今後の期待が膨らむものだ。

 YouTube上での動画再生数や配信同時接続人数などはまだまだゲーム部プロジェクトには届かないが、同じ土俵に立って勝負することで届き得る相手だと思いたい。そして、願わくばともに成長できる相手となって欲しい。タレント業という点においてはアイドル部の方が先を行っているとは思うが、やはりYouTubeでの人気というのも捨てがたいものだからである。まずは動画の続編を待とう。

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