瑞々しい夢の話
今朝夢を見て、どうにかこうにか記憶が無くなる前にこれを書きたかったのに、仕事のあれやこれやでどんどん薄れていく。
私なんて、名前もないただの人間だ。肩書だけが偉そうに、優秀な人達には並べもしない。場違いもいいところ。こうやって自分に惨めな言葉を投げつけて涙を流して悔しがりたいのだ。そうして諦めたいのに、私は何も諦められない。それが私の、いつものルーティーン。
そんな時こそ、書くのだよ。そんな時だから書くしかないのだ。
あの頃とは似ても似つかない校舎だ。
何でしょうこのだだっ広い丘は。
私が通っていたのは今は名前も変わった音楽学校。
どうやら久しぶりにそこを訪れているらしい。
縦に長い校舎は、相変わらず各階に1つしかないトイレのせいで
狭い階段の踊り場に人が溢れかえっている。
かと思えば記憶とは結びつかないほどに長い廊下が講堂のようなところにつながっている。
トイレ増設すればいいのに…
そう思うくらいには印象的な作りだった。
トイレの話フューチャーでごめんなさい。
同窓会と呼ぶにはあまりにも雑で、
見知った顔とすれ違うけれど声を掛けるよりも思い出すことに必死だ。
何やらテレビで見たことのある人と演奏をしている同級生。
この懐かしくて、居心地が微妙に悪く胸が苦しくなる感覚は
20年前に通っていたあの学校のそれだ。
シノがいる。クミがいる。
何年経っても二人は変わらないように見える。
入学当初にひと目見て「来る世界を間違った」と思うほどに
光を放っていた少女は、実家の寿司屋を継いだらしい。
いつの情報だろう。
彼女の姿は見えないが私はその姿を探していた。
更新されていない記憶。
これは夢だ。
私はあの頃、どうやって生きていたのか覚えていない。
それは夢の中でも現実でも変わらない。
今も音楽を続けているのだろうか、夢の中だと気が付きながら舞台の上にいる人達や、関わった人の顔と名前を必死に思い出している。
モモコ、ヒトミ、リュウジ、その同郷の…。
ふと、いつの間にか廊下に出ていた私の前に
当時一番目立っていたと言ってもいい人物がいた。
転がっていたという表現がいいか。
「まいこ、全然変わらないね」
久しぶりとも言えないノリで彼は言った。
あの頃は下の名前で呼ばれることが多かった。
「え、なに?」
私が目が合ったままで呆けていると
その大きな目を見開いて
眉間にうっすら皺を寄せてさらに話しかけてくる。
変わらない表情だ。
実際こんな顔見たこと無いけどそう思った。
きっとあの頃の記憶のままの姿なのだろう。
「え、いや、よく私の名前覚えてるなと思って」
あの頃の私を覚えている人なんて、一人もいないと思ってた。
現実でだってそうだと思ってる。
夢だ。
別に仲良くもなかった。
だけど彼は誰にでもこうだった気がする。
「そういう自分は、覚えてんの?」
むすっとしながら聞いてくる。
「覚えてるよ!シオンくん!」
食い気味で答える。
忘れるわけがない。
ただそこにいるだけで目立っていて、
何か特別なことをする為に生まれてきたような名前。
知らない人なんて、学校中にいないのだ。
だから、本当の君は私のことなんて覚えていないってことも、分かってる。
「やっぱ忘れてる、俺のことジュン、って呼んでたでしょ」
どんどんいろいろな記憶が混ざって来る。
カオスだ、ジュンは君じゃない。
私が今でもたまに思い出す後悔に関わっているのがそのジュンだ。
私はジュンのことを分かってなかった。
あの頃の私は何も分かっていなかった。
君の名前は違うだろう。
なんでこう色々刺激してくるのか。
「焼肉屋で会った仲なのに」
これも、現実では働いていると聞いただけで
君のバイト先の焼肉屋には行ってないし、
会っていないのだよ。シオンくん。
あの頃の、こんなどうでもいいような断片的な記憶を
よくも20年近く経って夢のネタにしたものだ。
この夢どこに着地するつもりだ。
もっと重要なことがあったはずなのに。
「ごめん、私、あの頃ちゃんと生きてなかったから、あんまり覚えてないんだ」
ずっと同じことを言っている。
夢でも現実でも。
そんなことはない。
あの頃なりの自分の一生懸命で、
全ての人とのやり取りに心が揺さぶられていた。
君たちが私を忘れていても私は覚えている。
今はどうにも出来ない後悔もある。
みんなは何をしているのだろう。
結婚して子供が産まれて家庭を持っていたりするのだろうか。
あの才能に溢れて見えた彼らは
今どうしているだろう。
私はこうして遠くなる記憶時々を思い出しながら
こうしてなんでもない夢を見ながら
名もなき人生を送っているよ。
今も変わらず。
ここ最近布団に入る寸前のところで寝てしまう。床に布団をかけただけのような、少々の寝苦しさの中で眠ると、訳のわからない夢を見るのだ。
起きてすぐはなんだか特別なような気がするのだけど、きっとそんな事はなくて。それとも忘れてしまっているのかもしれない。
なんの意味もない夢と、思い出。
こんなものが何になる。バカバカしいと思いながらも、仕事に夢中になることに逃げて忘れそうになる私の夢を書かずにはいられない。
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