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首都直下地震想定から最悪の想定を考える

根拠となる想定

2013年中央防災会議は首都直下型地震の想定を発表しました。想定モデルとして採用した地震は、発生確率が切迫しているとみなされるマグニチュード7クラスの首都直下地震。それに加えて発生確率はかなり低いがひとたび起きると広範囲に甚大な被害をもたらすマグニチュード8クラスの相模トラフ沿い海溝型地震の二つです。いずれも都区部における被害は同等と見做して以下の想定を算出しています。

都区部は震度6強、一部に震度7
東京湾内の津波の波高は3m以下
揺れによる全壊家屋:175,000棟
建物倒壊による死者:11,000人
建物被害による要救助者:72,000人
火災による焼失:412,000棟
火災による死者:16,000人
また避難者の保護に必要な主なインフラは
地震の直接的被害での断水:5割
電柱倒壊・電線断裂による停電は1割以下
東京湾岸の火力発電停止により夏場ピーク時に対して5割の供給が1週間以上継続

全ての元凶:交通麻痺

この地震における特徴的な事象は交通麻痺と考えられます。高速道や主要橋梁の耐震化工事はほぼ完了しているものの、付属施設や接続する道路により使用不能になることも考えられます。また、一般道は耐震化が万全ではなく、沿道の瓦礫、避難民、火災などにより深刻なグリッドロックが発生。放置車両が列をなし、それを除去する重機も一時的に退避する空間も不足することから、一般道の復旧は1か月以上かかるとしています。
特に想定では、都心部を囲むようにドーナツ状に分布している木造住宅密集市街地(以下、木密地域)に着目しています。多数の家屋の倒壊や火災の同時多発が予想され、さらに都合の悪いことにグリッドロックを引き起こす環状道路や放射状道路の交差点が点在し、交通麻痺がこの地域に集中するものと見ています。この地域はそれぞれの区画が孤立します。消防や警察などの公的な実力組織は、絶対数の不足だけではなく、機動力も奪われるのです。

近助が最後の命綱

地震の揺れによって多数の建物の倒壊が発生します。一部で土砂崩れや液状化に伴う地下水の溢水が起きるでしょう。全壊家屋を175,000棟と想定していますが、この数字に半壊は含まれていません。半壊でも住めなくなったり閉じ込められたり押しつぶされたりする場合もあるでしょう。建物倒壊による死者を11,000人、建物被害による要救助者を72,000人と算出しています。救助する前は、下敷きになっている人の生死はわかりませんから、合わせて93,000人を倒壊家屋から救い出さなければなりません。

阪神淡路大震災では8割の人が近所の助けで救い出された(近助)といわれています。ただし、当時は今ほど高齢化は進んでおらず、また早朝出勤前、地元で働く人が多く、元気な住民が現場に集まれるという好条件がそろっていました。

しかし残念なことに現在の東京の木密地域は現役世代が激減し高齢化が進んでいます。その少ない現役世代も離れた都心に通勤している人がほとんどです。発災の曜日や時間帯次第では、さらに高齢者の割合が高くなっていると予想されます。
さらに、助け出した後、要救難者を直ちに応急処置を施さなければなりません。孤立状況の中では医療インフラの不足により応急処置も一般市民にゆだねられることになります。その用意はあるのでしょうか。

最大の脅威 同時多発火災

次に火災です。単発の火災なら消防署や消防団によって制圧できますが、前述の交通麻痺と絶対数の不足により、まともに機能しません。

また、停電や断水により上水道を利用した消火栓は使えなくなります。上記木密地域のほとんどの自然河川が暗渠になっていてあてにできません。防火水槽や数少ない公園の池沼だけが頼りになります。防災倉庫にある消火ポンプの能力、ホース、それら数量、そして取り扱える住民は十分でしょうか?

火災は放置しておけばどんど延焼します。瓦礫や放置車両で街路はふさがっています。煙、停電などで渦中にいる住民はどこに火点があるかもわからず右往左往することになります。このような状況下で組織的に火災に立ち向かい、あるいは機能的に避難ができるものでしょうか?目の前の火災だけでなく、全体の状況を把握して誘導する術がなければさらに被害者は拡大するでしょう。無論現状そのような装備も技術も私たちは手にしていません。

治安維持

急性期が過ぎ、2日以上経過した時期になると流動的な環境に対する治安維持という新たな課題が加わります。そしてこの地域を横断してゆく帰宅困難者や旅行者などの問題、近年急増している日本語話者ではない外国人の処遇など地域の安全を守るための対応が必要になります。都区部の警察官が4万人強でとても地域の問題に十分なリソースを配分できません。したがって、これもやはり地域住民の共助にゆだねられることになるでしょう。平時は治安をさほど有難いものと認識してはいませんが、インフラが破壊され様々な社会リソースが不足する事態となれば、「人」こそが脅威になるのです。特に弱者にとって。

メディアではあまり報道されていませんが、混乱した避難所では頻繁に性被害や紛争が発生します。非常事態に巻き込まれた人間の精神状態は平時では考えられないほど荒んだものになります。性被害は外部の侵入者によるものばかりではなく、地域住民同士の犯行も報告されています。しかも多くが近隣住民同士ということで泣き寝入りになり、後日専門機関のカウンセリングで初めて明るみに出ていたのです。

間仕切りや部屋割りは、家族単位、近所同士の組合せ、単なるプライバシー保護という、今までの思い込みを棄てなければなりません。女性や子供を含めた要配慮者の保護という視点で、割り切るところは割り切らなければなりません。弱者のために強い統制を必要としています。私たちはその準備と覚悟があるでしょうか?

避難は広域の戦略が必要

次に断水や停電などのインフラ破壊の中、多くの被災者の生命を維持するための活動がもとめられます。これまでの中規模の被災地では、専ら避難所運営という課題に集約されていました。しかし、首都激甚災害ではこれまでの前例や思い込みが大きく覆されることになるでしょう。地震ではありませんが江東五区の水害想定で、従来の域内避難ではなく遠方への域外避難が大きく打ち出されました。あまりに多くの避難被災者をインフラが破壊された地域にとどめておく発想が否定されたのです。

水害と異なり、地震では地域すべての施設が破壊されるわけではありません。コンビニなど生活物資を集積した拠点の多い都会は少なくとも当座の食糧には困りません。健常者については域外避難を講ずる必要は水害ほどではありません。しかし、傷病者や要介護者、要介助者、妊婦や乳幼児など「災害用配慮者」は別です。インフラが整った遠方の自治体に「災害用配慮者」を素早く送り届けなければなりません。指定避難所は「後送拠点」という新しい役目を追うことになります。

避難所から地域全体を見る災害対応拠点への発想転換

災害対応拠点概念


従来の考えでは避難所に地域内の家屋が被災した人が来るものとみなしていましたが、実際に避難する人の動機は様々です。実際どんな人たちがいるか想定してみましょう。

①傷病者
 応急処置と後送を必要とする重傷者
 緊急ではないが自立避難できない重傷者
 感染症を疑われる傷病者
 透析などの処置を必要とする傷病者
 監護するべき精神的疾患のある傷病者
②死体
 身許不明の死体
 腐乱死体
③家屋が被災した被災者
 地域住民
 日本語で意思疎通困難な住民
④家屋は被災していない住民
 余震への不安で自宅を出てきた
 ライフライン途絶のため家で生活できなくなった
⑤迷子
 迷子
 迷子を捜す保護者
⑥避難所となった学校に在籍する児童
 自宅が被災した帰宅困難児童
 帰宅途上で待機中の児童
⑦地域外の避難者
 徒歩帰宅中の帰宅困難者
 近所の被災した事業所の従業員
 道路で車両を放棄した運転者や同乗者
 近隣の商店への買い物客
 被災した交通機関の乗客
 外国人旅行客
 ホームレス
⑧犯罪者
 窃盗や略奪
 性犯罪

これら多様な条件に対応するためには従来の地域住民専用の「アルファ化米ホテル」という発想を捨てて、地域住民による災害対応拠点構築という新しい課題に応える必要が出てきました。

まず最初に災害対応拠点が取り組むのは傷病者の一時収容です。次に校庭や屋上など数少ない開豁地を傷病者後送のためのヘリポートとして活用しなければなりません。その場合、予定地から人を排除しなければなりません。屋内の避難所は災害弱者のための空間です。悪天候の場合、屋根のある場所に身を寄せるのは人情というものですが、優先順位の低い避難者を無情に排除しなければならないかもしれません。

それらは誰がするのでしょうか?こういった強制処置を断行すれば現場では不穏な空気が漂うでしょう。今までの被災地で語られた「災害ユートピア」はよそ者がいない純粋な地域社会固有の現象だったということを忘れてはなりません。

また、収容するだけでなく、受け入れた人の識別情報を管理し、後送先の医療施設だけでなく警察あるいは探している家族にも共有しなければなりません。普段のネット環境は壊滅的打撃を受けているでしょう。生存性の高いネットワークシステムを用意し運用する技術が必要です。

さらに、狭隘な東京の学校では、従来の事例の様に裸火を扱う炊き出しは難しいでしょう。冷えたままで食べられるものを備蓄するか、あるいは要配慮者のために高価なヒートパックをそろえる必要もあるでしょう。現在こういったことを念頭に置いた訓練はあまり見られません。防災関連のイベントといっても、シビアな想定に耐えられる訓練内容はほんのわずかなのではないでしょうか?

復興期

日本最大の産業の拠点である首都機能が壊滅することによる、日本経済のダメージは計り知れないものがあります。そもそも起きてしまってから救えるものではありません。

私たちが長期的な視点で激甚災害に備えるのであれば、まず国土強靭化にももりこまれている首都機能分散・産業拠点分散を推進する必要があるのではないでしょうか。

最後に

私たちは平時のシステムで「お客様」であることにならされています。しかし、一旦ことがあれば専門家の絶対数も機動力も圧倒的に不足します。その中で私たち自身が「傍観者」から「即時対応者(immediate responder)」へと役割をかえなければなりません。その準備と心構えが求められているのです。

この記事ははてなブログ2019年2月投稿の記事の再録です
「首都激甚災害について」
https://civildefense.hateblo.jp/entry/2019/02/26/144354



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