第3回立川志らぴー独演会『とか言っとく!』(2024年11月22日)の思い出
【はじめに】
(よし、つんのめっていこう)と、今回の会場を決めた時にそう思いました。
そうパンフレットに書いたほど、つんのめる勢いで北沢タウンホールに挑んだ第3回立川志らぴー独演会『とか言っとく!』が、満席ではないものの約200人を集める盛況に終わって、はや一週間ほどが経とうとしている。
当日、頼んでいたカメラマンから写真がたくさん送られてきたので、それらと共にあの日の思い出をここに記しておく。
そりゃそうなのだが、私と小満ん師匠の年齢差は孫とお祖父ちゃんである。
しかも、私は着物を脱げばその辺の兄ちゃん。落語会の後でお客さんにあった時も「志らぴーさん、ただの飲み屋にいる兄ちゃんかと思ってました」と言われるくらいだ。
この写真の私はなんで笑っているんだろうか。出囃子のCDを片手に持っている。きっと小満ん師匠に何か言われているんだろうけど、初めての1人での北沢タウンホールでバタバタしていて小満ん師匠とゆっくり話すことは出来なかった。
まぁ、楽しい記憶ほど頭に残らないって言うから、この時も楽しかったんだろうね。
一方、遊びに来てくださったらく人兄さんは、ずっと楽屋で小満ん師匠と話をしていた。ありがたいやら羨ましいやら。
でも、2人とも楽しそうにしている。らく人兄さん、ありがとうございました。
「そうだ! 色紙書いてもらおう!」と思い立ったのは会の4日前。
こんな機会でないと頼めないのだから、とにかく甘えまくろうと腹をくくって、当日にいきなり色紙をお渡ししてお願いした。
やってることは出待ちのファンと一緒だ。
「小満ん師匠、どうかひとつお言葉と、それからこの会のタイトルを色紙に書いていただけないでしょうか」と緊張しつつも色紙をお渡ししたら、小満ん師匠は(おやおや)というような顔をしてから「後でな、今アメ舐めてるから」と笑って仰った。
もちろん、色紙は後でちゃんと書いてくださった。
眼の前で色紙に「立川志らぴー」と書かれる嬉しさ! どこかから怒られるんじゃないかと思うくらい嬉しかった。
いただいた言葉は「歩々清風(ほほせいふう)」、小満ん師匠が言葉の意味を説明している動画が私のXの方に載っている(こちら)ので、ぜひ御覧ください。
ところで、この色紙を書いていただいた時に「あっ、失敗したな」と思ったことがあるんだけど……まぁ、それはいつか話すことにします。小満ん師匠もきっと許してくれると思うので。
【開口一番】
子ほめ/立川のの一
第1回『とか言っとく!』から開口一番をお願いしている立川のの一さん。志らく一門の兄弟子、志ら乃師匠のお弟子さん。つまり、姪っ子にあたる後輩。
カメラマンに言って、せっかくだからと彼女の写真も何枚か撮ってもらった。バタバタの会の裏方を1人で務めてくれた。
苦労をかけたねぇ。でも『子ほめ』はばっちりウケていたねぇ。袖で聞いててこの後に出ていく私はすっかり安心したと同時に(のの一よりウケなかったらどうしよう)と戦々恐々としてたよ。
写真を見るとどれもずいぶん真剣な表情をしている。普段は調子のいい子なのに。真剣に、一生懸命やってくれたんだろうなと、感謝しています。
そういえば、私とらく萬兄さんが二ツ目昇進披露を北沢タウンホールでやった時も、のの一さんは『子ほめ』を演っていた。
【1席目】
目黒の秋刀魚/立川志らぴー
1席目はマクラで小満ん師匠との想い出を語った後に『目黒の秋刀魚』にした。
この噺は兄弟子の志ら玉師匠に教わっている。ということは、元は快楽亭ブラック師匠になる。
前座の頃から演り慣れている噺だから、演ること自体はすっかり手慣れたもの。しかし、やはりこの日は緊張が勝っているのか、あとで自分の録音を聞き直したら最初の方はだいぶ固くなっていた。
ほのぼのとした秋の噺なのでウケを狙うというより、お殿様は品良く、鷹揚に描きたいなぁと意識しながらやっている。
ちょっと前までこの落語の有名なサゲ「秋刀魚は目黒に限る」に飽きちゃって、新しく変えていたんだけど、良く考えたら「客は有名なサゲを待っているのでは?」と思い直し、最近は従来のものに直している。
実際、アンケートにも「あのサゲ待ってました!」と書いてあったので、つくづく落語を変えるというのは繊細で難しい作業なのだなと感じた。
落語の中で「秋の空 尾上の杉を 離れたり」という句を引用している。これは江戸の俳人・宝井其角の句。其角の句はお洒落で粋で大好きなのだが、小満ん師匠に其角のことを話したら「うーん、やっぱり与謝蕪村の方が良いな」と言っていた。
余談だが、小満ん師匠は筆まめだから、私も何かにつけて葉書をいただく。そこには毎回自筆の俳句が添えてあるのだが、どんな句なのかはもちろん内緒だ。
【2席目】
あちたりこちたり/柳家小満ん
「こういうホールで、これだけお客様が呼べるんですからね、志らぴーさんは人徳(にんとく)があるんですね。……人気とは違う。人柄が良い」
と、こう切り出した小満ん師匠。私は袖で聞いてて、高座で小満ん師匠が私の話をしているのが嬉しくて、この言葉に情けない気持ちなんてひとつも覚えなかった。第一、言ってることは事実ですしね。
「志らぴーさんは昭和の落語家を目指しているらしい」というマクラから、ネタは昭和のネタがたっぷり入った小満ん師匠の十八番『あちたりこちたり』で、これがまぁウケるウケる!
この会の裏テーマは『私のお客さんに小満ん師匠を好きになってもらう会』だったので、小満ん師匠が大ウケしているというこの事実が嬉しくて嬉しくて、私は袖から飛び出していって、高座の小満ん師匠を抱きしめたいくらいの気持ちになった。
今回撮ってもらった写真を全部見ても、私のものより小満ん師匠のものの方が良い写真が多かった。芸人としての格はちゃんと写真にも出るものらしい。実際、小満ん師匠はかっこいいし、仕方のないことである。とほほ。
でも、私と小満ん師匠のめくりが一緒に写っているこの写真は筆舌に尽くし難いほど誇らしいものがある。
それはそれとして、アンケートで「小満ん師匠がすごかった!」とだけ書いてあると(俺は!?)と悔しくなるものまた事実。
無意識に、生意気に、大好きな小満ん師匠にも当然勝ちたいと思っていたらしい。馬鹿だねぇ。
【トークコーナー】
「小満ん師匠の話を手元に残しておきたい」という、これもやっぱり私のわがままでお願いした仲入り後のトークコーナー……というよりは『小満ん師匠の想い出話を聞くコーナー』が実際だ。
勝新太郎の前座を務めた時の裏話から、師匠文楽の内弟子をやっていた時にもらったヒラメの刺身の想い出、そして今でも続く勉強会の発端と師匠からの心遣い……聞きたかった話を全部聞けた気がする。
いや、まだまだ聞きたい話がたくさんある。私のお客さんにも聞いておいてほしい話がたくさんある。
それにしても立川志らぴーくん、心から嬉しそうな顔をしている。小満ん師匠も笑ってくれている。
人に見られたら怒られそうなくらいわがままを言ったけど、やってよかった。充足の時間でした。
【3席目】
妾馬/立川志らぴー
私は人を泣かせようとする人情噺は心情的に苦手でずっと避けていた。第一、恥ずかしい。
それでも、演ってみたいなと思える噺はいくつかあって、そのうちのひとつが『妾馬』だった。
理由は色々あるけれど、「落語で感動する」という私の原体験のひとつに圓生の『妾馬』を初めて聞いた時の体験があったのが大きい。
また主人公の八五郎がそのままのがらっ八で改心したりしないこと、何より赤井御門守様の上品な鷹揚さが好きである。
『とか言っとく!』はチャレンジの会。自分の身の丈に合わないことをやるための会。避けていた人情噺を演るならここしかない。
「ええい、ままよっ!」と初めて人情噺に挑むことにして、それから師匠志らくのものをベースに色々な名人の『妾馬』を聞き、「ただの親子と兄妹の人情噺にしたくないなぁ」という自分なりの気持ちを込めて演ってみた。
もちろん、反省点はいくらでもある。技術もまだまだ不足していた。でも手前味噌ながら、後半には良いセリフを入れることが出来たと思う。
野暮かもしれないけど落語の中で自分の気持ちと八五郎の気持ちをリンクさせることができた。
その結果が、あの万雷の拍手だとしたらこんなに嬉しいことはない。
この噺を磨いていけば、最近どうやら腹の中で鼓動しているらしい「立川志らぴー」が口から飛び出してくるような気がしている。
きっと私の十八番になる。そんな予感がした1席だった。
終演後、お見送りをさせていただく中で、笑いながらも目が潤んでいる人が何人もいたのが印象的だった。
厚かましく、また恥ずかしくも、お客さんに感動を与えることができてよかったと安心できた。
これも余談だけど、自分で作った新しいサゲがこれでいいのかと今だ頭を捻っている。
ただ、アンケートを読むとこのサゲが意外と好評だったので、しばらくはこのサゲでいこうかな……しかし、もっとスマートな良いサゲがあるような気もしている……。
【最後に】
お見送りを終えて、楽屋に帰って前座さんに思わず「いやぁ、やりたいこと全部やったよ!」と言ってしまうくらいにやりきったと思った。
大好きな小満ん師匠をゲストに呼んで、甘えまくって、目一杯に落語を演って、拍手をいただいて、「今日、これ以上はない」と思える会だった。
録音を聞き直せば赤面するし、色々反省は常にあるにしろ、我ながら良い会になったと今でもそう思っている。
『妾馬』の後に話した通り、今後は北沢タウンホールを満席にすることを当面の目標としてやっていく予定だ。
満席にするために今後やらなきゃいけないことがいくつもあって、その積み重ねの結果で北沢タウンホールが満席になったらまたきっと何かが生まれると思うし、次の目標を探すこともできるはず。
その成長と変化の軌跡をお客様に楽しんでもらえたら、それが最高なのかなと今は感じている。
その意味では、言い訳でも何でもなく今回は満席じゃなくて良かったと思う。満席じゃないから私はまだ「不満足」でいられる。
最後に、会を手伝ってくれたのの一、志音、公四楼の前座さん方、家族に友人、そして勉強に来ただけなのに私にこき使われたらく人兄さんとらく萬兄さん、また何かと相談に乗ってくださりその度に助けてくれた市若兄さん(市馬門下)などなど、多くの人に支えられて会を成功させることができました。ありがとうございます。
何より、ご来場くださった全ての方々、そしてこれを最後まで読んでくださった貴方に本当に感謝しています。
また、落語会で会いましょう。
(文・立川志らぴー 写真・六田春彦)
【今後の予定】
予約リンクは以下
ひらい圓藏亭の志らぴー『落語1時間』
2024年12月6日(金)
時間:18:30開場/19:00開演(20:00終演予定)
会場:ひらい圓蔵亭(江戸川区平井3丁目21−24)
出演:立川志らぴー
料金:1000円(中学生以下無料/※予約時にお知らせください)
第20回立川志らぴー独演会『落語アリマス』 in新百合ヶ丘
2024年12月22日(日)
時間:14:30開場/15:00開演
会場:麻生市民交流館やまゆり(川崎市麻生区上麻生1丁目11−5)
出演:立川志らぴー
料金:1500円(中学生以下無料※予約時にお知らせください)
今後の予定:2025年1月18日、2月24日
『小満ん師匠に習った噺を演る会(仮)』
第1回:2025年2月19日(水)
第2回:2025年4月16日(水)
時間:18:30開場/19:00開演
会場:アートスペース兜座(東京都中央区日本橋兜町11-10兜町中央ビル)
出演:立川志らぴー&ゲスト予定
料金:前売2000円/当日2500円(各回共通)
【演目】
第1回:『悋気の火の玉』『三十石』
第2回:『陸奥間違い』『素人鰻』
第4回立川志らぴー独演会『とか言っとく!』
2025年5月23日(金)
時間:18:30開場/19:00開演
会場:北沢タウンホール(東京都世田谷区北沢2-8-18)
出演:立川志らぴー+ゲスト予定
料金:前売2500円/当日3000円