見出し画像

砂漠の遺物と異物の僕ら #むつぎ大賞2023

本作は #むつぎ大賞2023  ポストアポカリプス廃墟ものワンシーンカットアップ大賞への参加作です

「わりぃお嬢ちゃん! リンゴの籠に穴空いてたみたいでよ!」
「え」
 豪快に笑うおじさんの言葉に、私は言葉を失くして手元を見る。赤い赤い、艶やかな果実。
「……これ……リンゴ?」
 まるで手に張り付くみたいに瑞々しく、腕が痛いほどに重い、球。……え、うそ、これリンゴ? マジ?
「こ、こんなにツヤツヤのリンゴ、初めて見た……」
「はっは! そうだろうそうだろう! フィロラの果物はどれも──」
 おじさんは私の言葉を、単なる褒め言葉と受け取ったようだった。違う。そうじゃない。そうじゃないんだよ。
 私もリンゴは好きだ。たまに水辺に生えてる酸っぱいやつでも嫌いじゃないけど、街の遺跡でたまに見かけるカラッカラに乾いたやつが特に好きだ。とっても甘くて、噛むほどに味わいが広がって、飲み込むのが勿体無いほどの果実。それがリンゴ。私の知ってる、リンゴ。
「…………」
 生唾を飲み込む。
 私の鼻をくすぐってくる、甘い香り。
 それは間違いなく、あのパサパサの果物のものだった。
「なんだエルフ。腹減ってんのか?」
「お? そしたらそれ1個あげようか! お嬢ちゃん可愛からサービス!」
「ち、ちがっ……そんなんじゃ」
 この町に、いや、この世界にさえも、こんなに人がいるわけがない。こんなに花が咲いているわけない。こんなに綺麗な果物があるわけがない。そんなわけないのに。
「あんちゃんは買ってくれンだろ?」
「いや、俺らそれどころじゃねーっつーか──」
 おじさんの言葉にミルラが答えた、その時。
 私たちの周囲が、ぐにゃりと歪んだ。
「わっ!?」
「おわっ……!?」
 リンゴの赤、屋台の緑、花の黄色。あたりに氾濫する色が一気に混ざって、白く白く、世界が塗りつぶされる。地面はあるけれど、平衡感覚が消えた感じ。ぐらぐらする頭を押さえた時、ふと肩に熱。見ると、ミルラが私の肩を掴んで、身を守るようにぐっと引き寄せてきた。
「ちょ、近い!」
「るせぇ! なにがあるかわかんねーんだ警戒──」
 ミルラの声は、ゴウッと風鳴のような音でかき消される。風景が渦を巻き、私たちの耳を轟々と揺らす。私は思わず、空いた左手でミルラの服をギュッと握った。音はどんどんと大きくなって、グラグラしてるのが頭なのか地面なのかもわかんなくなった頃、あたりの色は混ざりきって、真っ白になって。
 ぱたりと、何事もなかったかのように音が消えた。
「──────………………っはっ!?」
「っ、お、終わった……!?」
 ばっと顔を上げると、そこはもういつも通りの風景だった。
 肌を焦がさんばかりの陽射し、どこまでも乾燥した空気。砂と岩しかない、無色の世界。私とミルラは顔を見合わせ、再度辺りを見る。
「も……戻っ、た?」
「た……たぶんな」
 場所は……たぶん、一歩も動いていない。あたりの道は砂に埋もれかけて、屋台なんかもう跡形もないけれど、鐘塔との位置関係でなんとなくわかる。喉がチリチリするのはきっと乾燥のせい──
「……エリカ?」
「ひゃっ!?」
 不意にお兄の声がして、私は軽く飛び上がる。
「な、なにやってるの?」
 ちょっと怪訝な声。そこへきてようやく、私は思い出す。……今これ、ミルラと抱き合ってるみたいに見えない?
「えっ、あっ!」
「どぁっ!?」
 私はミルラを突き飛ばした。やばいやばいやばい。お兄がこんなとこ見たら……!
「ねえ、盗賊さん」
「ってて……なんだ?」
「なんだ? じゃないでしょ。僕の妹になにしてんの? そりゃ可愛いけどさ? 順序とかあるでしょ? なにしたの? ナニしたの? 場合によっていくよ? グーで。右手で」
右手ゴーレムの手はだめだろ!?」
 ああ、遅かった……。
「っつーか落ち着けってなんもしてねーよ!」
「じゃあなに? エリカは可愛くないってこと?」
「いや、そ、それは」
「可愛いよねそうだよね? で、なんでこんなとこにいたの? お兄さん怒らないから言ってくれない?」
「待て待て待て待て拳を降ろせって!」
 ぎゃーこら騒ぐ男二人を尻目に、私は改めて辺りを見回す。砂と、岩と、崩壊した街。鐘塔はもちろん砂色で、削れて壊れて朽ち果て傾いて、鐘もどこかへ持ち去られている。
 あのカラフルな鐘塔が、あの花咲き誇る丘が、あの賑やかな市場が、全て夢だったかのような感覚。
「…………」
 手に持っていたリンゴをかじる。
 甘酸っぱい果汁のせいか、なんだか鼻がツンとした。

***

 しばらくの後。
 私とお兄、そしてミルラは、ガジのアジトに集まっていた。ちなみにミルラは、とりあえず殴られずに済んだらしい。
「…………それは」
 私とミルラの話を聞いて、ガジは静かに言葉を続けた。
「おそらく、過去のフィロラだ」
「は?」
「過去だよ。お前たちは、十年以上前……世界から魔力が失われる前の世界に居たんだ。花咲き誇る、愛の町フィロラに」
 いくらなんでも荒唐無稽な話。けれど、齢五百を迎えようかという大賢者の顔は、真剣そのものだ。
「私が空間歪曲魔法オルビス・ディメンシスを探していたのは、まさしくその力のためだ」
「過去に、戻るため?」
 問いかけたのはお兄。ガジは頷くと、自らの胸元からひとつの遺物を取り出した。凸レンズ状の円盤だ。
「空間を歪める力を持つ遺物は、世の中に五つある。うちひとつはここに。そして、ひとつはエリカ、お前の手に。そして……ザフィールの手元に、ふたつ」
「残り、ひとつ」
「そう。そしてあの時、局所的とはいえ時を超える力が発動した、ということは」
「まさか……最後のひとかけらが──」
 お兄が言いかけた、その時。

「その通りだ、ゴーレムの少年」

「「──っ!?」」
 突如響いたその声に、私たちが反応するよりも早く。
「がっ……」
 ガジの胸元から、真っ赤な刃が生えていた。
「ガジ!?」
「オヤジ!?」
「ぐ、っ、おおっ……!」
 血を吐きながら、ガジは指輪の遺物に魔力を込める。遺物が輝き、光の鞭が刃の主を襲う。
「おおっと。しぶとい奴だな」
 ずるりと刃が抜け、ガジの身体が傾ぐ。慌てて支えに入るミルラを嘲笑うかのように、刃の主はガジを蹴り飛ばした。
「テメェっ!」
「ザフィール!」
「やぁやぁ諸君」
 私たちに睨まれてもどこ吹く風。刃の主──ザフィールは床に転がるガジと、それに駆け寄るミルラを愉快そうに眺める。そして私に視線を移すと、ニヤリと笑った。
「心配していたぞ、エルフの娘。過去のフィロラに置き去りにされてしまったのではないかと──」
「死ねェッ!」
 がぎんっ。
「ちっ……!」
 ザフィールの偉そうな言葉を遮ったお兄の拳は、その眼前数センチのところで静止していた。舌打ちをしたお兄はそのまま身を翻し、後ろ回し蹴り。しかしそれもまた、がぎんと弾かれてしまった。
「壁……!?」
「人の話は最後まで聞けと教わらなかったか? 魔術師の息子よ」
「──っ!?」
 ザフィールがお兄に手を翳した次の瞬間、お兄の身体が弾かれたように吹き飛ぶ。その身は脆い壁を突き破り、外へと弾き出されていった。
「お兄!?」
「さて、行こうかエルフの娘」
「うあっ!? な、なにこれっ……!?」
 私の身体が、突如として動かなくなる。なにか大きなものに掴まれているような──
空間歪曲魔法オルビス・ディメンシスの使い方は、なにもワープだけではないのだよ」
「おいテメェ! 逃げる気か!」
「逃げる? 違うなァ盗賊の男よ」
 ザフィールはミルラに、勝ち誇った笑顔を浮かべて。
「宝探し勝負といこうじゃないか。この廃墟から狙いの遺物を見つけた方が勝ちだ。簡単だろう?」
 次の瞬間、私とザフィールの身体を歪曲が包む。
「まぁ、瀕死の男が一緒では勝ち目もないだろうがな。はは!」
 そんな言葉と共に、私は歪曲空間へと飲み込まれるのだった。

(ここまで3000文字くらい)


🍑いただいたドネートはたぶん日本酒に化けます 🍑感想等はお気軽に質問箱にどうぞ!   https://peing.net/ja/tate_ala_arc 🍑なお現物支給も受け付けています。   http://amzn.asia/f1QZoXz