紫陽花を揺らす羽の音(アマガサ半刻小説)
キャラクター:紫陽花、羽音、アマヤドリ
「いいことを思いついたわ! 平手打ちで家屋を吹き飛ばせるようなのはどうかしら?」
「却下です。妖力消費効率が悪すぎます」
「じゃあ自動車くらいでもいいわ! 蹴りで自動車をばーん!」
「それでも無理です。却下」
とある川辺で、二人の怪人が言い合っている。
ひとりは赤金の花魁装束に身を包んだ怪人。もうひとりは、夜色の平安装束に身を包んだ怪人。両者とも顔は狐の面のようであるが、これは面ではなく彼らの素顔だ。
怪人<雨狐>。彼らは自らをそう呼称する。
花魁装束の雨狐<羽音(ハノン)>は口をとがらせ、平安装束の雨狐<紫陽花>に不平を垂らす。
「もう、紫陽花ちゃんったら、さっきから却下ばっかり!」
「羽音様のアイデアが無茶すぎるんです」
「こういうのはちょっとトガってるくらいがいいものよ?」
「これは”ちょっと”とは言いません」
ぴしゃりとそう言い切ると、紫陽花は大きなため息をつく。
「そもそもなんで羽音様も一緒なんですか……私だけで十分やれるのに」
「ひどーい」
あからさまに自分を邪見にする紫陽花に対し、羽音はカラカラと笑って言葉を続ける。
「でも王様のことだから、なにか考えがあるのよきっと!」
「どうですかね……単なる思い付きの暇つぶしではないかと……」
"王様"とは、彼らのボスである<雨狐の王>イナリのことだ。イナリは常に退屈しており、最近は雨狐の天敵を自称するアマノミナトという人間を玩具にして遊んでいるわけなのだが……今回の発注は、そのとばっちりだ。
「"なんでも良いからアマヤドリの強化をやれ"ですよ、指示内容」
「あらあら、信用されてるってことよ。ポジティブに行きましょ、紫陽花ちゃん?」
羽音は笑いながら、手にした鉄扇で空を凪ぐ。彼女の眼前に超局地的な天気雨が注ぎ、黒いのっぺりとした人型が生み出された。
怪人<アマヤドリ>。天気雨と土を妖力で固めた存在。雨狐のとある目的達成のための手玉として、紫陽花が開発した怪(あやかし)だ。
雨狐のなりそこないであるが、天気雨が止むと現世から弾かれてしまう雨狐と異なり、アマヤドリたちは活動を継続できるのが大きな利点だ。現に今、天気雨が止んでいるにも関わらず、アマヤドリは陽の光の下で佇んでいる。
羽音とアマヤドリに順に視線を遣って、紫陽花は口を開いた。
「……確かに、現状アマヤドリの戦闘力は高くありません。アマノミナトのみならず、その周囲の人間たちも九十九神と手を組んで戦うようになりましたし……羽音様も、痛い目に遭いましたし」
「そうね、あの女はいつか縊り殺すわ」
ケラケラと笑いつつ、それでも確固たる殺意を込めて、羽音が同意する。紫陽花は背筋が粟立つのを表に出さぬようにしながら、言葉を続けた。
「ですので、アマヤドリの強化は至上命題であることはわかります。ただ……」
「ただ?」
羽音が首を傾げるのに合わせて、横にいるアマヤドリも首を傾げる。
「……"なんでも良いから盛り上げられるようなアマヤドリを作れ"という謎の発注が困るんですよね」
「あらあらあら。そんなのいつものことじゃない」
そうして羽音は、鈴を転がすような声で笑う。この底抜けの明るさが、紫陽花は少し苦手だ。
「それに大丈夫よ、私もこうしてあいであを出しているでしょう?」
「そのアイデアが非現実的だから悩んでいるんですが」
再びのため息と共に、紫陽花はアマヤドリに錫杖の先端を向け、小さな声で呪文を唱える。アマヤドリの足元、天気雨によってできた水溜りが虹色に輝き──その身体が、変異する。
「羽音様の言うように、一撃で自動車を蹴り飛ばせるようにするとなると……こうなります」
アマヤドリの両脚が、仁王の如く太く、逞しく、力強く変異する。一方、上半身は瞬く間に痩せてゆき──まるで即身仏のようにガリガリに変異した。
「あらあらあら……これはなんていうか……枯れ枝みたいね?」
羽音は言いながら上半身即身仏アマヤドリに歩み寄り、その額をツンと小突いた。たったそれだけで、ボギンと嫌な音と共にアマヤドリの背骨が折れてしまった。
「あらあらあらあら。脆いわ」
「妖力がすべて下半身に集中していますからね……」
紫陽花は錫杖で地を突く。シャンッと澄んだ音が響き、瀕死のアマヤドリが元の姿に戻ってゆく。その様を眺めていた羽音が「あっ」と声をあげた。
「じゃあじゃあ、3体分くらいを寄り合わせたら3倍強くなるんじゃない?」
「なるほど、数を減らす代わりに質をあげると」
シャンッと錫杖の音が響き、局地的な天気雨が降る。再生が終わったアマヤドリの身体が膨らみ、体が一回り大きくなる。その様子を見て声をあげたのは──羽音。
「すごいわ! これで3倍ね! えーい!」
「あ、ちょっと」
紫陽花の制止は間に合わなかった。拳を握った羽音は、気軽な様子で巨大アマヤドリを殴り飛ばし──その上半身が、弾けて消えた。
「あら?」
「ああ……遅かった……」
首を傾げる羽音を見て、紫陽花が頭を抱えた。
「羽音様。今のはまだ未完成です。大きい分、生成に時間が掛かります」
「あらあらあら……それは困るわね?」
再び天気雨を降らせ、アマヤドリを再生させる。そして再び羽音がアイデアを出し、紫陽花はそれを再現する。
鎧を重ねた者、大太刀を持った者、雨を圧縮し小柄にした者、首が三つある者、腕が6本ある者──様々なアマヤドリが生まれては、羽音に殴り飛ばされて消滅していく。
「…………満足されましたか?」
盛大な溜息と共に紫陽花が問いかけたのは、小一時間ほど経った頃であった。
「あらあらあら……難しいわねぇ、アマヤドリ作るの……」
「子狐とはまたワケが違いますからね。妖力の制限もありますし」
「確かにあの子たちは勝手に育つものね。紫陽花ちゃん凄いわぁ……」
羽音の言葉を聞きながら、紫陽花は錫杖で地を突いた。シャンという音に続いて、瀕死のアマヤドリが崩れて地に返る。羽音は大きく背伸びをしながらその様子を見守っていた。
紫陽花はそれを一瞥し、再びアマヤドリを生成する。
「さて。方向性としては良い気がするし、ここから──」
「ねえ、紫陽花ちゃん」
ぶつぶつと思案をはじめた紫陽花に、羽音は声をかけた。紫陽花は腕組みをしたままそちらに視線を遣る。
「なんですか、羽音さ……ま?」
その視線の先、言葉を続ける彼女は──花のような笑顔を浮かべていた。
「なんだか楽しいわね、こういうの」
「…………」
キラキラした笑顔に面食らい、紫陽花はしばし言葉に詰まる。そして──ふいと視線を逸らし、言葉を絞り出した。
「……そうですか」
「ええ。とっても」
にっこりと笑い、羽音もまたアマヤドリに視線を遣る。
「じゃあ次は、足を6本にしてみましょ!」
「え、まだやるんですか」
「あらあらあら、当たり前じゃなーい?」
「やれやれ……」
紫陽花はため息をつきながらも、羽音のリクエスト通りにアマヤドリを変異させる。羽音は底抜けに明るい笑顔で、それを殴り飛ばしては笑っていた。
そんな二人の試行錯誤は、彼らの妖気が尽きるまで続いたという──
(おわり)
この作品はニチアサライダー風変身ヒーロー小説『碧空戦士アマガサ』のお題企画から生まれた、番外編ショートショートです。
お題企画については以下の記事をご参照ください。
お題はまだまだ募集中。
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- 思考メモ -
お題:羽音氏と紫陽花氏がいい感じの雨狐を調整しようとしてしょーもない奴しかできない話
この思考メモを公開するようにして4回目。この部分も見せることを前提に書くようになってきてしまった。良くない。脊椎反射で書いてこその思考メモだ。おうどんたべたい。おうどんたべたい。おなかすいた。よし。
羽音は結構自由だし思い付きで色々動いちゃうタイプ。紫陽花はクソ真面目で型にはまったものを作るタイプ。
まだ本編では触れていないけど、雨狐自体は仮面ライダークウガとかウィザードみたいな「呼んでくる」タイプで考えている。けど、3話で描いたように羽音は子供の狐を育てて能力を与えることをやっているので、スーパー戦隊の怪人のような「作る」に近いことをやっていると言える。
子供の狐に能力の使い方を教える羽音。その現場をふと通りかかった紫陽花。どんな能力を与えようとしているかと問いかける紫陽花…という流れなんだろうけど、紫陽花が思わず口出ししちゃうってどんなことしようとしてたんだろう。
あれかな、クライシス帝国みたいにすげー遠回しなことやろうとしてたのかな。「子供たちに将来の不安を植え付け、働くことをやめさせるのです! そうすれば人類は徐々に衰退していきます!」みたいな。
<つたう>よりももうちょっと大人に近い雨狐がそういうことを言い出して羽音が「あらぁ、面白そうねぇ!」とか言い出してきゃいきゃいしてるところで「本当になんっっっにも考えてないんですね羽音様」と紫陽花が口を出すとか? んーでもそれだとな、その雨狐がしょーもなくなった後どうするんだっていう(彼らにも人格はあるので)後味の悪さが残るし……
あ、じゃあアマヤドリにするか。強化モブの開発みたいな
晴香やらタキもアマヤドリと戦えるようになったのを見て、イナリが<ゲーム>を盛り上げるために「アマヤドリをもっと強くできねーか」とか言い出して、開発担当の紫陽花がうーんうーんって言ってるところに羽音が口を出す。
「とにかくパワーよ! パワーが大事!」
「アマノミナトたちのスピードを見たでしょう。パワーがあっても当たらなければ意味が……」
「じゃあ脚力を5倍パワーにすればどうかしら! スピードと両立よ!」
「なんとしてもパワーにしたいんですね羽音様」
「パワーがあればなんでもできるわ!」
どうでもいいけど、羽音様の声が戸松遥さんで再生されるんだよな。絶対キョウリュウジャーのキャンデリラ様の影響なんだけど。
話を戻して。最終的にはお題にもあるように「しょーもない奴しかできない」なんだけど、それはそうとしてどう収集をつけようかな。紫陽花「悪くないですね、一緒に作るのも」なんて展開は絶対にないけど、とはいえパワー特化型でもうちょっと作ってみるか・・・みたいな感じで終わらせるとハッピーかもしれない。
イナリ、羽音、紫陽花は原初っていうくらいなので割と長い付き合いなのだけど、一緒の目標を持って行動を始めたのは実は結構最近な雰囲気あるよね。なので彼らの距離が近づくようなエピソードとなれば良いかも。
-ここまで約20分-
所用時間:1時間25分 / 2822文字
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