碧空戦士アマガサ プロローグ
- プロローグ -
『雨と傘』
ケース04”底なしの水溜り”の現場映像より、重要参考人となりうる人物を特定した。(中略)、その所持品にちなみ、対象を"アマガサ"と呼称することとし、調査を継続する。
──超常事件対策特殊機動部隊"時雨"活動日報より抜粋
天気雨が降っている。
青い空と白い雲を滲ませながら、真昼の日差しを受けてキラキラと煌めく、土砂降りの天気雨。それは晴香の髪を、視界を、全身を濡らす。
怪人が嗤っている。
目の前で天気雨を浴びている、顔と狐面が一体化した、人型の異形。それが手にした血塗れの刀が、天気雨の下で妖しく輝いている。
「……?」
晴香は眉根を寄せ、自分の身体を見下ろした。右肩から袈裟懸けにバッサリと裂かれたそこからは、夥しい量の血が吹き出していた。
「……──痛てぇ」
ようやく浮かんだその言葉と共に、晴香は水溜りに倒れ伏した。
ゴボッ。
晴香の耳に、水音が聞こえた。その視界が水に覆われる。ゆっくりと落ちていく感覚が晴香を襲う。
沈んでいる。ほんの2センチ程の水溜りに。沈んでいく。
それは比喩ではなかった。水溜りは、まるで湖のように晴香の全身を飲み込んだ。明滅する意識の中、晴香は周囲で同様に沈んでいる人々の顔を幻視した。濁った瞳がこちらを見返している。生きているのか、死んでいるのかはわからない。
──"底なしの水溜り"
晴香は、自らの追っていた事件の名を想起した。物理的にありえない深さの水溜りに人々が沈む事件──
ゴボッと血が混じった泡を吐きながら、晴香は水面に視線を移した。見えるのは、抜けるような青い空。溢れる血が、それを赤く塗りつぶしていく。
不思議なことに身体が浮かび上がる気配はない。まるで、錨で水中に固定されているかのようだ。
ピシャリ、ピシャリ。
晴香の耳に届くのは足音。赤と青の水面に映るのは、刀を持った怪人だ。陽の光を反射して銀色に輝く刃が、晴香に向かって突き立てられ──
その時、銃声が響いた。
遅れて怪人の身体が爆ぜて、吹き飛ぶ。
同時に、晴香の身体に急激な浮力が働いた。耳元でゴウと水が鳴り、気付けば晴香は水面に──元いた公園の地面に横たわっていた。
「げほっ……がっ……」
晴香は飲み込んでしまった水を吐き出し、咳き込む。その傍に、ひとりの男が歩み出た。晴香はそれを見上げ──目を見開く。
「……"アマガサ"……?」
白い雨合羽を着て、番傘を携えた青年。晴香の追う事件の重要参考人──調査呼称"アマガサ"。彼は晴香を一瞥すると、柔らかく微笑んで口を開いた。
「安心して。この雨は俺が止める」
そして"アマガサ"は、立ち上がった怪人へと視線を移し──"なにか"に呼びかける。
「行くよ、カラカサ!」『おう!』
彼は手にした番傘を天に掲げ、高らかに叫んだ。
「変身!」
晴香の視界が、白い光に包まれる。
それは希望の光のように思えた。
(本編へ続く)
第1話
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