悪事、はじめました

 高校を、少しだけ早退きした。

 静まり返った校舎から抜け出すのも、まだ明るい時間の通学路を通るのも、初めてのこと。なんだか悪いことをしているみたいで、本当ならもっとドキドキするんだろうけど──今の僕は、それどころじゃない。

「お前のお爺さんが倒れたそうだ。すぐに帰ってやれ」

 担任の言葉が頭をよぎる。意味がわからなくて「はあ」と返したら、心配そうな顔で「すぐに行ってやれ。こういうのはな、後悔してからだと遅いんだぞ」などと言われて、あれよあれよと言う間に早退する羽目になってしまった。

 ……けど、でも。
 違うんですよ先生。

 無人の通学路を歩きながら、僕は先生には言えなかった言葉を呟いた。

「爺ちゃん、どっちももう、死んでる」

 僕が中学1年と2年の時、それぞれ死んでしまっている。だから意味がわからなかった。誰が、倒れたって?
 今日に限ってスマホを忘れたのが痛すぎる。せめて家に電話できればなにかわかるかもしれないのに。どこかに公衆電話とか……などと考えながら、僕は角を曲がって。

 どん。

「わっ!?」
「痛てっ!?」

 向こうからきた男の人に、思いっきりぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい! 考えごとをしてて……!」

 慌てて謝りつつ、僕はその人を……見上げた。でかい。190センチはあるだろうか。制服を着ているのでどうやら高校生らしい。バッチリ決まった金色のリーゼントの下で、切長の瞳が僕を睨みつけた。

「ひっ……」
「っぶねーだろてめぇ。前見て歩け」
「す、すみません!」

 やばいやばいやばい。ヤンキーだ。ヤンキーにぶつかっちゃった!

「……って、あん? てめー、ナナコーの生徒か?」
「ひっ……は、はい……」
「ほぉ……」

 僕自身はそうでもないけれど、うちの学校にはお金持ちの子が多い。だから、たまにカツアゲの被害なんかもあって……ま、まさか僕も有り金全部持ってかれたり──

「……てこたァ、おめーがユータか」
「え?」

 どうして、僕の名前を?

(つづく/798文字)

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