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第4話「英雄と復讐者」 #hk_amgs

戦士アマガサ 第4話
(再放送/約3.5万文字)

(前回のあらすじ)
 天気雨と共に現れ、人々を傷つける怪人<雨狐>。河崎晴香はその事件の調査の中で、自称「雨狐の天敵」にして超常の戦士アマガサに変身する男・天野湊斗と遭遇する。善意から被害者の記憶を消して回る湊斗に対し、晴香は「記憶が残っている」フリをし、半ば脅し気味に調査への協力を取り付けたのだった。
 湊斗を交えた調査の結果、<時雨>が把握している以外のポイントに雨狐による事件の痕跡があることが判明。<時雨>の調査が少しずつ前進をはじめたが──?

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目次

第4話「英雄と復讐者」

- プロローグ -

神獣戦士第オーガは神戦士シリーズの8作目で、ゲーム会社サイノメゲームスが、映像配信サービス企業ネットフロッグスと協業して(中略)、とにかく湊斗さんも乾さんも観たことないなら観てください円盤貸しますから!
    ────超常事件対策特殊機動部隊"時雨"活動日報より抜粋

 自動車スクラップ工場の一角。清々しい青空と裏腹に、そこには緊迫した空気が流れていた。

 まず目につくのは、20体ほどの黒い人型のナニカ。水に濡れた粘土のような質感の、のっぺりとした黒い人型。

 <アマヤドリ>と称されるその雑兵怪人は、各々の獲物を構えてひとりの女を取り囲んでいる。

「……雑魚ばっかり」

 異形の者に囲まれて尚、その女は身構えることすらなく、深々とため息をついた。その足元にはアマヤドリたちと同じ色の水溜りがわだかまっている。──彼女に屠られたアマヤドリの残骸である。

 その女は、赤金の花魁装束を身に纏っている。顔には狐面をつけているように見えるが、それは面ではなく彼女の素の顔であり──現在は憤怒と失望がないまぜになった表情を浮かべている。

 ──怪人<雨狐>。彼女らは自身をそう呼称する。

「もうおしまい? さっさと来なさい。でなければ──」

 恐れをなし、ジリジリと間合いを詰めるアマヤドリたちに向かい、花魁装束の雨狐<羽音(ハノン)>は冷たく言い放つ。その声に浮かぶのは呆れと、そしてどうしようもない苛立ちだった。

「……こっちから行くわ」

「「!?」」

 刹那、ハノンの姿が煙のように搔き消えた。アマヤドリたちは戸惑いながらあたりを見回し──直後、ハノンの正面に居た5体ほどが、前触れもなくに爆ぜて散る。

「あらあらあら」

 黒水の塊が崩れ落ちる。その背後でゆらりと身を起こしたハノンは、呆れたように呟いた。彼女は懐から取り出した鉄扇を開き、アマヤドリたちを睥睨する。

「本当に雑魚しかいないのね。少しはやる気を出してくれない?」

「────!!」

 アマヤドリたちは慌てて武器を構え、ハノンへと突っ込んでゆく。ハノンは目を細めると、悠然と歩き出した。

 まずは刀持ちのアマヤドリ。大振りの一撃を、ハノンは鉄扇で受け止めた。そのまま無造作に左拳を突き出す。アマヤドリの腹が爆ぜ、消滅。

「脆い。それに、」

 呟きとともに一歩踏み込む。次の"的"たる槍持ちのアマヤドリが突き出した槍を、ハノンは紙一重で回避した。カウンターで叩き込んだラリアットによって、槍兵アマヤドリの肩から上が爆ぜ消える。

「──……弱い」

 次。再びの刀持ち。振り上げられた刀を、ハノンは手刀で叩き折った。折れたる刃が回転しながら宙を舞う。それをつまみとって一閃。アマヤドリの首が飛ぶ。ハノンの歩みは止まらない。

 次は側面から大太刀持ち。それも2体同時。大上段からの斬撃に対し、ハノンはその場で身を翻して回避し──同時に、アマヤドリたちの両腕が飛んだ。

「嗚呼、嗚呼、足りない。足りない。苛々する……!」

 彼女はブツブツと呟きながら、淡々とアマヤドリたちを屠っていく。残り3体。

「もうおしまい。どいつも、こいつも、気晴らしにもなりやしない」

 怒気を孕んだ声と共に、ハノンは手にした鉄扇を振り回した。残ったアマヤドリは防御する暇すらなく、風船のごとく弾けて消滅する。

 アマヤドリの群れは、全滅。しかしなんの感慨も浮かばず、苛立ちが収まることはない。

「ハァ……」

 ハノンは苛立ち紛れに荒く息を吐きながら、鉄扇をたたみ──

 刹那、その背後で殺気が膨れ上がった。

「──っ!?」

 ハノンは咄嗟に、鉄扇を背負うように背に回して攻撃を防いだ。そして扇から即座に手を離し、転身と共に裏拳を放つ。

「おっとォッ」

 ブリッジめいて仰け反ってそれを回避したのは、血色の鎧武者であった。ハノンと同じく狐面をつけている──雨狐である。

 鎧武者はブリッジ姿勢から地を蹴り、身体を錐揉み回転させながら斬りかかる。対するハノンは落下途中の鉄扇を掴み、袈裟懸けにそれを振り上げた。

「ォらァッ!」

「フンッ……!」

 激突。閃光と見まごうばかりの火花が散り、衝撃波が迸る。足元にわだかまっていた黒水の残骸が吹き飛び、消滅する。

 両者は同時に跳び下がって間合いを取る。そして、先に口を開いたのは鎧武者のほうだった。

「荒れてんなァ、ハノン」

 鉄仮面を思わせるその口元が、邪悪で獰猛な笑みの形に歪んだ。彼の名は<イナリ>。ハノンと同じく雨狐のまとめ役であり、その王である。

「……王様」

 ハノンは鉄扇を構えたままだ。悠然と刀を収めるイナリを睨みつけながら、彼女は不機嫌そうに口を開く。

「喧嘩売ってんの?」

「ンなつもりはねーよ。退屈してるようだったから、遊んでみただけだ」

 ハノンの怒気などどこ吹く風とばかりに、イナリは雑に言ってのけた。

 気楽に手をひらひらと振る彼を見て、怒るだけ無駄だと判断したのだろう。ハノンは盛大な溜息を漏らしながら、鉄扇を仕舞う。

「……ねぇ王様」

 そして再びイナリに視線を遣り、低い声で呼びかけた。

「次は私に行かせて頂戴な。アマノミナトも、その横の売女……ニンゲンの分際で私を殴ったあの女も、他の連中も、惨たらしく殺してあげる。手脚を先端から順に捥いで、死んだ方がましってくらいに──」

「だーめだ。ゲームは順番通りにやるもんだ」

 そんなハノンの言葉を、イナリはぴしゃりと遮る。

「昨日までに紫陽花、お前ときて、今日はようやく俺の番だ」

「ッ──でも!」

「ハノン」

 なおもなにか言わんとした彼女の名を、イナリが呼んだ。それだけでハノンはビクリと身を竦ませ、蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなる。

 その様を見て、イナリは笑った。軽く震えてすらいるハノンに歩み寄りながら、イナリは言葉を続けた。

「それにな、キレてんのはお前だけじゃねぇんだ」

 そしてハノンの側までやってくると、無造作に振り返り──声を投げる。

「なあ、<雨垂(アマダレ)>よ?」

「はい」

「……!?」

 ハノンは目を見開く。イナリの視線の先──否、イナリの真後ろ。静かに返事をしたその雨狐に、今の今まで気付いていなかったのだ。

「あなた……いつの間に、そこに居たの?」

「イナリ様が仕掛けた時から、ずっと。戦いの邪魔になるかと思い、気配を消しておりました」

 その者は、ハノンの問いかけに静かに応えた。群青色の着物をぴしりと着付けた、線の細い雨狐だ。腰には居合刀。そして背には、身の丈ほどもある抜き身の大太刀。

 ハノンはその風貌を見て、得心したように口を開いた。

「ああ……王様の弟子の筆頭格の子ね? 確か……紫陽花ちゃんトコの<鉄砲水>の弟だったかしら」

 <鉄砲水>。その名を聞いて、<雨垂>の瞼がピクリと動いた。

「……はい。この大太刀は、兄のものです」

 その声には海よりも深い憎悪が込められていた。それを聞いたイナリは愉快そうに口を歪めて、補足するように言葉を継いだ。

「兄だけじゃなく、こないだ殺られた<水鏡>もこいつの同期でな。仇討ちするっつって聞かねーんだわ」

 そうして笑うイナリであったが、言外に"だからこれ以上口を出すな"という言葉が多分に含まれているのがありありと伝わってくる。

 ハノンは大きく息を吐き、不機嫌そうに言い放った。

「……わかったわよ」

「カハハッ! 俺ァ聞き分けの良い奴は好きだぜ」

 イナリは満足げに笑いながら羽音の背をバシバシと叩く。そして、再び<雨垂>に顔を向けた。

「<雨垂>。今回は捜索はナシだ。アマノミナトたちを殺してこい」

「御意に。……ハノン様、有難う御座います」

「はいはい」

 恭しく頭を下げる<雨垂>に、ハノンは虫でも払うかのように手を振る。復讐に燃える怪人は踵を返し、何処かへと姿を消した。

「……それにしても、鳶が鷹を産むというか、なんというか──」

 <雨垂>が消えた方をぼんやりと見つめながら、ハノンはぽそりとこぼした。そして彼の師たるイナリ──ガニ股で立ち、腕を組み、退屈そうに大きな欠伸をかますその姿を一瞥し、言葉を続けた。

「……王様の弟子なのに、どうしてあんなに礼儀正しいのかしら?」

「おいこらハノン、どういう意味だ」

「なんでもないわ。じゃ、疲れたから私は寝ぐらに戻るわね」

 イナリの言葉を適当にあしらいつつ、ハノンもまた何処かへと姿を消したのだった。

ていたらくマガジンズ (2)

- 1 -

「なんだこりゃ。隕石でも降ってきたのか?」

 抜けるような青空の下、晴香が素っ頓狂な声をあげた。『いやぁ』とその言葉に応えたのはカラカサである。

『この感じ、むしろ雹っぽくない?』

 そこは、ひとことで言うならば荒れ寺だった。しかし、ただ朽ち果てたものではない。寺の壁も天井も床も、更には手水舎、鳥居、狛犬に至るまでもが穴だらけである。

「確かに、めちゃくちゃ強力な雹……って感じだなぁ」

 カラカサの言葉に答えるように呟いたのは、晴香の横に立つ湊斗である。晴香と湊斗は境内を見回しつつ、状況を確認する。

「……カラカサ、場所は間違いなくここなんだよな?」

『うん。特に寺の中央の──おっと』

 晴香の言葉に返事をしかけたカラカサが言葉を切る。番傘の表面に浮かんでいた目と口がスイと消え、九十九神カラカサはただの番傘に戻ってしまう。

「ん?」

「晴香さーん、ニュース記事あったッスー」

 首を傾げた晴香の言葉を遮るように、後ろから声が掛かる。「ああ、なるほど……」と小さく呟きつつ、晴香は振り返った。

 スマホを手に階段を昇ってきたのは、ツンツン頭が特徴的な、目つきの悪い青年だ。晴香の部下であり<時雨>の最若手、ソーマこと雪村 宗馬である。

 九十九神たるカラカサは人間に対して警戒心が強く、今は湊斗、晴香、タキ以外の前ではずっと番傘の姿を取っているのだ。晴香が一瞥すると、湊斗は「ごめんね」と目で訴えていた。そんな様子を見て、ソーマが首を傾げる。

「……どうかしました?」

「いやなんでもない。それより、どんなニュースだ?」

「あ、はい。えーっと」

 ソーマはスマートフォンの画面に指を滑らせながら二人に並び立ち、言葉を続けた。

「タイトルは『住民の憩いの寺、一晩で倒壊』。もとは善光寺っていうお寺だったみたいッス」

「時期と、被害者は?」

「記事は2か月くらい前ッスね。怪我人はなしと書かれてます」

「2か月前か……」

 超常事件が起き始めた時期と符合する。タイミングといい、寺の異常な破損具合といい、超常事件とみて間違いないだろう。

 晴香はそこまで考えて、「それにしても……」と口を開いた。

「<ケース01>みたいな、溶けてお好み焼きのタネみたいになってるのを想像していたんだが……新規案件かよ。想定外だな」

 "お好み焼きのタネ"とは、先日湊斗と共に訪れた超常事件ケース01<溶解するビル>の現場の有様のことだ。ビルが、車が、そして恐らくは人間までもが溶解したあの地は、雨狐の妖気が色濃く残る土地でもあった。

 今日この土地──元・善光寺にやってきたのは、その調査の延長にあたる。

 あの時湊斗とカラカサがもたらした情報により、他にも雨狐の妖気が残る土地がいくつかあることが発覚したのだ。それは取りも直さず、<時雨>が感知していない超常事件の現場があることを意味していた。

 マーベラス河本絡みの事件の事後処理などもあり数日経ってしまったが、ようやくひとつ目の現地調査に取り掛かることができたのだった。

 境内に居るのは晴香と湊斗、そしてソーマ。ちなみにタキは車を停めるのに苦労している。

「俺、ちょっと近くで見てきます!」

「あ、おい」

 不意にソーマが、スマホをしまって寺の本殿へと走りだす。晴香は慌てて声を投げた。

「気をつけろよ。まだ崩れるかもしれん」

「了解ッス!」

 安全靴のゴッゴッという足音を鳴らしながら、ソーマの元気良い返事が返ってきた。晴香は息をつき、呆れたように笑う。

「ソーマのやつ、やる気満々だな」

「お願いします! 俺も前衛で! 調査させてほしいンす!」
「河本さんの件、あれも超常事件ッスよね!? 俺、なんもできなくて! だから名誉挽回っていうか! 汚名返上っていうか! したいんス!」

 それは、1時間ほど前のことだ。

 出掛けようとする晴香たち前衛チームの前に立ちはだかり、ソーマはそのツンツン頭を下げたのだった。

 同じ光景を思い返していたのだろう。湊斗が小さく笑い、晴香に視線を寄越す。

「義理堅くていい子じゃん」

「だろ? ……まぁ、アホだけどな」

「のわーっ!?」

 がらがらがらがら。

 言った傍から、不用意に社殿に踏み込んだ衝撃で崩れた壁にソーマが悲鳴を上げている。晴香と湊斗は顔を見合わせ、呆れた様子で笑いながら、ソーマを助けに歩み出し──

 ──その時だった。

『湊斗、姐さん!』

 傘のフリをしていたカラカサが鋭く声をあげた。その瞬間、二人は臨戦態勢に入る。晴香は即座に状況判断し、ソーマに声を投げた。

「ソーマ! そこ雨防げるか!?」

「えっ!?」

「屋根は健在か!?」

「え、あ、はい! 大丈夫です!」

 その確認をした直後──

「心配するな。そっちのニンゲンに用はない」

 善光寺境内に、どこからともなく声が響いた。

 そして、ぽつり、ぽつりと雨が落ちてきた──青空から。

 瞬く間に強まったその天気雨は、五月雨めいて不安定な、しかし粒の大きな雨である。

「て、天気雨……!」

 ソーマが驚きの声をあげる中、晴香たちはあたりを警戒し──そして境内中央の風景が、歪む。

「……アマノミナトの一味だな」

 そんな言葉と共に現れたのは、群青色の着物を身に纏う男だった。

 背は高いが、線は細い。腰の刀は勿論だが、なによりもその背に帯びた巨大な大太刀は異質である。そしてその顔には、狐の面。怪人<雨狐>である。

「うわっ!? なにこいつ!?」

 その姿を見て声をあげたのは、ソーマである。そんな彼に、晴香は大声で指示を出す。

「ソーマ! お前そこで待機! いいな!?」

「りょ、了解!」

「晴香さん、結界いくよ」

 そんな晴香の傍で、湊斗は手にした番傘を開く。そこを中心に展開された半径5メートルほどの傘状結界は、二人を天気雨の影響から守るだけでなく、簡単な攻撃であれば無効化する力を持っている。

 雨が弾けるバラバラという音が、晴香の鼓膜を揺らす。そんな中、その雨狐はスイと立ったまま、静かに名乗りを上げた。

「僕の名は<雨垂>。イナリ様の弟子だ」

 そして腰の居合刀に手を添え、腰を落とす。

「……アマノミナト、そしてその横の女。お前たちを殺しに来た」

「なかなか強気だね? これまでの奴は不意打ちばっかだったのに」

 湊斗は目を細め、言葉と共にカラカサの先端を<雨垂>に向けた。その傍では晴香が扇子の九十九神<リュウモン>を取り出しながら声をあげる。

「やいこらヒョロガリ狐男。こっちは晴香さんだ。覚えとけ」

「……こっちは<雨垂>だ、ハルカサン」

 その言葉に<雨垂>はピクリと眉をあげ、言い返した。

 そうしている間にも、天気雨はその強さを増していく。バラバラという音もまた、雨脚と共に強くなる。

 雹でも降っているかのような大音量があたりを包む中、両者の緊張もまた高まる。空気が爆ぜんばかりの緊張は、とうとう臨界点に達し──

 直後、上空の結界が割れた。

 数多の雨狐の攻撃を悉く防いできた、カラカサの結界が!

『はぁ!?』

 声をあげたのは当のカラカサだ。同時に湊斗と晴香の頭上に、猛烈な勢いで天気雨が降り注ぐ!

「っ……カラカサ!」

『お、おう!』

 湊斗はカラカサを天に掲げた。カラカサの表面に、極大の雹のごとき衝撃降り注ぐ!

『あだだだだ!? 湊斗、この雨なんか──』

 カラカサがその身に走る痛みに声をあげた、その時。

「隙だらけだな」

 <雨垂>の声がした。

 ──湊斗の真横から。

「なっ!?」

 それは手を伸ばせば届く程度の距離。驚愕の声をあげる湊斗の側で、<雨垂>が鯉口を切り、抜刀! バゴンッと激しい音が響く!

『痛ってぇ!?』

「……大した反応速度だ」

 <雨垂>は目を細め、呟く。その視線は、飛び退る湊斗を目で追っていた。

 そう、斬られた痛みに悲鳴をあげたのはカラカサだけだった。湊斗はギリギリのところで開いたままのカラカサを振り下ろし、斬撃を防いだのだ。

「……今の動き……!」

『イナリの瞬間移動!?』

 "敢えて"吹っ飛んだ湊斗はカラカサをたたむ。そして空中でその先端を<雨垂>へと向け、咆哮と共に引き金を弾く!

「変身!」

 光の奔流が傘先から溢れ出し、<雨垂>へと襲い掛かる。怪人は身を守るように刀を構え、飛び退いた。

 白い光は天気雨に乱反射して虹を為し、湊斗の身体に巻きついてゆく。湊斗が着地する頃には、その姿は白銀の鎧を着た戦士へと変わっていた。

「俺はアマガサ。全ての雨を止める、番傘だ!」

 ──その光景を見て……──

「は……えっ!?」

 ソーマは、顎が外れんばかりに驚いた。

(湊斗さんが!? 変身した!?)

「行くぞッ!」

 混乱するソーマをよそに、アマガサは光弾を連続射出! 同時に地を蹴り、<雨垂>へと間合いを詰める!

「ふん……目くらましなど──」

 <雨垂>は飛び来た光弾を最低限の動きで躱しながら、再び納刀。

 居合、一閃!

 振り抜かれた刃はアマガサの脛当てと激突し、激しい火花を散らす。

「──意味を成さぬ」

「だろうね!」

 アマガサは不敵に言い返し、連続攻撃に転ずる。下段蹴り、中段蹴り、掌底、肘打ち。<雨垂>は防戦を強いられるが、あくまで冷静にその一打一打を防いでいく。

 そして続く連続攻撃の最中、<雨垂>は、アマガサの掌底を刀の柄で受け止めた。

「!?」

 湊斗は仮面の下で目を見開く。おかしな手応えだった。防がれたというより、吸収されたような──

「……もう、見切った」

 <雨垂>はその隙を見逃さない。冷酷な声と共に、手首のスナップだけでアマガサの面に刀を振り下ろす。

「ぐっ!?」

 アマガサはそれを辛うじて籠手で受けたが、<雨垂>の追撃が迸る。

 正眼の構えから、立て続けに正面打ち、正面打ち、袈裟斬り、斬り上げ。道場剣術の見本のような美しい斬撃の数々。アマガサは番傘や籠手でそれらを防ぎつつも、隙を見出せないまま圧されてゆく。

「このっ……!」

 そのまま一歩、二歩と退き──その時。

「ぬおりゃッ」

 割って入ったのは、風を纏った晴香の前蹴りである。

「ふん」

 しかし<雨垂>は悠々と身を翻しそれを回避。そして回転の勢いを乗せた横薙ぎの一太刀を晴香へと放つ。

「ナメんな!」

 晴香は叫び、上から叩き落とすように掌底を打ち下ろした。それは刀の側面に過たずヒット。<雨垂>の体制が、崩れる!

「むっ……」

「おらァッ!」

 その隙を逃す晴香ではない。風を纏った拳が<雨垂>に襲いかかる。<雨垂>は身を捩ってそれを回避。晴香はそのまま、連打へと移行する。

「いくぞオラァッ!」

 ワンツーパンチからの蹴り、肘、再びの蹴り。晴香の怒涛の攻撃を、<雨垂>は辛うじて受止め──

 その防御回数が十を超えた頃、<雨垂>は既に順応していた。

 晴香の攻撃を全て防ぎきり、<雨垂>が晴香の足を踏みつける。

「うおっ……!?」

 晴香の体制が、仰向けに崩れた。そして。

「死ね、ハルカサン」

 雨垂れは大地を踏みしめ、大きく隙を晒した晴香へと刀を振り降ろす。が──

 その一撃を、衛星めいて浮遊するリュウモンが防いだ。

『甘いわァッ!』

「なっ!?」

 想定外の防御に、<雨垂>の動きが一瞬停止する。

「ナイスフォローだ、リュウモン!」

 晴香は歯を剥いて笑い、そのまま身体を捻ると渾身のボレーキックを叩き込んだ。

「ぬゥっ!?」

 <雨垂>は咄嗟に足を上げ、その蹴りを脛で受け止める。ミシリと腕が軋む中、<雨垂>の背後で殺気が膨れ上がる。

 その正体はアマガサである。槍のようなサイドキックが<雨垂>の背中へと迫る!

「ちぃっ……!」

 間一髪、<雨垂>は大きく横に跳んでそれを回避。しかしアマガサはそれを予期していたかの如く、ノールックで光弾を放つ。

「ッ!?」

 <雨垂>は着地と同時に、連続射出された光弾の対処を余儀なくされる。

「はあぁっ!」「おらぁッ!」

 アマガサが、そして晴香が<雨垂>へと追いすがる。アマガサは前蹴りを、晴香は拳を突き出し──

 その時だった。

「……死ねッ!」

 <雨垂>が、なにもない空間を引っ掻くように手を振り下ろした。

 刹那、晴香たちの上空、結界が再度破れた!

「なっ!?」『げぇっ!?』「またか!」

 三者三様の悲鳴をあげながら、アマガサたちは即座に跳び退いた。一瞬前まで彼らの居たその場所を、大粒の天気雨が穿ち、抉り、破壊する!

 そんな光景を横目に、アマガサと晴香は破れずに残った結界の下に着地した。そして再び<雨垂>と睨み合う。

 先に口を開いたのは、<雨垂>だった。

「……ハルカサン。羽音様を殴り飛ばしたというのは、伊達ではないらしいな」

「ハノン……ってーとあの花魁か。顔面殴られてピーコラ泣いてなかったか?」

「……口の減らん奴だ……」

 <雨垂>の眉が跳ねた。それを無視して、今度はアマガサが呟く。

「この雨……こないだの<鉄砲水>みたいな、集めて撃つやつか」

「…………!」

 <鉄砲水>。その言葉に、<雨垂>の眉が再度跳ねた。そいつは刀を鞘に納めながら、低く口を開く。

「……。それは、僕の兄の名だ」

「兄? お前ら、血縁関係なんてあんのか?」

 そんな晴香の言葉に──<雨垂>が奥歯を噛み締める。ギリッというその音は、5メートル離れた晴香の耳にも届いた。

 <雨垂>は怒りに震える右手を握りしめ、言葉を絞り出す。

「……当たり前だ。だから僕はお前たちを殺しにきた」

 言葉と共に、<雨垂>は居合刀に右手を添え、腰を落とすと、言葉を続ける。

「これは復讐。お前たちに殺された我が兄<鉄砲水>と……我が同門・<水鏡>の、仇討ちだ」

「……<水鏡>?」

 聞き覚えのない名前に、晴香は眉を顰める。

 その呟きに答えたのは、アマガサのほうだった。

「中央公園の雨狐だね」

「あ」

(……やっべ)

 瞬間、晴香の背中に冷や汗が滲んだ。

 中央公園。それは晴香と湊斗が初めて邂逅した場所である……はずだ。晴香はその事件の記憶はなく、しかし湊斗に対しては「記憶が残っている」という嘘をついている。

 それはアマガサとの協力関係を構築するために用いたハッタリであり、アマガサ/湊斗から見て晴香が「異常で特別な存在」として、この協力関係を継続させるための重要な要素なのだ。

「そ、そーかそんな名前だったっけか。忘れてたわ」

 晴香は慌てて取り繕う。その言葉に特に疑問は抱かなかったのか、アマガサはなんのリアクションも示さず──<雨垂>に傘銃を向けながら、口を開く。

「同門……なるほどね。だから剣術の感じも一緒なのか」

 その言葉に、<雨垂>は刀に手を添えたまま目を細めた。

「……覚えているのか」

「当たり前だ。貴重な情報源だったからな」

「貴様どこまで……!」

 怒気をにじませた<雨垂>は、ジリッと体重を前に傾けた。

 ──次の攻撃が、くる。

 晴香は攻撃を警戒し、拳を構える。<雨垂>までの距離は5メートルほど。刀の間合いからは離れているが、油断は──

「ひとりずつ、殺す」

 不意に、<雨垂>の声が聞こえた。

 ──晴香の真横から。

「っ!?」

 晴香はそちらに目を遣るが、もう遅い。<雨垂>は鯉口を切っていた。

 居合、一閃。

『ヌゥェィ!』

 響くは金属音と、リュウモンの叫び声。先ほどと同じようにリュウモンが割って入ったのだが、<雨垂れ>は低く呟いた。

「……甘い」

 直後。

 ばきり、と。

 リュウモンが、折れた。

『っぐあぁっ!?』

「リュウモン!?」

 九十九神の悲鳴に晴香が気を取られたその瞬間、<雨垂>はそのまま居合刀を振り抜いた。その刀身は、纏わるリュウモンごと晴香の肋を強く打ち付け、吹き飛ばす!

「ごはっ……!?」

 晴香はそのまま、受け身すら取れず地に伏した。

「晴香さん!」

 アマガサが晴香のほうを仰ぎ見て、声をあげた。──その瞬間。

「次はお前だ、アマノミナト」

 <雨垂>は、アマガサの真正面にいた。

「──っ!?」

 目を見開いたアマガサを、<雨垂>の冷酷な瞳が睨みつけて。

 超高速の刺突が、アマガサの肩を貫いた。

「ぐァッ……!?」

 衝撃で、アマガサは大きく吹き飛んだ。その身体はワンバウンドし、崩れかけた狛犬を破壊してようやく停止した。盛大に土煙が舞い上がる。

「っ……」

「まだだ、まだ殺さんぞ──アマノミナト!」

 <雨垂>は動きを止めない。咆哮と共に横たわるアマガサへと間合いを詰め、穴の開いた右肩を、強く踏みつける。

「っガぁッ!?」

「お前は! すぐには死なせん!」

 怒鳴りながら、<雨垂>はアマガサの傷口を執拗に踏みつける。ガッゴッと鈍い音が境内に響き渡る。晴香は痛む肋を抑え、言葉を絞り出した。

「っ……<アマガサ>……!」

「そこで見ていろ、ハルカサン!」

 先程までの余裕とは真逆の、吹き上がる活火山のような怒り──否、これは──……悦び?

 目を見開いた晴香を嘲笑うように、<雨垂>は哄笑をあげながらアマガサを踏みつける!

「ぐあぁっ!?」

 踏みつけ、殴打、蹴り。それはこれまでの丁寧な剣術とは真逆の、荒々しい攻撃であった。

「僕は今からこいつを嬲り、拷問し、処刑する──」

 そして<雨垂>は哄笑と共に──言い放った。

「アマノミナト! こいつが<水鏡>に、そして幼き<つたう>にやったようになァッ!」

「は……?」

 <雨垂>の言葉に、晴香は痛む脇腹を抑えつつ、ぽかんと口を開ける。

「処刑はともかく……拷問?」

「んん? 知らんのか。なにも言っていないのかァ、アマノミナト」

 晴香の顔を見て、<雨垂>は愉快そうに嗤う。そして再び足を上げ、今度はアマガサの胸板を踏みつける。

「ガハッ……!」

「なァ、なぜ殺した? なぜ? なぜ!?」

 二度、三度。容赦のない踏みつけがアマガサを襲う。バキバキと胸部の装甲が砕け、それでもなお<雨垂>は止まらない。

「僕は! 一部始終を! 見ていた! こいつは!」

「っ……おい、やめろ!」

 晴香の声など届くわけもなし。狂ったように嗤いながら、怪人は憎悪と愉悦の混ざる声で喚きながら、踏みつけをやめようとしない!

「こいつは! 刀が折れ! 瀕死の<水鏡>を! 踏みつけ! 嬲り──!」

 もはや先ほどまでの美しい所作は見る影もない。着物が乱れるのにも構わず、<雨垂>は荒々しくアマガサの上体を踏みつけ、その鎧を砕き、骨を砕き、そして──

「──拷問し、処刑したのだ!」

 足を振り上げ、アマガサの脇腹にトーキックを叩き込む。

 アマガサの身体がワイヤーアクションの如く吹き飛んだ。そしてソーマの居る廃寺の壁を突き破り、ボロボロの床でバウンドし──反対側の壁に激突し、ようやく動きを止めた。

 その変身が、解除される。

「ガッ……はっ……」

『み、湊斗! 大丈夫!?』

 血を吐く湊斗。その傍ではカラカサが九十九神の姿となり、飛び跳ねている。湊斗は辛うじて意識はあるようであったが、まともに動ける状態ではない。

「み、湊斗さ──」

 その一部始終を見て、ソーマが声を掛けようと口を開いたその時だった。

「まだ終わっていないぞ」

 ソーマが瞬きをするその一瞬。

 コンマ3秒にも満たぬ間に、<雨垂>は湊斗の傍に佇んでいた。

『なっ!?』

「は!?」

 カラカサとソーマが驚愕の声をあげる。彼らは気付いていなかったが、既に天井の大部分が崩れており、廃寺の中にも天気雨が降り込んでいたのだ。

 小物たちに一瞥をくれることすらなく、<雨垂>は恨みのこもった瞳で湊斗を見下ろし、言葉を続ける。

「そう、まだ終わらん……<水鏡>だけではない。幼き<つたう>に貴様がした所業も──」

 そして<雨垂>は逆手に刀を持ち、それを振り下ろした。

「──忘れたとは言わせんぞ!」

 横たわる湊斗の、右腕へと。

「っっがアアアアアア!!!?」

 湊斗の腕に激痛が走る。刀は右腕を貫通、床板に半ばまで突き刺さっていた。

「ハハハハハ! 気分はどうだアマノミナト! 貴様はこうして神のカケラのことを聞いたのだったな! 紫陽花から聞いたぞ!」

 <雨垂>は哄笑をあげながら、刀を捩じり傷口を抉る。吹きだした血が着物の裾を濡らすのにも構わず、怪人は言葉を続ける。

「んん? おっと、お前が幼き<つたう>から捥いだのは左腕だったか? まぁいい、次は両脚だ」

 <雨垂>は言葉と共に、湊斗の腕から刀を引き抜いた。そして血塗れの刀を構え、次は右脚に突き立てんと再び構え──

 その時、廃寺にカランッと下駄の音が響いた。

『湊斗を放せ、この変態野郎!』

 それはカラカサの足音。傘先を槍のように<雨垂>に向け、全速力で突撃する!

「……雑魚が!」

 しかし<雨垂>は至極冷静であった。刀から左手を離すと、カラカサの先端を摘まむように、あっさりと受け止める。

『はっ?!』

「オレの、邪魔を!」

 驚愕の声をあげたカラカサを、<雨垂>は手首の返しだけで団扇めいて振り回す!

『うわっ!? わわわわ!?』

「するなァッ!」

 そして刀を握りしめたままの右拳で、その身体を殴り飛ばした。

『うごぁっ!?』

 悲鳴だけを残し、カラカサが吹き飛ぶ。、その身体は廃寺の壁を突き破り、境内へと落下した。滑ってゆくカラカサには見向きもせず、<雨垂>は横たわる湊斗に視線を落とす。

「……さて、続きだ、アマノミナト。次はその脚を──」

 <雨垂>が言いかけた、その時。

 ぱしゃんと、その頭が弾け飛んだ。

「…………」

 天気雨の力で即座に回復した<雨垂>は、盛大な溜息をつく。そしてその原因──瓦礫を投げつけたソーマへと、視線を移した。

「……雑魚が、邪魔を、するな。そう言ったはずだが」

「う、うるせぇ。湊斗さんを放せ!」

 ソーマは手近な瓦礫を掴み、<雨垂>へと投げつける。ぱしゃん。今度は<雨垂>の左肩が爆ぜ、戻る。効かない。効かないが──それでもソーマは、必死で瓦礫を投げ続ける。

「……鬱陶しい。先に殺すか」

 もはや動かない湊斗を蹴り飛ばし、<雨垂>は刀を携えてソーマへと向き直った。ソーマは後ずさりながらも、手近なものをとにかく掴み、投げる。

 ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん。

「無駄だというのがわからんのか」

「くっそ……!」

 ソーマはとにかく投げる、投げる。壺を、木材を、皿を、巻物を、置物を。その悉くが<雨垂>の身体を突き抜け──

 ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん、ゴンッ

「ム……?」

「あれ? なんか、当たった……?」

 <雨垂>の頭部に、なにかがクリーンヒットした。その時。

「ソーマくん! ジャンプ、左に2メートル!」

「! はいっ!」

 外から響いたのは、タキの声。

 ソーマは咄嗟に全力で跳躍した。直後、先ほどカラカサが空けた大穴から、カランカランとなにかが投げ込まれた。、

「……缶?」

「うわ、マジか!?」

 <雨垂>が首を傾げる一方、ソーマは悲鳴と共に目を瞑り、耳を塞いだ。そして──

 閃光弾が、炸裂した。

「ヌゥッ!?」

 猛烈な光と音が廃寺を照らす。

 <雨垂>は内心で己の不覚を呪った。目は日光を直視したかの如く、そして耳は花火が傍で爆ぜたが如く、一時的に完全に機能を停止する。

 床板を通して、どたどたと振動が伝わってきた。先ほどのニンゲン。アマノミナトを助けるつもりか。

「ッ……させるか──」

 目を瞑ったまま、<雨垂>は刀を振るうが──その刃は、虚しく空を切る。

「っ……ならば……!」

 <雨垂>は呟き、境内に注ぐ天気雨に妖力を注ぐ。<雨垂れ石を穿つ>──怪人の持つ穿ちの力が最大化され、上空の結界のすべてを穿ち、叩き割り、境内全域に弾丸の如き雨粒が降り注ぐ。

 しかし、しばらく後──<雨垂>の視界がもとに戻ったとき、そこにニンゲンたちの死体はひとつもなかった。

「チッ……逃したか」

 ズタボロの廃寺の中、<雨垂>が毒づき、踵を返して歩き出した。

 天気雨が、止む。

 申し訳程度に残された柱が、虚しく音を立てて崩れ落ちた。

ていたらくマガジンズ (2)

- 2 -

 ──ジッ

 ノイズ。

 ──ジジジジッ

 ノイズ? いや、これは……

 ──ジジッ……

 ──ジジジジッ……ミーンミンミン……

 蝉の声。瞼を突き抜けてくる日射し。顔が暑い……。

 は閉じていた目を開いた。視界いっぱいに広がるのは、灼けつくような陽の光、抜けるような青空、巨大な入道雲、大きな虹、そして……天気雨。

「おーいおいマジかよ。雑魚すぎんだろお前ら。自信満々に殴りかかってきたくせによ」

「お父さん……!」

 気怠げで傲慢で軽薄な声が聞こえた。そして、次に聞こえたこの声は……──

「……姉……ちゃん?」

 僕は声を絞り出す。おかしい。身体が動かない。いや、身体が……

 ──痛い。

「ぐっ……あ……!?」

 思い出したように襲いきた激痛に、僕は思わず声をあげた。起き上がることはおろか、両手足を動かすことすらできないほどの、激痛。

「! 湊斗、無事だったの!?」

 そんな僕の声に反応して、姉ちゃんが声をあげた。僕は強いて頭を動かし……視線の端に、姉ちゃんが乗る車椅子を捉えた。

 白地に金色の縁取りがされた、大人用の車椅子だ。逆光だし、そもそもこちらに背中を向けているようで、姉ちゃんの表情は伺い知れない。と──

「さて。あとはガキ二人か。……あン? ハッ……お前は本当に退屈な奴だな。いいから俺にやらせろってんだ」

 軽薄な声が誰かと会話している声が、僕の思考を中断させた。続いてガシャリと鎧の音がした。金属同士が触れ合った音。甲冑が揺れたような音。

 ──そうだ、思い出した。

 気を失う前の記憶が溢れてくる。狐面の怪人。降り注ぐ雨、崩落する家、真白い光、虹、天気雨、青空。そして宙を舞うあれは、父さんの腕。母さんの……脚?

「姉ちゃん……父さんと、母さんは?」

「……湊斗」

 僕が絞り出した問いに答える代わりに、姉ちゃんは僕の名前を呼んで、振り返る。逆光でその表情は見えなかった。それでも──

「大丈夫だよ、大丈夫。あんたは、私が守るから」

 震える声で彼女が遺したその言葉を、僕は──俺は一生忘れない。

「さて、試し振りといこうかァッ!」

 怪人が笑いながら刀を振り下ろすのが見えた。姉ちゃんは視線をそちらに戻す。

「姉ちゃ──」

 僕の声は、虹色の輝きに飲み込まれた。津波のように僕らに襲いきたその光を前にして、姉ちゃんはその場で動かず、両手を目一杯に広げていた。車椅子がギシリと音を立てて──


***


「──姉ちゃんッッ!」

 湊斗は叫び、飛び起きた。突き出した右手が空を掴む。その目から一粒の涙が零れ落ち──

「どわぁっ!?」

 ガタンッ! ゴンッッ!

「えっ?」

 悲鳴と、なにかが倒れる音が聞こえてきて、湊斗はハッと正気に返った。腕を降ろし、音のしたほうにそろりと視線を向ける。

「痛っててて……」

 そこに居たのは、ツンツン頭の青年──ソーマだった。どうやら椅子ごと転倒して壁に頭をぶつけたらしく、頭を押さえて呻いている。

「ソーマ君? だ、大丈夫?」

「だ、大丈夫っス。ちょっとびっくりしただけなんで……」

 ソーマは言いながら、よろりと立ち上がった。それを横目に、湊斗は周囲を見回したり見覚えのない部屋だ。簡素な救護室──学校の保健室のような。

「……ここ、どこ?」

「本部の救護室っスよ。てか湊斗さん、重傷なんスから寝ててください」

「あ、うん」

 重傷。そこへきてようやく、湊斗は全身の痛みに意識を向けた。特に肩と胸。そういえば刺されたし踏まれたんだった。

 頭をよぎるのは、復讐心と愉悦に塗りつぶされた<雨垂>の顔。

「……負けた、のか。俺は」

 湊斗は呟きつつ、身体を見下ろした。上半身、特に胸と肩を包むように、包帯がグルグル巻きにされている。多少血は滲んでいるが、清潔な包帯。薬の匂いもする。

「この包帯、ソーマくんが?」

「いや、凜さんッス。応急処置だから無理に動かないように、と伝言が」

「凜……佐倉さんか。あとでお礼言っとかないとね」

「今はちょっと買い出しとかに出てるんで、後からっスね。……水飲みます?」

「ありがと。いただくよ」

 手渡されたコップを手に取って、湊斗はこくりこくりと水を飲む。そんな様子を見ながら、ソーマがおずおずと口を開いた。

「あの、湊斗さん」

「ん?」

「寺での戦いのことなんスけど」

「……うん」

 湊斗は傷を庇いつつ、コップをサイドテーブルに置いた。そして、ソーマへと向き直り、口を開く。

「……見た、よね?」

「はい」

 頷くソーマ。その目を見つめたまま、湊斗は手探りでカラカサを探す。記憶を改竄するには彼の力が必要なのだ。

「見ました。あの……変身するんスよね?」

「あー……うん。ごめんね、隠してて」

 焦る。カラカサが、いない。そういえば起きてこっち、カラカサの声を聞いていない気がする。まさか寺に置いてきたか?

「ああいや、隠してたのはいいんス全然! てか、隠すのもトーゼンっていうか! わかってるんス!」

 ソーマが慌てたように声をあげた。挙動不審な湊斗の様子には気付かず、彼は捲し立てるように言葉を続ける。

「やっぱほら、変身する人ってそういうの隠すじゃないっスか! ダイオーガみたいに!」

「ん? ダイオーガ?」

 聞き慣れない言葉に、湊斗は首を傾げた。そんな反応を見てソーマは「えっ!?」と大袈裟なリアクションと共に立ち上がる。

「し、知らないんすかダイオーガ!?」

「なにそれ……? ロボットアニメかなにか?」

 ソーマは身を乗り出して言葉を続ける。普段のクールな彼とは真逆の豹変っぷりに、湊斗は思わずカラカサ探しの手を止めた。

「『神獣戦士ダイオーガ』は朝のヒーロー番組っスよ! 『神戦士』シリーズの作品なんスけど、まぁ2年前の作品なんで湊斗さん観てなくても仕方ないっスかねぇ……」

「は、はぁ……」

 ぽかんとした湊斗を置いてけぼりに、ソーマの口上は続く。

「え、でも、『神戦士』シリーズは知ってますよね流石に?」

「いや……知らない……」

「えええっ!? き、聞いたことないっスか、『神鳴戦士サンダース』とか『神型戦士リーゼント』とか……!」

「え、うん、全然知らない……」

「えええええ!? 10年続く大人気ヒーロードラマで、流石の晴香さんも知ってたのに……!? それにそれに、変身アイテムが喋るのとか、変身後のマントのはためく感じとか、いや確かにカラーリングはサンダースとかダイオーガとは違うけどでも格闘と銃を巧みに使い分ける安定感とスピード感のある戦い方とか神様の力を借りて戦うところとか、なんか要素要素は近しいというか絶対『神戦士』シリーズの影響があると思ってたんスけど! マジで知らないんすか!? マジっスか!?」

「ソーマ君落ち着いて、話が半分以上わかんない」

 湊斗は早口で捲し立てるソーマの肩を抑えた。……とりあえず現状、彼が変身ヒーローが大好きなことしかわからない。

 湊斗の言葉に「ああ、すみません、つい……!」と引き下がりつつ、ソーマは憧れに瞳をキラキラさせながら言葉を続けた。

「でも俺、嬉しいんス。本物の正義の味方が実在するなんて」

「正義の味方……」

「はい!」

 湊斗の呟きに、元気よく答えるソーマ。その目に浮かぶのは、純粋な憧れと、尊敬と、羨望。

 そのキラキラした視線を受け止めきれず──湊斗は視線を落とし、呟いた。

「そんなんじゃ……ないよ」

「え?」

「俺は……正義の味方なんかじゃ、ないよ」

 その瞳がまるで人形のようで、ソーマは言葉を失った。湊斗はすぐに表情を戻し、「ごめんね」と声を掛ける。

 若干気まずい沈黙が救護室を満たし……次に口を開いたのは、湊斗のほうだった。

「えっと話は変わるんだけど……さっき言ってた"喋る変身アイテム"って、カラカサのことだよね?」

「あ、はい。そうっス。あの番傘、カラカサって名前なんスね」

「うん。で、そのカラカサなんだけど……どこにいるか知らない?」

「ああ、えっとそれなら──」

 気を取り直したソーマが問いかけに答えようとした、その時。

「カラカサなら、ここに居るぜ」

 晴香の声が、救護室に飛び込んできた。

 ──芳醇な醤油だれの香りと共に。

「え?」

 眉を潜める湊斗。そんな彼に、さらに追い打ちのように聞こえてきたのは……

『うわああああん湊斗ォぉおお!』

 カラカサの、泣き声だった。

 カラコロカラコロと下駄が鳴る。駆け寄ってくるのに合わせて"それ"に気付き、湊斗は声をあげた。

「ちょっ……え、なに!? なんかみたらし団子の臭いがするんだけど!?」

『姐さんが、姐さんがァッ! 言うこと聞かないと熱々のみたらしをかけるぞってェ! みたらし番傘にして食べちゃうってェ! ウワァァアアアーーン!』

 泣き叫ぶカラカサの言葉に、湊斗はポカンとしたまま晴香のほうを見た。そんな彼女の手には、湯気のあがる小さな手鍋。晴香はその視線を涼しい顔で受け止めると、ツカツカとベッドサイドに歩み寄った。

「ちょっと"話を聞いてた"だけだ」

『ご、ゴーモンだよ! ゴーモン!』

「あん? みたらし団子のタレをかけるぞって脅しただけだろ?」

『脅しじゃなく! かかってるんだよ! 結構! べったり!』

「そりゃお前がはぐらかすからだ」

 ギャンギャンと泣きわめくカラカサの相手はそこそこに、晴香が手鍋をサイドテーブルに置く。そんな様子を見ながら、湊斗は問いかけた。

「……晴香さん、どういうつもり?」

「お前らの"隠しごと"を知りたくてな」

「…………」

 悪びれる様子のない晴香に、湊斗の視線が鋭くなる。晴香もまた鋭い眼光でそれを見つめ返し、口を開いた。

「湊斗。あの雨狐が言ってた拷問云々の件だが──」

「……情報を聞き出すために、あいつらを倒す前に痛めつけただけだよ」

「そうか。……で、その痛めつけの件、なぜ私たちに言わなかった?」

 食い気味に言い返した湊斗に、晴香はため息と共に問いかける。湊斗は晴香から視線を外さぬままに言い返した。

「言う必要あった? 情報は渡してたでしょ」

「言わない理由があったのか?」

「別に」

 湊斗がそっけなく答えると、晴香の瞳に苛立ちの色が浮かんだ。彼女はすぐに感情が表に出る。素直で、良い人だ。

 ……まるで、湊斗の姉のように。

「あんたは、私が守るから」

 先ほどの夢が脳裏をよぎる。今は亡き、姉の姿。事故で足を失っていたにも拘わらず、アクティブな人だった。感情豊かで、笑顔の絶えない人だった。湊斗が友達と喧嘩したとき、「それでも人を殴るのはよくない」とか言いながら殴り倒されたっけ。

 そんな理不尽さも含め、晴香はどこか姉に似ている。素直で、感情豊かで、悪いことには悪いと言える──良い人だ。

 そんな人に、「怪人を痛めつけて知りました」などと言えるわけがない。というか、どうして晴香はそれを言えると思っているのだろうか。

「……それにさ」

 そこまで考えたとき、湊斗は無意識に言葉を零していた。

 自覚はなかったが、どうやら湊斗自身も苛ついていたらしい。夢見の悪さのせいだろうか。先の敗戦のせいだろうか。それとも、カラカサがひどい目に遭ったからだろうか。むしろ、その全てか。

 気付いたときには、湊斗は敢えて攻撃的な言葉を選び、晴香にぶつけていた。

「言ったとしても、どうせ晴香さんじゃ無理だよ」

「……ンだと?」

 晴香の眉根に皺が寄る。睨まれるが、湊斗はそれを真っ向から睨み返し、言葉を続ける。

「雨狐を人間扱いしてる晴香さんには、絶対に、無理」

 湊斗の脳裏に浮かぶのは、マーベラス河本を巡る事件での晴香の言葉。

「なぁ湊斗。あの子狐のあの扱い、どう思う?」
「無理矢理戦わされてるとか? だとするとなんか、そっちの意味でも厄介だよな。やりづらいというか……」

「人間扱い……?」

 晴香は「言われた意味がわからない」という顔をしている。そうだろう。彼女にとって雨狐は"犯人"だ。だが、湊斗にとっては違う。

「あいつらは人間じゃない。雨狐、人に害なす存在、危険なバケモノだ。だから倒さなきゃいけない。山に出た鬼と一緒だよ」

「あん? ンなこたわかって──」

「わかってないんだよ。だから拷問だのなんだのって話が気になるんだ。人と同じだと思ってるから」

 晴香の言葉をぴしゃりと遮って、湊斗は言葉を続ける。

「あいつらの中には、無理矢理戦わされている奴なんていない。大人も子供もだ。俺はそいつらを倒すためにこの力を得た。カラカサの力を借りて、あのバケモノと戦えるように。そして原初の雨狐、イナリや羽音や紫陽花に辿り着き、倒すために」

 言い聞かせる。晴香に、ソーマに、カラカサに、そして、湊斗自身に。

「でもまだ情報が足りない。だからあいつら自身から情報を吐かせる。そうして集めた情報で次の雨狐を探し、倒し、そうしてイナリを、原初の雨狐を倒す。俺はこれまでそうしてきたし、それを変えるつもりはない!」

 ボルテージの上がっていく湊斗。対する晴香も少しだけ声を大きくし、言い返す。

「落ち着けよ湊斗。誰がそこ否定するって言った? こっちは別にお前のやり方にどうこう言うつもりは──」

「どうこう言ってるだろ!」

「言ってねぇ! 隠してたことについて聞いただけだ!」

「そこは別に理由なんてないって言ったでしょ!」

「理由がないなら話してくれてもよかったろうがよ! 私らは信用されてねーのか!?」

「はぁ!?」

 湊斗に引き摺られるように、晴香のボルテージもまた上がっていく。始まった怒鳴り合いに、ソーマとカラカサが身を縮めたところで──湊斗が、その爆弾を落とした。

「ていうか、信用してないのはそっちだろ! 嘘ついて俺を引き込んだくせに!」

「なっ……!?」

 それは、湊斗の疑念であり、カマかけでもあり──そしてまんまと、晴香はそれに引っかかった。

 湊斗は拳を握りしめ、少しだけ声のトーンを落として、晴香に問いかける。

「中央公園の<水鏡>の特徴、なんか言ってみてよ。言えないでしょ」

「それは……」

「……ほらね」

 言葉に詰まった晴香を見て、湊斗は全身の力を抜く。全身が熱いのは叫んだせいだろうか。傷口はまだ疼くが、立てないほどではない。

 湊斗はベッドから這い出し、靴を履いた。そんな様子を見て、晴香はハッとして声を掛けた。

「おい、どこに──」

「どこでもいいでしょ。どうせ信用ないんだからさ」

 湊斗はぶっきらぼうに言い放ち、傍に掛けてあったシャツと愛用のレインコートを手に立ち上がった。

「行こう、カラカサ。まずはそのタレ、落とさなきゃ」

『えっ……あ、うん』

 カラカサが番傘に戻り、湊斗の手に収まった。そうして歩き出した湊斗は、部屋を出際に立ち止まり、一度だけ晴香たちを振り返った。

「そうだ。治療、ありがとうございました」

 その言葉だけを置き去りに、湊斗は無造作に歩き出した。


***


 バシャバシャ、ダババババババ……

『げぼぼあばばばあばば……』

 <時雨>本部から歩いて数分のところにある、公園の隅。

 設置された外水道から放出される水が、カラカサに盛大に浴びせられる。派手な水音が響く中、湊斗は持っていた手ぬぐいでゴシゴシとカラカサの表面を拭きあげる。

『あばばばばげぼっ……ねぇ湊斗、がばばばば』

「ん?」

『ばばばっがぼっ、どしたのさばばば』

「なにが?」

『あばばばばがばっ。えらくムキにあばばばっ、なってたみたいだけど?』

「……別に」

 湊斗は素っ気なく返事をしながら、水を止める。

「なんでもないよ」

『ふーん?』

 カラカサはぴょんとひと跳ねし、その場で傘回しのようにくるくると回転する。昼下がりの日差しに照らされて、水滴がキラキラと輝きながら散っていく。

「さて。ここからどうするか──」

 輝く飛沫を見ながら立ち上がり、湊斗が口を開いた、その時だった。

「あ、いたいた。湊斗さーん!」

「え?」

『おろ?』

 公園の入り口から声を投げたのは、ツンツンした黒い髪が特徴的な青年──ソーマだった。

 彼はヘルメットを片手に、湊斗に手を振りながら駆け寄ってくる。

「お疲れッスー!」

「……どしたのソーマくん? 晴香さんの指示?」

 湊斗は目を細め、冷たく言い放つ。しかしソーマは全く気にした様子もなく、湊斗の前で立ち止まって笑顔でサムズアップ。

「いや、独断ッス!」

「え、あ、そ、そう?」

 あまりにも爽やかに言い放つソーマに圧され、湊斗は思わず一歩引いた。ソーマはそれに気付いているのかいないのか、芝犬を彷彿とさせる笑顔で言葉を続ける。

「それより! 湊斗さんってこのあと予定ありますか?」

「え? えーっと──」

『ないよー! のーぷらんだよー!』

 湊斗の返答を遮ったのは、カラカサだった。彼はひと跳ねして番傘に姿を変えると、湊斗の左手にぽすんと収まった。

「ちょっ、カラカサ?」

『いいからいいから』

「よかった! はいこれ、メットつけてください!」

「え、えっと……?」

 半ば押し付けるようにヘルメットを手渡して、ソーマはさっさと自分のバイクに向かって歩き始める。眉根を寄せてそんな背中を追いかけながら、湊斗は声をかける。

「あの、ソーマくん? どこ行くの?」

「んーと」

 ドルンッとバイクのエンジンに火が入る。跨り、自身もヘルメットを被りながら、ソーマはニカッと笑って答えた。

「ちょっと、気分転換に!」


***


 ッッカァンッ! パパラパパー!

『おー、すごい。百発百中だー!』

「っしゃー!」

 古びたバッティングセンターに、10連続ホームランのファンファーレが響く。全力のガッツポーズとともにブースを出てきたソーマを眺めながら、湊斗は首を傾げた。

「…………えっと、気分転換って」

「そッス! ほら、湊斗さんバット持って! メットも!」

「えっ、ちょっ?」

 戸惑う湊斗をブースに押し込み、ソーマはさっさとブースを出ると、カシャンとその扉を閉めた。ちなみにカラカサは番傘の姿でブースの入り口に立てかけられている。

 湊斗は左手にバットを、右手にヘルメットを持ったまま、キョロキョロと視線を泳がせ……おずおずと、ソーマに声をかけた。

「え、ええと……俺バッティングセンターって初めてなんだけど」

「おっと、すんません! ちなみに野球の経験は?」

「えーと……子供のころにちょっとやったくらいかな」

「おっけーッス! んじゃ110kmから行きましょっか」

 ソーマは慣れた様子でバッティングマシーンの設定を合わせていく。そして湊斗にヘルメットを被るよう指示すると、財布から出した100円玉を機械に投入した。

「そんじゃ、バット構えてください。ボールがきますよ!」

「あ、はい……」

 パパラパパーとピッチングマシンのほうから音が鳴る。ソーマは急いでブースから出て、扉を閉めた。

 湊斗は右側のバッターボックスに立ち、おっかなびっくりバットを構えた。がしょんっ……とピッチングマシーンが動きだし──ボールが、放たれる!

「うおっ!?」

 湊斗が怯みながらも振り抜いたバットは、がこんっと鈍い音と共にボールを捉えた。

 ボールは1メートルほどで落下し、転がっていく。ポテンヒットだ。

「おお!」『当たった!』

「よ、よし……!」

 ソーマとカラカサの声援を受け、湊斗は再びバットを構える。がしょんっ、がきん。がしょんっ、かこーん。次々放たれる球を的確に打ち返す湊斗を見て、ソーマは拍手と共に声をあげる。

「すごいすごい、湊斗さんタキさんより上手い!」

「え、そうなの? っとぉっ!」

 話しながらもヒットを繰り出す湊斗。時折振り遅れることがあるものの、なんだかんだと順調に打ち返していく様子を見ながら、ソーマは呟くように口を開いた。

「湊斗さんやっぱ運動神経いいっスねぇ。武道やってるからかな?」

「これでも昔は全然だったんだよ。よく姉ちゃんにしごかれてた」

「ん、お姉さんいるんスか?」

 ぶおんっっ!

 盛大な空振り。背後のネットに吸い込まれて無下に落下したボールを目で追い、湊斗は再びバットを構えつつ、口を開く。

「あーと……うん、まぁ。“居た”……だね」

「あ……すんません……」

「いや、気にしないで。なんか思わず、零しちゃった」

 湊斗の振るったバットに、ボールが軽く掠って情けない音を立てた。回転しながら浮き上がるボールを目で追いながら、ソーマは思い切ったように問いかける。

「……あの、さっき飛び起きたときに叫んでたのって」

「うん。夢を、見たんだ。姉さんが死んだ日の夢を」

 バッティングマシーンが次弾を装填するのを見つめながら、湊斗はぽつりと答える。そしてハッと正気に返り、慌てて話題を変えた。

「って、あ、そういえば思いっきり頭打ってたけど、大丈夫?」

「ああ、タンコブできたけど元気っス! 慣れてるんで!」

 ソーマ相手だとついつい言葉を零してしまう。湊斗は気を引き締めつつ、バットを振った。

 今度はかこーんと気の抜けた後が響いた。ボテボテのゴロだ。なかなか良い当たりが出ない湊斗を見て、ソーマはポケットに手を突っ込んだまま口を開いた。

「湊斗さん、左利きなんスね?」

「え? うん」

「んじゃ、もうちょっと外側に立ったほうが良いっスよ。そんで、ちょい気持ち早めに振ってください」

「ん……こう?」

 ソーマからの不意のアドバイスに従って、湊斗はバットを振り──

 ッッカァンッ! パパラパパー!

「うおっ!?」

『おーっ!』

 快音と共に飛び去った打球は、ホームランプレートに直撃。ファンファーレが鳴り響く中、打者本人はぽかんとして打球の飛んだ先を見つめていた。

『すごい! ソーマ大先生だ!』

「へへ。俺、ゲームは得意なんで。……あ、湊斗さん、次の球が」

「うおっ、そうだった!?」

 慌てて振ったバットは球を掠ることすらなく空を切る。湊斗は急ぎ体制を立て直してバットを構える。

 が──次の球は、飛んでこなかった。

「……あれ?」

「あ、10球終わったっぽいっス」

 ソーマが説明するところによると、このバッティングセンターは100円で10球らしい。ホームランなしで10球終わったため、球はこれ以上飛んでこないそうだ。

「あらら……」

 拍子抜けした様子で湊斗がバットを下ろす中、ソーマはブースに入り込んで100円玉を取り出し、ニヤリと笑った。

「湊斗さん、ワンモアいっときます?」

「え。いいの? じゃあやってみようかな……あ、ただお金は出すよ、悪いし」

「んじゃあとでアイス奢ってください! 行きますよー」

 再びパパラパパーと音がなる。湊斗はバットを構え、ピッチングマシーンを睨みつけ元気球が、放たれる!

 ッッカァンッ! パパラパパー!

 快音が響く。打球は再びホームランプレートに直撃、ファンファーレが湊斗を祝福する。

「おおーっ!」

『湊斗すごーい!』

 ソーマとカラカサが口々に声をあげる中、湊斗は「よーし」と呟いてバットを構える。楽しくなってきた。

「それはそうと湊斗さん」

「んー?」

 ッッカァンッ! パパラパパー!

 答えながら、再びのホームラン。小さくガッツポーズした湊斗に、ソーマは真面目な表情で問いかけた。

「マジで出てくんすか?」

「……まぁ、うーん。そうだね」

「そっスか……」

 カコーンッ。

 今度は渋い当たり。大きく息を吸って次の球を待つ湊斗の脳裏に、ふとソーマの言葉がよぎった。

「でも俺、嬉しいんス。本物の正義の味方が実在するなんて」

 羨望を含む声。キラキラと輝く瞳。湊斗の能力に憧れを抱き、期待する視線。脳裏のそれらを振り払うように、湊斗はバットを振った。

 ッッカァンッ! パパラパパー!

 三度ホームラン。今度はうまくいった。「よし」と呟きつつ、湊斗は意識をソーマに向けた。

「ソーマくんの好きな……ダイオーガだっけ? あれって、やっぱ人のために戦うやつでしょ?」

「んーまぁ、そっスね。メタルガノンっていう宇宙人が、人類を滅ぼすゲームをやるんスよね。順番通りに殺すとか、タイムアタックしたりとか……」

「うわ、結構えげつない」

「んで、ダイオーガは神獣の力を借りて、その滅亡計画を阻止するために戦うんス」

「へぇ……」

 再び、快音とは言い難い音がブース内に響く。小さく打ち上げられたボールは力なく落下し、フィールドを転がっていく。それを目で見送りながら、湊斗はぽそりと言葉をこぼした。

「やっぱね、俺はヒーローにはなれないよ」

「……え?」

 バットを構え、湊斗はピッチングマシーンを睨む。

「俺が戦ってるのは、人を守るためじゃない。雨狐を殺すため。敵討ちの、ため」

 言いながら振ったバットは、鋭い音を響かせた。ボールは元来た方向に一直線し、ピッチングマシーンに激突する。

 ぐらぐらと揺れるマシーンを見ながら、湊斗はぽつぽつと言葉を続ける。

「だから、正義の味方なんかじゃない。あいつらを痛めつけるのも、倒すのも、俺は厭わない。ソーマ君や晴香さんみたいな、良い人とは違うんだよ」

『湊斗……』

 カラカサが呟く中、ピッチングマシーンは自身の揺れにも関わらず次弾を装填する。アームが動き、次の球を──

「いやいや、晴香さん別に、良い人じゃないっスよ」

「へ?」

 ぶおんっ。

 見事な空振り。ボールは湊斗の背後のネットに吸い込まれて落ちた。ソーマは頭の後ろで手を組んで、湊斗に向かって言葉を続ける。

「あの人、スクーターに乗った食い逃げ犯を半殺しにしてますし」

「えっ」

「なんつーんスかね。“敵”に容赦ないんスよ、マジで。別の部隊で指名手配犯を捕まえた時なんて、手先から関節をひとつひとつ外しながら尋問してたらしいですし」

「うひぃ……」

 その光景を想像した湊斗は、思わず悲鳴をあげた。もはや、飛んでくるボールなど見ていない。ぽかんとしたままのその顔を見返しながら、ソーマは言葉を続けた。

「まぁそういう感じの人なんで、湊斗さんが寝てる間に晴香さんがボヤいてて──」

『私もやったことあるが、拷問って効率わりぃんだよな。そもそも相手が雨狐みたいなバケモンだと、リスクが高いしよ……』

「えっ。カラカサ今のって晴香さんの真似? 超似てる!」

『でしょー!』

 ソーマの言葉を遮ったカラカサの口真似が思いのほか似ていて、二人はゲラゲラと笑いあう。そんな様子を眉根を寄せて眺めながら、湊斗は声をあげた。

「え、ちょ、ちょっと待って! じゃあ、カラカサがなんか泣かされてたのは……?」

『あれは、その会話の後で、“まだ隠しごとあんじゃねーだろうなテメー”って言いながらやられたんだよね。全然信じてくれなくて!』

「まぁ、あれは確かにやりすぎっスよねぇ」

 ソーマは苦笑と共に湊斗に同意し、「てゆーかですね」と言葉を続ける。

「雨狐の拷問そのものを嫌がるような人なら、ダイオーガみたいに怪人が爆発して死んじゃうのも嫌がるはずじゃないっスか。一応あいつら、犯人なんだし」

「ま、まぁ……それは……」

『そういうわけで要するに、全部湊斗の勘違いだったってこと』

 話題を締めるように、カラカサが言う。湊斗は自分の顔が熱くなるのを感じ、おずおずと口を開いた。

「……ソーマくん。もしかしてここに来たのって、誤解を解くために?」

「や、そう言うわけじゃないっス」

 ソーマは手をひらひらと振りながら、にへらと笑って言葉を続けた。

「なんか湊斗さん、俺の兄貴に似ててですね」

「お兄さん?」

「そっス。クソマジメで、機嫌が悪いときはすぐひとりになるんスけど、気晴らしが苦手だからいつまでもイライラしてて……」

『だいせいかーい』

「……カラカサ。みたらし団子にするよ?」

『やめて!?』

「はは。んでまぁ、そういう時にいつも兄貴を巻き込むのが俺の──ん?」

 ソーマが言いかけたそんな時、彼の胸元で通信機が鳴動した。

「はい、ソーマっス。……! 了解、すぐ向かいます! はい、湊斗さんもいます!」

 ソーマの様子を見て、湊斗とカラカサは視線を交わす。

 通話を切ったソーマと無言で頷きあうと、彼らはバッティングセンターを飛び出した。

ていたらくマガジンズ (2)

- 3 -

 閑静な住宅地。晴天の空から降り注ぐ雨は西日を受けて輝き、家々を濡らしている。

「ひ、ヒィィ!?」

 老人が悲鳴をあげる。<雨垂>は降りしきる天気雨に濡れたその顔に、手にした血まみれの刀を突きつけ、問いかける。

「アマノミナトはどこだ、人間」

「だ、だだだ誰!?」

「ハルカサンでも良い。どこだ」

「だ、だから誰じゃ! ワシゃ知らん、知らんぞォッ!?」

 老人は喚きながら、尻もち姿勢でずるずると後退していく。<雨垂>はその動きに合わせ前進し、逃さぬよう距離を保つ。逃すわけにはいかない。この辺りの人間は軒並み斬り捨てた。残る手がかりはこの老人だけなのだ。

「アヒィィィ!?」

 老人はしかし、後退した先にあった死体に激突したせいで半狂乱に陥ってしまった。だめか。

「……仕方がない。少し移動するか」

 溜息と共に<雨垂>は呟き、喚く老人に向かって刀を振り上げ──

「待ちやがれぇっ!」

 背後から聞こえた怒鳴り声に、その手を止めた。刹那、緑色の風をまとった“なにか”が<雨垂>の視界に飛び込んでくる。

「む……」

 <雨垂>はそれを、半身をずらして回避した。脳裏をよぎるは朝の閃光弾の光。<雨垂>は飛来物のほうは見ず、声のしたほうに視線を遣った。

 カロンッ、と缶が落ちた音がする。やはり今朝と同じだ。<雨垂>は、駆け寄ってくる晴香を睨みつけ、獰猛に笑った。

「ふん、同じ手は食わん──」

 <雨垂>が言いかけた、その時。

 その缶──発煙筒が凄まじい勢いで煙を吐き出し、<雨垂>の視界を遮った!

「ヌゥッ!?」

「だははは! バーカ! そうポンポン同じもん使うかよ!」

 晴香はゲラゲラと笑い、全力の挑発をかます。リュウモンの行使する緑色の風により、白煙は意志を持つかのように<雨垂>の周りで渦を巻く。

「おのれっ……!」

 <雨垂>は声を荒げて飛び退いた。その眼前、先ほどまで追い詰めていた老人に駆け寄る影ひとつ。大柄な男だ。同時に、晴香が声をあげる。

「タキ! そのまま被害者連れて退散!」

「了解!」

 タキと呼ばれた大柄な男は、そのまま老人を担いで逃げ出した。<雨垂>はその後ろ姿を睨みつけ、低く呻く。

「今の声……あの時光の缶を投げ込んだ男か……!」

「おめーの相手はこっちだ、よっ!」

 直後、白煙を破って晴香の飛び蹴りが襲いかかる。<雨垂>は後方に跳躍。蹴りを回避された晴香は着地と共に前転受け身を取り、拳を構えた。その拳に、超自然の緑風が宿る。

 対する<雨垂>もまた刀を青眼に構え、目を細めて口を開いた。

「アマノミナトはどうした、ハルカサン」

「あン? ちょっとお花摘みに行ってるだけだよ」

「……彼奴は女子(おなご)だったのか?」

 首をかしげる<雨垂>を見て、晴香はなんとも言えない顔でため息をつくと、気を取り直して怪人を睨みつけた。

 そのまま両者は、違いの距離を保ったまま一歩、二歩と移動をはじめ……互いに速度を上げていく。

 そして先に動いたのは、<雨垂>だった。

 その姿が、搔き消える。

「セイッ!」

「っ!!」

 その瞬間、晴香は水泳の飛び込みの如くアスファルトに身を投げ出した。その頭上、一瞬前まで晴香の胸があった場所を<雨垂>の刀が薙ぐ。

「あぶねぇ、なッ!」

「ふん」

 晴香は素早く受け身を取ると、<雨垂>に足払いを繰り出す! しかし怪人は片足を上げて容易くそれを回避し、晴香を両断すべく上段からの斬り落としを繰り出す。

「チッ!」

 舌打ちと共に身を翻し、晴香は紙一重で凶刃を回避、反撃に転じる。晴香の拳を<雨垂>がスウェー回避し、返す刀を晴香は往なす。

「すばしっこい女だ」

「そっちこそ! 観念っ! しやがれ!」

 陽の光を浴びて輝く白刃と、超常の緑風を宿した拳が交錯する。繰り出される攻撃、回避、反撃、回避、回避、攻撃。一進一退の攻防に果てはないかと思われた、その時──

「…………?」

 <雨垂>は不意に覚えた違和感に眉を潜めた。

 自らの刀を回避した晴香が放つ、反撃の拳。そこに宿る緑風、そこに秘められたる九十九神の妖力──

「……妖力? これが?」

 ぽそりと呟いた<雨垂>は全身の力を抜いた。

「っ……!?」

 晴香は目を見開き、放とうとした拳を止めようとするが──止まらない。

 ぱしゃんっ。

 緑色に輝く晴香の拳は──九十九神リュウモンの妖力を纏ったはずのその拳は、水面を叩くかの如き音と共に、<雨垂>の腹に穴をあけただけであった。

「ちっ……」

 晴香は舌打ちと共に飛び退る。<雨垂>の腹にあいた穴は瞬く間に塞がり、怪人の身体はなにごともなかったかのように晴香へと向き直る。

「……なんのつもりだ、ハルカサン?」

「流石に、バレたか……」

『ヌゥ、すまん、晴香……!』

 冷や汗と共に呟く晴香の胸元で、リュウモンが苦しげな声をあげる。その様を見て、<雨垂>は得心がいったように口角を上げた。

「成る程。九十九神は今朝の戦いで瀕死か。これは重畳だ」

 実際、リュウモンは親骨と中骨の半数がなかばで折れてしまっていた。晴香の懐で呻くその九十九神は、彼女の体表を薄く覆う程度の妖力しか放出できぬほどまで弱り切っている。

 <雨垂>は刀を納め、手のひらを上向けた。その周囲の雨粒が、虹色の光を帯びる。

「さて。アマノミナトも来ないようだ。終わりにしよう」

「っ……やべぇ!」

 晴香は咄嗟に駆け出していた。目指すは付近の民家、そのガレージ部分。

「もはやその九十九神では結界すら張れまい。死ね、ハルカサン!」

 しかし晴香がガレージに辿り着くより早く、<雨垂>は自身の妖力を解き放った。

「くそっ──」

 耳を潰さんばかりの轟音が、晴香の声を呑み込んだ。弾丸のごとき雨粒は周囲の建物を穿ち、崩落させてゆく。そして晴香もまた巻き込まれ──

「……む?」

 雨の掃射がやむ。立ち込める砂埃の中にちらりと見えた異物に、<雨垂>は眉をひそめた。

 砂埃が徐々に晴れる。果たしてそこには、晴香の身体を包み込む白い球状結界が鎮座していた。

「むぅ。これは──」

 <雨垂>が口を開いた、その時だった。

 銃声が、響く。

「ヌゥッ!?」

 虚をついて飛来した白い光弾は<雨垂>の身体を撃ち抜いた。姿勢が崩れた怪人に畳み掛けるように、光弾がマシンガンのごとく<雨垂>へと襲いかる。

「っ……この光弾! アマノミナトかッ!」

 不意を打たれてなお獰猛に笑いながら、<雨垂>は光弾の飛来方向──晴香とは反対側へと向き直る。

 飛来するは小さいが無視できない威力の光弾たちだ。マシンガンの如きそれらを、<雨垂>は抜刀して斬り払っていく。同時に撃手の姿を探し──<雨垂>は、眉をひそめた。

「む? 彼奴の姿が見えん──」

「残念、」

 その声は、<雨垂>の背後から。

「俺はこっちだよ」

「なっ!?」

 気が逸れる。相変わらず飛来する光弾の嵐がその身を削る。

(馬鹿な、背後だと!? しかしこの光弾は)

 ──<雨垂>の思考はそこで途絶えた。

「セァッ!」

 湊斗は素早く背を向け、屈むと同時に地面に両手をつく。その慣性を、全身のバネを、軸足の力を、そして内なる妖力を右足へと注ぎ込み──渾身の海老蹴りが、振り返った<雨垂>の鳩尾に突き刺さった。

「ゴ……アッッ!?」

 死角からの、隙を突いた一撃。<雨垂>の身体が、上空に向かって蹴り上げられる。

「遅せぇぞ湊斗。みたらし落とすのにどんだけ掛かってんだよ」

「その件についてはあとで謝罪してもらうからね?」

 湊斗は苦笑と共に晴香に言い返す。と──上空の<雨垂>に向かって、再度光弾の群れが飛来。姿が見えなくなるほどの爆発が、怪人を襲う!

「おい、アレってカラカサの弾丸だよな?」

 爆発音の中で晴香が上げた声に、湊斗は力強く頷いた。

「うん、もちろん!」

「どーやって撃ってんだ? カラカサひとりじゃ撃てねーんだろ?」

「すぐにわかるよ」

 湊斗はニヤリと笑った。そうこうするうちに、光弾の掃射が終わる。そして晴香の耳に届いたのは、バイクのエンジン音だった。晴香がその目を見開く。

「このエンジン音……まさかソーマか!?」

「当たり!」

 そうして現れたのは、<時雨>に登録されている1台のバイクである。カラカサを肩に担ぎつつ運転席に跨るは、<時雨>最年少隊員・ソーマであった。

「ソーマくん、ナイス狙撃&追撃。カンペキ!」

「あざっス! カラカサもナイスフォロー!」

『いぇーい!』

 バイクから降りてハイタッチする彼らの近くに、<雨垂>が受け身すら取れぬまま落下した。

「グゥッ……」

 その様を視界の端に捉えながら、湊斗は背後の晴香へと視線を投げる。

「さてと。晴香さん、ちょっとリュウモン返してもらって良い?」

「あ? 構わんが、こいつもうボロボロで──」

「わかってる。でも、大丈夫」

 晴香がみなまで言うより早く、湊斗は自信ありげに笑ってのけた。

「──この雨は、俺が止める」

 そうして受け取ったリュウモンは、見るも無残な姿だった。半ばで折れたその身体は、どう見ても無事とは思えない。

「えっらい無理したね、リュウモンさん」

『仕方あるめぇよ。晴香たちを助けるためじゃ』

 どこか拗ねたようなその言葉に微笑んで、湊斗はリュウモンを慎重に開いていく。と──

「き、貴様らァ……!」

 あれほどの光弾を食らってなお、<雨垂>は立ち上がった。その姿を見て、晴香は思わず顔をしかめる。

「おいおいマジかよ。あいつピンピンしてんじゃねぇか」

「大丈夫っスよ、晴香さん。……湊斗さんは、ヒーローっスから」

 ソーマが言う間にも、<雨垂>はその瞳を憎悪で爛々と輝かせ、ズタボロの衣装を引き裂き上裸となった。

 そして、その背に負った大太刀を引き抜き、叫ぶ。

「僕は……俺は……死なん……! 復讐のために……俺はここにきたのだ……!」

「……奇遇だね。俺も同じ気持ちだよ、雨狐」

 歪んだまま開かれたリュウモンで口元を隠し、湊斗は低く言い放つ。

 そして、そのボロボロの扇子を地面に水平に構えた。

「……行くよ、リュウモンさん」

『おうよ。頼むぞ、湊斗!』

 湊斗がリュウモンに語りかける。そして大きく息を吸うと、横薙ぎに扇子を打ち振う。

 その全身を、緑色の風が薙ぐ。ばさりとレインコートを翻し、湊斗は高らかに叫んだ。

「変身!」

 その言葉に応えるように、湊斗を中心に膨大な妖力の風が渦を巻く。髪が、服が、超自然の緑風にはためく。

 その様を見つめながら、ソーマはどこか得意げに口を開いた。

「晴香さんは知らないと思うんスけどね、」

 光輝く緑風が渦を巻き、つむじ風を為す。つむじ風は天気雨を巻き込み、湊斗の身体を包み込んでゆく。その全身が緑風に包まれていく──

「こういう、敵がめっちゃ強いとき、ヒーローってのは──」

「ヌゥっ……!?」

「うおっ!?」

 ひときわに強い風が、湊斗を中心に迸る。思わず腕で顔をかばった<雨垂>や晴香の視線の先で、“そいつ”は──緑色の鎧を身に纏ったアマガサは、大扇子を手にしなやかに佇んでいた。

 驚きに目をみはる一同に向かって、ソーマは得意げに言い放った。

「……色が変わって、強くなるんス!」

ていたらくマガジンズ (2)

- 4 -

 超自然の緑風が吹き荒れ、大粒の雨が舞い上がった。陽の光を反射して輝く飛沫は、まるで花吹雪の如くアマガサの新たな姿を彩る。

 それは、龍のごとき威厳を漲らせた、緑金の戦士だった。

 元は白銀であったスーツとマントは、今やエメラルドグリーンに染まっていた。胸当てやフェイスガードは力強い金色を帯び、陽の光を浴びてその全身を輝かせている。

 その左手には小太刀が──否、小太刀の如き長さの大扇子が携えられていた。

 アマガサはそれを身体の前で開き、朗々と宣言する。

「俺はアマガサ。全ての雨を止める、番傘だ!」

 そうして姿を現すは、黄金の龍。

 真紅の扇面に浮かぶその龍・九十九神リュウモンは、真紅の瞳を爛々と輝かせながら吼えた。

『ようも叩き折ってくれたのォ、狐の小童!』

 その怒りを代弁するかのごとく、緑風が吹き荒れる。<雨垂>は反射的に大太刀を構え、唸るように口を開いた。

「九十九神の力を……取り込んだというのか……!?」

「人聞きの悪いこと言わないで。借りてるだけだよ」

 アマガサは心外だとばかりに言い返しながら大扇子をひと振りし、構える。

 両足を揃え、背筋を凛と伸ばし、大扇子を携えた左手は自然に下げたまま、なにも持たぬ右手を<雨垂>に向けてスイと伸ばす。

 それはしなやかだが力強い、功夫の構えだ。

「さて……やろうか、<雨垂>」

 そして右の手のひらを上向けて、四つ指をクイッと引き上げると、不敵に言い放った。

こいよ。俺に復讐するんだろ?」

「貴様……コケにしおって……!」

 挑発的なアマガサの言葉を受け、<雨垂>は刀を握る手に力を込めた。

 怪人の草履が、ジリと地面を踏みしめる。必殺の瞬間移動、縮地の構え。脚に妖力を集め、<雨垂>は大地を──

「……なんちゃって」

 その刹那、そんな言葉を置き去りに、アマガサの姿がかき消えた。

「なっ──ぐァッ!?」

 次の瞬間、<雨垂>の腹を凄まじい衝撃が襲った。

(なんだ、なにが起きた!?)

 吹き飛ばされながらも、<雨垂>は必死で現状を把握する。火花が散る視界、一瞬前まで自分が居た場所には、サイドキック姿勢で残心するアマガサの姿があった。

「バカなッ……!」

「よっしゃ。こっちから行くよ!」

 脚を上げたまま、膝から先をぷらんと揺らし、アマガサは不敵に言い放つ。<雨垂>は驚愕に目を見開きながらも、空中で身を捩って姿勢を整える。

(……数メートルほど吹き飛ばされている。不覚だ)

 <雨垂>は歯を食いしばり、猫めいて着地した。そして痛む腹を抑えたまま顔を上げて、口を開く。

「貴様──」

 その言葉は、最後まで続かなかった。

 ──そこに、アマガサがいなかったから。

「ッ……!?」

 刹那。

「そっちじゃないよ」

 アマガサの声は、<雨垂>の真横から聞こえてきた。

「ヌゥッ!?」

 反射的に、<雨垂>は大太刀を真横に振ろうとした。しかし、その柄頭に伸びたアマガサの右手がそれを阻む。

「遅い遅い!」

 動きが止まった<雨垂>の首元に大扇子が迫る。緑の風を刃の如く纏い、大扇子は8の字を描くように舞い、<雨垂>を襲う!

「ちぃっ!」

 <雨垂>はそれをバックステップで回避した。対するアマガサはすかさず追いすがり、フェンシングのような踏み込みと共に大扇子で刺突を繰り出す!

 大扇子と大太刀が激突し、接点から火花が散る。緑風が渦巻くそれは、さながらバズソーの如く大太刀を打ち叩く。ギギギギギッと金属音が響き、<雨垂>の大太刀が──弾かれる!

「ぐっ……!?」

『そこじゃァッ!』「はァッ!」

 リュウモンの咆哮に後押しされるように、アマガサは力強く踏み込むと<雨垂>の胸に掌底を叩き込む。が──

 その時、<雨垂>の姿がかき消えた。

「おっ……とと??」

 バランスを崩すアマガサの視線の先、<雨垂>は一瞬のうちに数メートル先まで移動していた。

「っ……食らえィッ!」

 距離をとった怪人は、左手をアマガサにかざし、妖力を解放する。

「穿雨(ウガチアメ)!」

 銃弾の如き雨粒が、大地に降り注ぐ。アスファルトが抉れて吹き上がり、立ち込める土煙がアマガサの姿を覆いつくした。

 立ち込める土煙を睨みつけながら、<雨垂>は乱れた息を整える。そして大太刀を構え──それを大きく振り回した。

 大太刀の向かう先、そこに、アマガサが出現した。

「ぅおッ!?」

 トップスピードで間合いを詰めていたアマガサは慌てて姿勢を下げる。正座するような体制でスライディングしたアマガサの鼻先を、<雨垂>の大太刀が掠めてゆく。

「っ……こっそり逃げたのに、バレたか」

「甘いわァッ!」

 呟くアマガサに向かい、<雨垂>が吼える。アマガサを両断する、大太刀の振り下ろし。スライディング姿勢から身を捩って復帰しつつ、アマガサはそれを回避して。

 ──怪人の頭上で、雨水が塊を成していくのを目撃した。

「えっ!?」

『これは、<鉄砲水>の……!?』

 アマガサとリュウモンが驚愕の声をあげる中、<雨垂>は手先に妖力を篭め、叫んだ。

「我が兄の恨み! 身をもって味わえッ!」

 水弾が亜音速でアマガサに迫る。そこに宿る妖力は、<鉄砲水>の比ではない。

 アマガサは慌てて体勢を整えるが──間に合わない!

「くっそ、油断した……!」

 アマガサは慌てて両腕をクロスさせ身を固め──直後、水弾が爆ぜる音が、アマガサの鼓膜を揺らした。

 全身がバラバラになるほどの衝撃が、アマガサを襲う。……その、はずだった。

『んお……?』

「…………あれ?」

 リュウモンとアマガサが首を傾げた。ダメージはいつまでもやってこず、顔を上げると視界には水蒸気が立ち込めている。

「湊斗さ……じゃないや、アマガサ! 大丈夫ッスか!?」

 その声──ソーマの声は、アマガサの遥か後方から聞こえた。

「っ……ソーマくん!?」

 そこには、地に片膝をつき、カラカサをライフルの如く構えるソーマの姿があった。

『お、大丈夫そうだ!』

「よかった!」

 カラカサの言葉に応えながら、ソーマはその銃口を<雨垂>へと向けて引き金を弾いた。放たれたソフトボール大の光弾は、空気抵抗を無視して直進。天気雨を蒸発させながら一直線に<雨垂>へ向かい、その頭上、生成中の水弾を破壊する!

「ヌゥッ!?」

 炸裂した自弾から身を守るように、<雨垂>は大太刀で体を庇いながら後方に跳躍した。そして体制を整えながら、信じられないといった様子でソーマに目を遣る。

「馬鹿な……あれを撃ち落としたというのか!?」

「エイムには自信ありッス! それより──」

 ソーマは得意げに言いながら、立ち上がった。

「オレなんかに、注意を取られて大丈夫ッスか?」

「なに──」

 眉を潜めた<雨垂>の頭上に、高速移動したアマガサが出現する!

「ハァッ!」

「くっ……!?」

 落下の勢いを乗せた大扇子の一撃!

(大太刀では、間に合わぬか!)

 <雨垂>は即座に判断し、居合刀を逆手で抜刀。大扇子の一撃を、紙一重で受け止める!

 壮絶な火花が散り、<雨垂>は不自然な体制で弾かれた。

「ぐぅっ……!」

 一方のアマガサは、空中でくるりと一回転すると音もなく着地。再度、その姿が掻き消える。

「甘いわァッ!」

 しかし今度は<雨垂>も黙ってはいなかった。大太刀と居合刀という歪な二刀流を構え、急加速。

 ギンッ、ギンッと、鋭い剣戟音があたりに響く。超高速で激突、数度の打ち合い、また離れ、激突。目にも留まらぬ攻防の最中で、アマガサが口を開いた。

「驚いたよ! <鉄砲水>の水弾まで使えるなんて!」

「イナリ様に教示いただいた! 貴様への復讐のためになァッ!」

 アマガサが挑発するように声をあげ、<雨垂>は血走った目で応えながら二刀を振るう。

 緑風に乗って舞うように刃を回避するアマガサ。斬撃のひとつひとつで敵の命を刈り取らんとする<雨垂>。五月雨めいた天気雨の中、両者は高速で互角の攻防を繰り広げる。

 そうして幾度かの打ち合いの後、両者は再び高速で離れた。

「……やるじゃん」

「当然だ。イナリ様の弟子の中でも、俺は筆頭だからな」

「へぇ、筆頭」

 大太刀と居合刀をどっしりと構え、細身の雨狐はアマガサを睨む。その視線をさらりと流し、アマガサは不敵に笑ってみせた。

「そんじゃ、お前を倒せばイナリ配下の連中には勝てるわけだ?」

「減らず口を……!」

 <雨垂>が歯噛みし、刀を構える。アマガサもまた扇子を構え、再び足に力を込める。

 その時、<雨垂>の目がギラリと光った。

「食らえィッ!」

「!」

 次の瞬間、アマガサの周囲に穿ちの雨が降り注ぐ。アマガサは着弾の一瞬前に高速移動し、天気雨の攻撃範囲から脱出。そして反撃すべく、再び詰めるが──

「……妖力、解放!」

 <雨垂>が、低く唸るように宣言した。

 刹那、周辺の天気雨が強い虹色の輝きを放ちはじめた。その輝きは檻のように形を成し、アマガサの周囲を取り囲む。

「これは……!」

『おうおうおう、マズいぞ湊斗!』

 リュウモンが声をあげる。

 虹の結界に阻まれ、アマガサは足を止める。これは最大解放された妖力による、固有結界。雨狐が本気の攻撃を仕掛けるための檻である。

「この術で貴様を殺すことこそ、イナリ様への恩返し! そして──我が兄への手向けだッ!」

 <雨垂>が吼えた。それに応えるように、アマガサの頭上に無数の水弾が生成されてゆく。

 それは<雨垂>の穿ちの力と、<鉄砲水>の水弾の融合体。宙に揺蕩う穿ちの雨、そのひとつひとつに膨大な破壊の力が宿ってゆく。

「っ……リュウモン! 結界は!?」

『無理じゃ! 虹の中!』

「ああそっか! くっそ……!」

 アマガサが相棒と言い合う中、強大なる復讐鬼の切り札が完成する。

 掲げた両刀をアマガサへと向け、<雨垂>が吼えた。

「死ね、アマノミナト!」

 アマガサの視界を、破壊の雨が覆いつくす。

 ひとつひとつが致命の破壊力を持つそれらが、アマガサに向かって降り注ぎ──

 その時だった。

「湊斗さん、走って!」

『任せてー!』

 ソーマの、そしてカラカサの声が、アマガサに届く。

 ほぼ同時に、上空から降り注ぐ弾幕が、まとめて爆ぜた!

「ヌゥッ!?」

「! リュウモン、行こう!」

『ええい、南無三!』

 アマガサは即座に駆け出した。その上空で、ソーマの放つ光弾は途中で分裂し、散弾銃のごとく破壊の雨へと向かう。雨狐とカラカサ、互いの妖力がぶつかり合い、相殺し、炸裂!

 爆炎が空を染める中、アマガサは虹色の檻へと駆け寄った。ほどなく、彼の正面に光弾が集中し、檻に大穴を空ける。

 アマガサは一際強く地を蹴ると、加速しながら大穴を抜けた。更に走行速度を増しながら、<雨垂>に向かってさらに駆ける、駆ける!

「バカなっ……!?」

「行くよ、リュウモン!」

『おうよ! 妖力、解放ッ!』

 驚愕の声をあげる<雨垂>を睨みつけ、緑金の戦士が吼えた。周囲の天気雨が再度虹色の光を帯びて、今度は怪人を取り囲み、拘束する。

「っガッ……!?」

「──明けない夜はない、止まない雨はない」

 呟くアマガサの全身を、緑色に輝く竜巻が取り巻く。その渦はアマガサの姿が見えなくなるほど高密度な、風刃の壁。アマガサは緑の風に押され、<雨垂>に向かってさらに加速し──

 <雨垂>の全身を、風が撫ぜた。

 着物が揺れ、髪が揺れ、両手の刀がビリビリと震えた。

 それは不思議と、穏やかな風だった。

「……お前らの雨は、俺が止める」

 次の瞬間、朗々と言い放つアマガサは、<雨垂>の背後数メートルの位置にいた。滑るように急停止し、手にした大扇子をパシリと畳む。

「っ……ククク……ハハ……こんな、バカな……」

 ──絞り出すように、<雨垂>が笑った。

「僕の……復讐は…………俺は……なんのために……」

「……お前の復讐は、ここで終わりだよ、<雨垂>」

 アマガサは振り返らない。<雨垂>も。

 その手元で、大太刀と居合刀が砕け散る。

「僕が死んでも……次なる復讐鬼が……お前を……」

 ──その言葉は、最後まで続くことはなかった。

 <雨垂>の身体が、傾ぐ。

 全身を網目のように緑色の光が走り、その身体がバラバラに分解されていく。そして──

「…………────!!!」

 断末魔すら飲み込んで、その身体が爆発した。

「……望むところだ。そっちからくるなら、話が早い」

 天気雨が、止む。

 爆音に揺れる戦場で、アマガサは呟いた。

「お前ら雨狐は、俺が全滅させる」

 その言葉を聞き咎める者は、その場にはいなかった。

ていたらくマガジンズ (2)

- エピローグ -

「ごちンなりまーッス!」

「はいどうぞー」

 ハーゲン〇ッツ(バニラ味)を前に満面の笑みで声をあげるソーマに、湊斗は微笑みながら返事をした。

 <時雨>本部近くのコンビニ、時刻は17時を回ったところ。夕焼けが照らす街角をイートインスペースから眺めながら、湊斗とソーマは横並びでカップアイスを頬張る。

「それにしても湊斗さん、いいんスかダッツ様なんて。バッセンの代金ッスよね?」

「いいのいいの。俺も食べたかったし」

 それきり無言で二人はアイスを食べはじめる。

 しばしの後、不意に口を開いたのは、ソーマだった。

「湊斗さん、バッセンで話してたヒーローになれるかどうかみたいな話ッスけど」

「ん……敵討ちのために戦うってやつ?」

「やっぱね、俺はヒーローにはなれないよ」
「俺が戦ってるのは、人を守るためじゃない。雨狐を殺すため。敵討ちの、ため」

 ソーマの言葉に、湊斗はバッティングセンターでの自分の発言を想起する。「正義の味方」と言われたことが引っかかって、思わず口をついて出た言葉だ。

「そっス。あの時言いそびれたんスけど、」

 そこで言葉を切って、ソーマはアイスを一口。もぐもぐこくんと飲み込んで、彼は再び口を開いた。

「俺のヒーロー観でいうと、敵討ちのために戦うでもいいと思うんスよ。例えば神型戦士リーゼントなんてアレ敵チームの<神奈川>に仲間を皆殺しにされた復讐のために戦ってるんですがそれでもちゃんとしたヒーローとして戦うし人々に夢と勇気を届けてたんですよね。その理由として考えられるのはカミナシ、あ、リーゼントの敵怪人の名称で、神奈川の連中がいろいろあってそうなった姿のことなんスけど、そいつらを倒せるのがリーゼントだけっていうところがまず大きくて──」

「待って待って落ち着いて待って」

 なんの前触れもなく始まったソーマのヒーロー談議を、湊斗は慌てて止めた。真顔で始まるから毎回驚く。

「ああすみません、つい……」

 溶けかけたアイスを頬張って、ソーマは言葉を続ける。

「えっと、なにが言いたいかっていうと……ヒーローと復讐者は、両立できると思うんスよね」

「……ソーマくんの言うヒーローってなに?」

「んー……あくまでも俺個人の意見っスけど、」

 湊斗の問いかけに少しだけ考えて、ソーマはゆっくりと口を開いた。

「他の人では戦えない”なにか”と、戦いを続ける人……ッスかねぇ。わかりやすいトコだと消防士さんとか」

「おー……なるほど。消防士さんにとっての炎が、俺の場合は雨狐か」

「そゆことっス」

 思ったよりもわかりやすい答えが返ってきた。ただちょっと定義が広すぎやしないか……などと考えつつ、湊斗がアイスを口にする。

 ソーマが逆に問いかけてきたのは、そんなときだった。

「湊斗さんは?」

「え?」

「湊斗さんにとってのヒーローって、なんスか?」

「ヒーロー……。うーん……?」

 考えたこともなかった。アイスを食べながら、湊斗はしばし考え込み──

「大丈夫だよ。大丈夫。あんたは、私が守るから」

 不意に姉の声が脳裏をよぎって、湊斗は思わず目を細めた。そして……どこか遠くを見ながら、口を開く。

「……守りたい人のために、身体を張れる人……とか?」

「なるほど」

 迷いながらの湊斗の言葉に、ソーマは即座に同意する。そして「んじゃやっぱ、」と言葉を続けた。

「湊斗さんはヒーローっすよ」

「え?」

「だって、俺らがピンチだったらめちゃくちゃ身体張りますよね?」

「う……たしかに、そうかも」

「でしょ?」

「あ、でも晴香さんだったらどうかなぁ……」

「あー、カラカサいじめられましたからねぇ」

 溶けかけたアイスをちまちまと食べながら、二人の話題は「晴香をどう謝らせるか」へとシフトしていく。

 <時雨>の知得していない雨狐被害の数々、そして雨狐の目的──“神のカケラ”。

 不明なことは多々あれど、戦士たちはひとまず休息を取る。

 男二人の談笑は、日がすっかり暮れるまで続くのだった。

(第4話「英雄と復讐者」おわり。第5話に続く)



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