「物を作って生きていきたい」という気持ち

何か物を作って生きていきたいと子供のころから思っていた。
小学校の作文の「将来したい仕事」は、大工さんだった。家を作れるのが、
かっこいいと思っていたのだと思う。

ただそんな気持ちとは裏腹に、絵が下手。きれいに描けない。
字が下手。習字を習ったので、それなりに書けるようにはなったけど、
同級生が段位を取っている中、僕は4級までだった。
図画工作が苦手。細かい作業をするのが全然ダメだった。

成長するにつれ、手先が不器用で物を作る事に不向きな性分も見えてきた。

高校時代に佐野元春のファンになった。自分もシンガーソングライターに
なりたいと憧れがあったのだけれど、ギターが全然弾けずに挫折。社会人になってからキーボードを買って鍵盤の練習をしたけれど、結局はこちらも挫折。

にも拘わらず、飲食店に勤めて料理をする事になったのは、今となっては、
チャレンジャーだったなぁと思う。一度会社に入ったけれども、生きていけるスキルが身に付くわけでもなかったので、一生食い扶持に困らないスキルを身に着けて、将来独立できるようになろうと思い、働かせてもらうことになった。

こちらでも苦戦した。教えてもらっても上手く魚をさばけない。野菜も綺麗には切れない。ただ怒られながら続けていく事で綺麗にはできなくても、それなりにはできて来るようにはなった。

最後は、お店を閉めるお話になった時に上司の方から次の就職先のお店の紹介を頂く事も出来たのだが、結局は辞退をして飲食業界から別の所に行こうと思っていた。料理をできる喜びは味わえたのだが、体力的にも精神的にも自分にとってはきつかったのが、一番の理由だ。

ここまで挫折をしていると、今はさすがに物を作る仕事に就きたいという気持ちはない。しかし習字を習わせてもらったおかげでそこまで汚い字にはならなかったし、飲食店に勤めさせてもらったお陰で、今でも冷蔵庫にあるもので、何を作れるかを考える事はできる。楽器も鍵盤はできなかったけれど、数年前からギターを習い始めて弾いている。それほど上手くはならないけれど、音を出す喜びは存分に味わえる。

そう僕は、子供のころに憧れた「物を作って生計を立てる人間」にはなれなかったけど、「物を作って楽しめる人間」になれたので、遠回りはしたけれど、それで良かったと思っている。



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