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『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』の感想をがっつり書く


月ノ美兎委員長の1stアルバム『月の兎はヴァーチュアルの夢を見る』、とうとう発売されてしまった。

アルバムの内容が発表された当初は、大槻ケンヂやいとうせいこう、MONACA、IOSYSときて新進気鋭の⻑谷川白紙まで、ビッグネームばかり集めた制作陣のとんでもなさにひっくり返ったんだけども。

先月にリード曲として先行公開された「ウラノミト」MV、そして数日前に公開されたクロスフェード動画で、このアルバムは制作陣の名前だけじゃなくて、曲がすごいんだと思い知らされた次第。

ということで、自分はしっかり発売日前日の昨日にしっかりフラゲできたんで、1日聴きまくった。本当にびっくりするほどの名盤だった。
自分は月ノ美兎の熱心なリスナーでありファンなんだけど、仮に自分が月ノ美兎を全く知らなかったとしてもこのアルバムは入手して聴いていただろうな、と思わせる、そんなアルバムだった。

ということで、発売日初日からせっせこ感想を書いていこうと思う。
1人のファン目線から、でもあくまで音楽アルバムとして。なので月ノ美兎を知らない人にも読めるように書くつもり。

総評/アルバムを通して

まず驚いたのは、強力な制作陣が自分たちの個性を全く殺そうとせず、むしろこれでもかとぶつけ合ってるようで、それでいてちゃんとアルバムとして調和が取れていて、まとまっている点だった。
特に僕が好きなのは3曲めから5曲めの『ウラノミト』〜『光る地図』〜『浮遊感UFO』が連続するところ。3曲とも本当に強くて、その上それぞれ曲のジャンルは違うはずなのに、何故か同じようなサウンドのテイストに落ち着いてて、しかも歌詞もかなり似通ったテーマ性を帯びているように僕は感じた。
そういったあたり、これは月ノ美兎のオリジナルアルバムというよりは、「月ノ美兎アンソロジー」というか、ポップアイコンとしての「月ノ美兎」をテーマにしたコンピレーションアルバムなんだろう、おそらく。

月ノ美兎委員長自身はアルバムの制作にはほとんど口出しせず「演者に徹した」と話している。だからこのアルバムとしてのまとまり具合は、たまたまなのか、あるいはアルバムを企画したソニーのA&Rの力量の表れなのかわからないけれど、これは素直にソニーが称賛されるべきなんだろう。
(レーベルにはそれ以外の点ではぶっちゃけ不満だらけだけど、その話は今はおいておく)

それで、ある種バラバラの曲に乗っている委員長のボーカルが本当に面白くて、1曲1曲全然違うのだ。「演者に徹した」の言葉通り、ボーカリストというよりはパフォーマー・役者みたいで、それぞれの曲に応じて演じ分けたみたいにも思える。どの曲もかなり難しいと思うんだけど、ちゃんと歌いこなしているのが素晴らしい。

1. 月の兎はヴァーチュアルの夢をみる(作詞:月ノ美兎 作曲:ASA-CHANG&巡礼 編曲:ASA-CHANG)

きっとASA-CHANG&巡礼が世に一番知られているのはアニメ『惡の華』のエンディングテーマ『花 -a last flower-』ではなかろうか。
委員長自身『惡の華』が大好きで、『花 -a last flower-』を生配信で歌ったことがある。更にはその曲のオフボーカルを自作して動画として公開している(あくまでネタだけど)。

この曲もそういう線からソニーがオファーしたんだと思うんだけど、できあがったこの曲は『花』同様やはり微かな不気味さを残しつつも、特に後半BPMが上がってストリングが入ると、どこか昭和風でレトロで、なおかつ「学級委員長」っぽさを感じるものになっていた。
このアルバムはタダモノじゃないぞ、と思わせるに十分な1曲。

2.それゆけ!学級委員長(作詞・作曲:ササキトモコ 編曲:ササキトモコ、蓑部雄崇)

昨年リリースされた1stシングル曲。昨年の「VTuber楽曲大賞2020」で楽曲部門2位、MV部門1位を獲得している。
自分はシングルリリース時のnoteで「アニメ『月ノ美兎』のOP曲」と評したのだけど、それがアルバムのこの位置に収まるとまた違った味わいが出てくる。
よくアルバムの1曲めに前奏曲のように短いインストを置いて、2曲めから本格的な楽曲を収録するのってよくあると思うんだけど、このアルバムも同様なんじゃないか。つまり「月の兎は〜」が前奏曲だと思うと、この曲が本来のアルバムのオープニング曲になってるんだろう。
そう考えると、「月ノ美兎を紹介する」という意味でこの曲がこの位置に収まっているのは最適だよなぁ、と思ってしまう。
1曲め「月の兎は〜」の不気味さ、不安定さとこの曲の明るさ、楽しさが対になっているようにも思えるし、一方で少しレトロな雰囲気がどこか共通しているようにも思える。

作詞作曲のササキトモコ氏を委員長は崇拝しており、この曲は本人の念願のオファーだったらしい。シングル製作中「もうすぐ人生の夢が叶いそうで、その後何をして生きていったらいいかわからない」とも漏らしていた。

3.ウラノミト(作詞:只野菜摘 作曲・編曲:広川恵一(MONACA))

アルバムのリード曲として先行配信、MV先行公開されていた曲。僕は本当に度肝を抜かれて、それでこの曲についても少し前にnoteを書いた。

この曲を生み出しただけでもこのアルバムが制作された価値はある。あとの曲はボーナスステージみたいなものだ。ボーナスでけえ。

オシャレでどこかふわふわした曲調が印象的で、でもひたすらテクい。曲の構成も複雑で、しかしめちゃくちゃに心地良い。僕は2コーラスめ、1コーラスめと同じ進行を見せるかと思わせといて「できるかな」ってウィスパーからラップに移行する辺りが気持ちよすぎて本当に好き。

この中でエグいベースを弾いてるのが誰か、意図的に伏せられていたのでしばらく話題になっていたけど、CDにクレジットされていたのは田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)。
そういやユニゾンと言えば、委員長は3年前に「シュガーソングとビターステップ(全部美兎ver)」を披露し、VTuber界隈で一大ブームを巻き起こしたのだが、田淵氏は知っているのだろうか。

歌詞のテーマになっているのは、月ノ美兎の2面性ではなかろうか。
VTuberにとってガワと魂(中の人)の2面性は永遠のテーマで、特に委員長は清楚なガワと正反対の中身のギャップで人気を得たようなところがある。そんな彼女が「裏の月ノ美兎」を歌うのはある意味うってつけで、でも、実は世の中の女性がみんな表の顔と使い分けている裏の顔のことを歌っているようにも思えて、すごく刺さる。
散々話題になったけど、サビの「どっちを選んでもひとりの女 ひとつのカオス」というフレーズは本当に見事。

4.光る地図(作詞・作曲・編曲:長谷川白紙)

現時点で、僕がアルバムの中で一番好きな曲。
ぱっと聴いたときの第一印象は「容赦ねえな」だった。イントロからとんでもないし、合間合間に速いBPMのブレイクコアが挟まり、でもメイン部分はおっとりとしたワルツで、委員長が済んだ声で神秘的に歌い上げる。この構成はヤラれる。
3曲めのウラノミトは最後に委員長のブレスで終わるんだけど、この曲はこの曲で時々委員長のブレスがサンプリングされてて効果的に挿入されているし、やっぱり最後はブレスで終わる。このへん申し合わせたわけではないと思うんだけど、面白い。

歌詞については、最初に聞いたときに「あ、これは月ノ美兎を知ってる人の詞だな」と思った。難解な部分もあるけど、1人のファンとしてものすごく共感するものがあったから。月ノ美兎のファンでないと書けない歌詞じゃなかろうか。
VTuber界隈での彼女の評判は「トークの面白い、たまに変わったことをする変人」なんだけど、一方で彼女は「先導者」というか、常に新しいことを先陣を切って開拓していく人というイメージも実はある。だから女性VTuberによくある「可愛いから推す」と言われるタイプの人気ではなくて、どこかカリスマで惹きつけるような人気の得方をしている。(だからリスナーだけではなく、同じVTuberの後輩にも彼女のフォロワーは多い。)
この曲の歌詞はまさに彼女のそんなカリスマを描いているような気がなんとなくしている。地図のないところに彼女自身が光って地図となり、そして集うみんなが自ら光るよう促す。それが彼女の人間性にどことなく重なる。

そして最後の「明かりが重なるところ 骨たちと スキン ができていく」「みたいなので わたしはね いれるのです どこにでも」に至っては……
僕は過去に、「リスナー(ファン)こそがネットに漂う『月ノ美兎』を作り上げている」といったことをnoteに書いたことがあって、まさにそういった、概念としての月ノ美兎を謳っているように思えた。

そのせいか、彼女の神秘性と儚さに触れるようで、すごく刺さる。たまに泣いてしまう。

5.浮遊感UFO(作詞:大槻ケンヂ 作曲・編曲:NARASAKI)

クロスフェードにはサビしか収録されてなくて、それを聴いたときは「80〜90年代にCMでかかってそう」といった印象だった。それくらいの年代の、ちょっと古めの正統派ポップスなのかな、と。
蓋を開けてみたら全然違った。僕は作編曲のNARASAKI氏とか特撮をあんまり知らなくて、だから知識がなかったんだけど、ニューウェイブとかシティポップ/ドリームポップとか、そういうあたりの音作りでめっちゃ好みだった。タイトルにもある浮遊感がたまらない。そこに委員長の透き通っていてふわふわとしたボーカルがきれいに乗っかっている。
音作りとしてはちょっと昔めだと思うんだけど、それが新進気鋭の長谷川白紙の曲と連続して聴いてシームレスにつながるのが本当に面白い。

オーケンの歌詞っていつもどこか叙情的で、この曲でも青春SF小説みたいな匂いがして凄く良い。それで、やはりこの曲もVTuberの2面性とか、そこに通底する儚さがどこか描かれているような気がしていて、前2曲と共通している気がしている。月ノ美兎を通して「ヴァーチュアル」を描いているというか。本当にいるのかいないのかわからない、今見えていてもいつ消えてしまうかわからないUFOをVTuberに重ねる視点が見事だなと思う。

委員長は元々「さよなら絶望先生」の大ファンであり、そのアニメのテーマ曲を手掛けていたのがまさにオーケン×NARASAKIの特撮コンビだったから、それを把握していたレーベルからのオファーだったんだろう。オーケンはVTuberを全然理解できてなかったみたいだけど、それでもこの曲は2者が見事に融合していて、こういうのをケミストリーっていうんだろうな。

6.みとらじギャラクティカ(作詞:七条レタス(IOSYS) & まろん(IOSYS)作曲・編曲:ARM(IOSYS))

ここまでどこかふわふわとした、夢を見ているかのような幻想のある曲が続いたが、この曲でいきなり雰囲気が変わる。「みとらじ」は委員長が不定期にやっているラジオ番組だが、この曲で歌われているのは遥か未来、銀河をまたにかけて配信している委員長のラジオ番組のようだ。パーソナリティの委員長は現在いる委員長と同一人物のようだけど、どうやって生きのびていたんだろう?

この曲はつい10日ほど前の8/1に行われたオンラインのARライブ『Light Up Tones DAY2』で先行して披露された。そのライブを観ていればわかるが、恐ろしくライブ映えする、めちゃめちゃ楽しいアゲアゲの曲である。と同時に、サビ以外ほぼ全編が早口のラップなのでめちゃめちゃ消費カロリーが高い、というか息継ぎする場所がほとんどない。普通は生で歌えない。
それを全身全霊かけて歌い切る委員長は必見なので、上のライブはぜひ観て欲しい。と言ってもあと数日で視聴期限が切れちゃうけど。

この曲、何が良いって、割と普段の委員長の配信をまんま体現したようなノリになっていて、これもまた月ノ美兎だなぁ、と思えるあたりだ。
作詞作曲のIOSYSは既にVTuberの曲をいくつも手掛けていて、委員長と同じにじさんじだとでびるるの「圧 倒 的 存 在 感」とか、有名どころでは宝鐘マリン船長の「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」なんかも彼らの作品だ。
なので委員長にも造詣が深いんだろう。ツボを押さえていると思わせられる。

CDで聴くといかにもIOSYS節な曲だが、自分にはやっぱりライブ版を観たインパクトが本当に強くて、なので今度のソロライブでもこの曲が披露されるのがとても楽しみである。

7.部屋とジャングル(作詞・作曲:堀込泰行 編曲:矢野博康)

この曲を聴いて一番に思ったのは、先行シングル『それゆけ!学級委員長』のカップリングに収録されている『ありふれた毎日の歌』と対比になってる、ということだった。偶然なんだと思うけれど。

『ありふれた毎日の歌』はササキトモコ詞曲で彼女のユニット「セラニポージ」のカバーなんだけど、ただ家の中で閉じこもって毎日を淡々と過ごすことに喜びを見出す女性の歌だった。
一方この曲は、時勢柄もあって(?)すっかり家の中に閉じこもって生活している女性が、意を決して外へ出ようとする姿を描いているように思えた。
偶然にしてはできすぎているし、なんなんだろう。
しかもその両方を同じ月ノ美兎が歌っているというのもまた面白い。まぁこの2者って裏腹というか、中に引きこもっていたいという感情と外に出たいという感情って並立すると思うので、同一人物でも何もおかしくはないんだけど。

セラニポージも、作曲の堀込泰行がいたキリンジも同時代に活動した渋谷系ユニットで、そういうのもあってか? 両曲ともテイストにかなり近いものがある。そういう意味でも面白い対比かもしれない。

もう1つ気になるのは……この歌詞に登場する人、誰なんだろう?
ソファで会議して(リモート会議?)日曜は昼から飲んでいるので(!?)おおよそ女子高生ではなさそう。月ノ美兎なら別に問題はないが。

8.ウエルカムトゥザ現世(作詞:TAKUYA、MEG.ME 作曲:TAKUYA 作曲・編曲:TAKUYA、Keisuke Iizuka)

サウンドはこのアルバムで最もわかりやすい、シンプルなロックテイストの曲。疾走感が心地よくて、作ったのが元ジュディマリのTAKUYAと聞けば納得してしまう。
一方で、歌詞は難解である。てか全然わからん。まじでわからん。
ただ言葉のハメ方がすごく心地よくて、詞の意味などどうでもいいや、とも思えてしまう。判決!有罪!

この曲は本当に頭に残る曲で、1回聞くと僕はずっと口ずさんでしまう。
先月あった YouTube Music Weekend での委員長のオンラインミニライブでこの曲が初披露されたんだけど、ライブが終わった後ずっと耳に残ってたのはこの曲だった。

(このアーカイブ、噂によると8/15までしか見れないらしい。ご注意)

そんなこんなで、何かのアニメのOP曲と言われても納得してしまう。今からどっかタイアップしてほしいくらい。

それでこの曲だけ、委員長のカッコいい系のロックボーカルが聞ける。ウラノミトのようなウィスパーボイスも好きなんだけど、僕は委員長のこういうボーカルも実は大好きで、そういう意味ではありがたい一曲。

9.NOWを(作詞:Seiko Ito 作曲:Watusi / Shigekazu Aida / Ippei Tatsuyama / Ken Kobayashi / SAKI 編曲:SEIKO ITO is the poet)

このアルバム1番の問題作である。
最初聞いたとき、めちゃめちゃ戸惑った。ロックスター? いったいどういう状況?? なんかダウナーなフロウでステージの上で訳もなく憂いている委員長がいて、解釈が最初できなかった。いや正直言うと、最初は委員長が良くやる茶番の寸劇を思い起こさせてちょっと笑ってしまった。
しかし、途中から「ガラじゃねえ」と突然前向きになってアゲアゲのラップになってよかった。……と思ったらまた「アゲるだけアゲたあとの虚しさ 誰かわかる?」と素に戻るあたりで、あーこれは委員長ぽいわ、と今度は1ヴァースめとは違った意味で笑ってしまった。

まぁあれやなこれ。ジェームスブラウンがステージの途中でぶっ倒れるやつか。やっぱり茶番じゃないか。いいね。

しかしこういう、ヒップホップノリのラップって今までついぞ委員長から聞かれたことがなかったのでめちゃくちゃ新鮮だった。というかこっち側のノリは委員長の中に今までなかったんじゃないか。ヒプノシスマイクは好きだったみたいだけど。
一方で、委員長の声でこういうラップを歌われるとギャップでかわいいと思ってしまう。曲を聴いている間に「かわいい」という単語が浮かんできた唯一の曲だった。(他の曲で「Kawaiiだよな」と思ったのは何曲かある)

10.Moon!!(Avec Avec Moonlight Power Pop Re-Arrange)(作詞・作曲:iru 編曲:Avec Avec)

これだけプロが個性でぶん殴ってくる曲がずらずらと並んだあと、最後にこの曲が来るのがなんともエモい。
(知らない人向けに説明すると、これは委員長の活動最初期に、ただの1リスナーだったiruさんが1人のファンとしてイメージソングを作り、それを委員長が自分の公式オリジナルソングとして採用した曲だったりする)
この豪華な作詞作曲陣の中、クレジットに1人だけただのファンだったiruさんの名前が並ぶのは、もはや痛快ですらある。これぞVTuber。これぞにじさんじ。

アレンジはAvec Avec氏が担当している。昨年9月、委員長が所属する「にじさんじ」の2周年記念アルバム『SMASH the PAINT!』のリリースパーティーが開催され(これ)、そこでのAvec Avec氏のDJプレイに惚れ込んだ委員長がアレンジをオーダーしたらしい。
Power Popと名がついてはいるがそれよりちょっと落ち着いたおしゃれなアレンジで、ここまで嵐のような殴り合いで盛り上がった気持ちをクールダウンするのにちょうどいい。1クールの最終回にエンドロールと一緒に流れる曲みたいだ。

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