『狙われていた街』


※『狙われた街』、『狙われない街』の視聴をおすすめします







「全く嘆かわしい……」

昼下がりの公園、老人は呟く。

彼の視線の先には子供たち。
学校帰りだろうか、ランドセルがベンチの上に放置されている。


「…………」

しかし、子供達は言葉を交わすことをしない。

彼らはみな手元にあるスマートフォンを眺めているのだ。


「……全くけしからん。儂が若い頃は……」

老人の追憶。




©円谷プロ


「オーライ、オーライ!」

「ナイスキャッチ!」

55年前。
木材が広がり、トラックなどが何台かある場所(おそらく材木所だと思われる)でかつての老人は友人たちと野球をしていた。

トラックの運転手と思わしき男性はそれを見ながらタバコを吸っている。

時代は高度経済成長期。
子供達は希望に溢れ、大人たちは忙しなく働いていた。


「こないだの日本シリーズ、やっぱ長島凄かったよな!」

「ブレーブスも健闘したとは思うけど、やっぱジャイアンツだよな!」

子供たちの野球人気に火がついたのもこの頃である。
白黒テレビは3年前の東京オリンピックで普及し、子供達を釘付けにさせた。
吉田茂元首相の国葬が全放送局でCMなしで放送されたり、ファイティング原田のボクシング試合が視聴率50%を超えたのも今では考えられない。


時は現代へ。

老人はスマートフォンを見る子供たちを見ながら1人喋る。

「ワシらにとってのテレビが携帯に変わっただけか……」


公園ではボールを使った遊び禁止!

そう書かれたボロボロの看板が映される。


「それを求めるのも酷か……」


老人は過去の追憶を続ける。


しかし、そんなことよりも子供たちにとって最も関心があったのは……


「やっべ、セブン始まるから帰るわ!」

「えっ……」

かつての老人は公園の時計を見る。
時刻は18時45分。
19時開始のウルトラセブンを観るならもう帰る時間だ。

「じゃ、また明日学校で!」

「じゃあな!」


ウルトラセブン。
円谷プロダクションが作成した特撮ドラマ。
平均視聴率は30%程度。
流石に初代『ウルトラマン』には及ばないが、それでもとんでもない視聴率ではある。



かつての老人は足早に自宅へと向かう。


「ただいま!」

帰ると同時にバットとグローブを玄関に投げ捨て、居間のテレビの前にかぶりつく。


「ご飯にするから先に手、洗いなさい!」

「後で!」


壮大なオーケストラとともに、砂絵が崩れていき、文字になる。


ウルトラセブン


OPが始まる。

流れているスタッフなんか漢字も読めない小学2年生の彼にはわかるはずもなかったが、背景の影絵に心を踊らされる。


脚本 金城哲夫
監督 実相寺昭雄



狙われた街




ゴーン
ゴーン


寺の鐘が揺れる画面いっぱいに、何度も何度も映る。


老人は追憶をやめる。

「もう夕方か……」

老人はゆっくりと立ち上がり、自宅へと向かって歩いて帰る。


その途中、先程まで子供達が座っていたベンチが映る。


@ベンチ


そこにはスマートフォンが忘れられていた。

老人は何気なしにそれを見た。

そこに映っていたのは動画配信サイト。

老人から見れば奇妙な3Dモデルが白い空間において一人で喋っていた。

その3Dモデルは青と黄色の服に赤い髪。
髪の一部分がオレンジになっていた。


「こんメト〜〜!」


その3Dモデルが手を振る。

自分に声をかけられたような気がして、少し驚くが直ぐに配信であることに気づき、安堵する。


「あっ、あった……」

先ほどの子供の一人が老人の前を抜け、スマートフォンを回収する。






老人が帰宅すると、妻が夕食を作っているところだった。


机の上に置かれたぬいぐるみ越しに2人を映す。


「タカシは?」

「今日も出てきませんよ……部屋の前のご飯は食べているみたいですけど」

「そうか」


老人は階段を登り、一人息子の部屋のドアを叩く。

「タカシ、夕飯は……」


カメラが部屋の中へと映る。
そこには所狭しとアニメフィギュアや漫画、ポスターが貼られている。
タカシはパソコンに向かい、何やらしているようだ。

「いつも通り置いといてくれよ!配信中なんだ!邪魔すんな!」

がなり立てる声に怯む。

最早ひきこもり始めの時のように言い返す元気など老人にはなかった。


老人が階段を降りる音がする。

タカシはパソコンを向く。


「うわ〜やられちゃったメト〜!」

FPSゲームを映した画面、右下には先程と同じ3Dモデル。

コメント欄には

「かわいい」
「あーあ」
「あそこでやっとけば」


タカシはそれを見て投げ銭ボタンをクリックし、金銭を送る。

少しして、配信画面の右上が赤く光る。


TAK@ニート
¥50,000
葬式代


「あっ、TAK@ニートさん、いつもありがとうメト〜」


つかの間の幸福。
しかし、コメント欄には

「またニートで草」
「どっから金出てんだよこいつ」
「親の年金だろ」


タカシは机を叩く。

「俺だってニートやりたくてニートな訳じゃねえんだよ……!」


彼の過去がフラッシュバックする。

10年前、タカシが大学の研究室で、友人と談笑している。

「タカシなら就活行けるって!」


大学でスマートフォンを見ている。
そこには大きく落選の文字。

「どうして……」

先程と同じ友人がタカシの後ろで話す。

「俺大手の内定貰ったよ!」


スーツを着たタカシ、いかにも適当そうな面接官。

「ふーん、じゃ、内定で」

「あ、ありがとうございます!」


時刻は23時。タカシはオフィスで1人残業。

それが何日も続く。


オフィスで叱られるタカシ。

「お前の代わりなんかいくらでもいんだからな!テメー早く首でも吊ってろ!」


駅のホーム、タカシは倒れる。


病院。
点滴を打たれるタカシ。

「テメーのせいで商談無くなっちまったよ!クビだ!」

「あ、待ってくださ!」

しかし、思うように動けない。



彼に、社会は向いてなかったのだ。


タカシは机に置いてあったエナジードリンクを飲み、空の缶をゴミ袋に入れに行く。


「ありのままでいいメトよ!」

「え?」

画面の中の彼女が自分に言ったような気になり、エナジードリンクを持ったまま画面の方を向く。


「辛い社会、メトの配信だけでは力を抜くメト〜!」



ああ、彼女はやはり俺を分かってくれている。

ほかの視聴者も同じ気持ちなのか、大量の投げ銭が投げられ、画面が赤い点滅を続けるのだった。


それを見ているタカシの目が映り、段々と画面の焦点がボヤけていく。
3Dモデルがこちらを見ている。






翌日、老人とタカシが住む家の前にパトカーが止まっている。


自宅の中で警察官2人が話す。

「引きこもり中年男性が両親を殺害、その後に自殺ですか」

「父親は何とか一命を取り留めて今は病院だけどな」

「最近多いですね、この手の事件」

「何件目だ?これで」


「うちの所轄以外も含めたら7件目です」

「ウェルテル効果ってやつか?嫌な時代だね、全く」





病院で老人が点滴を打たれている。


「……どこで間違えたんだろうか……」


有名大学の付属校に通わせ、自由にさせてきたつもりだった。
そんな息子に刺されたという事実に後悔は尽きない。

涙が溢れてくる。

ああ、こんな時ヒーローがいれば救ってくれたのだろうか。
子供の頃に見たあのヒーローのような。


「こんメト〜!」


カーテンの向こうの隣のベッドから声が漏れている。
公園で聴いたのと同じ声。


老人が逆を向き、眠りにつこうとした時だった。


そこにはウルトラセブンが立っていた。


©︎円谷プロ


「私は恒点観測員340号。ウルトラセブン。君の身体を借りたい」

老人は夢だと思い、静かに頷く。


そうしてウルトラセブンは老人に向かって倒れ込んだかと思うと一体化した。


そしてカーテンを勢いよく開ける。


そこにはかつてと同じアパートの一室のような和室が広がっていた。


©︎円谷プロ



「アンバランス・ゾーンか、メトロン星人」

「久しぶりだな、ウルトラセブン」

「マックスから聞いた……貴様はこの星を諦めたのではなかったのか?」

「そっくりそのまま返そう、ウルトラセブン。この星を守ることをやめたのではなかったのか?」

「やめた訳では無い……人類に未来を託しただけだ」

「物は言いようだな。人類に空想する力が無くなっただけだというのに」

老人は何も言えなくなる。

「ご苦労な事だ。空想をやめた現代人ばかりのこの星では君は存在しているのがやっとだろうに」

「貴様の好きにさせる訳には行かないからな」


「何か勘違いしているぞ、ウルトラセブン。私は今回は何もしていない」

「何?」

「私はただ配信をしているだけだ……見たまえ」

メトロン星人がいつの間にか取り出したパソコンには動画配信サイトが映っている。

そこには先程までの3Dモデルの姿が。


「私がこの3Dモデルを使い、現代人にとって耳触りのいいことを喋る。そうすれば彼らは勝手に行動を起こすのだ」

「前と同じように洗脳しているだけだろう!」

「それが残念ながらしていないんだよ、ウルトラセブン。現代人は鬱屈した感情の曝け出し方を常に求めているんだ」

「……」

「もはや人類は私が手を下さなくても勝手に自滅し合う。知っているだろう、子孫を残さない人間が増えているのを」

「くっ……」

「独身貴族だなんだと言葉を弄り、自らの首を絞める。
更にはこんな3Dモデルや平面の絵に欲情する。こんな種族は宇宙広しといえど地球人だけだ」

「……」

「はっは、ウルトラセブン。分かったかい。君に正当性などない。直ちに帰りたまえ」


「メトロン星人、御託はそこまでか?」

「何?」

「貴様は人類が勝手に滅びると言いながらも手を出した。そして私を帰そうとしている。それが何よりの答えだ。地球人を恐れているのだろう?」

「馬鹿なことを」

「先程貴様は地球人が3Dモデルや平面の絵に欲情するといった。しかし、それは裏を返せば空想する力が強いということだ。彼らが空想し、私も貴様も産まれた。これ以上この力が強くなればデウス・エクス・マキナすら産むと考えているのだろう」

「……ウルトラセブン、私は君が嫌いだ」

「地球人が減少していくのは私としても辛い。しかし、それを観測するのが私の仕事だ。それを邪魔するメトロン星人。貴様はここで倒す」

「……またこの流れか。勧善懲悪、遏悪揚善、破邪顕正……いや、誰かに認知された時点でこうなるのは避けられない運命か。画面の前の彼らが我々を見ている時点で、これはただの空想ではなく空想特撮になるのだからな」


老人がウルトラアイを目にかざす。

眩い光が彼を包んだかと思うと、その姿は光の巨人となっていた。





©︎円谷プロ


夕陽の街、その姿は55年前のようであった。

ミニチュアであることを示すようにビルの中の電飾が映る。
夕日にフォーカスされるが、その夕日も電球に赤いセロハンを巻いたものだと一目でわかる。

「同化した老人の追憶からコンピューター・ワールドを作ったか……ハイパーエージェントの真似事か?ウルトラセブン」


ウルトラセブンは何も返さず、ただ拳を握りしめる。

「では、特撮を始めよう。取っ組みあいだよ。予算の関係もある、ビルに向かって投げてくれるなよ、ウルトラセブン」


両者向かい合い、走り出す。



結末は言うまでもない。
これは空想特撮なのだから。





老人は公園で目を覚ます。

辺りを見回し、今までのは夢だったのかと考える。

しかし、すぐに忘れてしまう。

老人にそんな夢を覚えておけるほどの記憶力はない。

老人はポケットからスマートフォンを取り出し、動画配信サイトを開く。


「こんメト~!」




メトロン星人の地球侵略計画は果たして終わったのでしょうか。

オタク文化を狙うとは、恐るべき宇宙人です。

でも、ご安心ください。心配する必要はありません。

え?何故ですって?我々人類が侵略されていたとして、誰も困りませんから……


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