みりんといもと時々わたし。

-うだるような暑さの夜、健気に鳴き喚くひぐらしの声を頭の中から追い出すように、熱心に筆を執る1人の男性。汗の滲む原稿用紙の傍らで、黄色い声…もとい、“赤い声”と“青い声”と、そして“黄色い声”が楽しげに交錯していた。


「明日は月曜日か。」
そうは言うものの、その言葉、その目には微塵の憂いも見当たらない。彼の名前は『しぐれ』。市内の男子高校に通う一般的な高校生。いくら言葉を並べたとしても「平均点」という情報以外が一切浮かび上がらないような、そんな普通の男子高校生が、週の始まりを憂いていないというのは、普通の逆。「特異」と表現せざるを得ない。しかし、蓋を開けてみれば何のことはない。彼もしがない男子高校生の端くれに過ぎないのだ。

[翌日]

学校に着き、下足箱に靴を入れ上履きを履こうとした時、背後から馴染みのある声が聞こえた。

「おはよーっ!!」

彼の名前は『赤木 凛太郎(あかぎ りんたろう)』。目立ちすぎる程の赤髪が控えめに見えるほど主張の激しい青年。感情的で行動派。かなりモテるようで、泣かせた女は数知れず、しかし彼女の噂は一度も耳にしたことがない。めちゃくちゃイケメン。
しぐれは全力の挨拶に、全力で返す。

「“りんと”おはよう!」

凛太郎の愛称は“りんと”。いつからそう呼び始めたのかは最早さだかでは無いが、親しみを込めてそう呼んでいる。りんとも満更ではなさそうだ。

「土日なにしてたんだよぅ、しぐれ〜」
「マジなんもしてない」
「お前それテスト前に言うやつじゃねぇか笑」
「なんだそれ笑、てか、テストはあるだろ」
「えっ……」

先程までの太陽よりも眩しい笑顔に暗雲が立ち込める。どうやら本当に何もしてない奴が目の前に居るらしい。
すると、そこに

「二週間も前から言われてただろ。ったく、勉強しとけよってあれほど言ってやったのに。」

絶望するりんとの肩を叩き、やれやれという表情を浮かべて入ってきた彼は『黄海 斗真(きうみ とうま)』。“みとこ”の愛称で親しまれており、りんとに負けないくらい明るい金髪。ヤンキーと見間違われる事が少なくないが、行動派のりんととは正反対でかなり理論派。成績が良く律儀で丁寧、見た目とのギャップもあってか、女性人気はりんとに引けを取らない。彼からも彼女が居るような噂を聞かないが、どうやら特別な理由があるようだ。

「どうしよぉみとこぉ、何もやってないよぉ」
喚くりんとをあやすようにみとこは返す。
「ハイハイ、俺も何もやってないよ」
「本当?!お前と友達やってて良かったぜ!!」

嘘だろ?という表情でみとみとを見ると、彼はりんとに見えないようウインクしながら舌をペロと出しておどけて見せた。不意の仕草に面を食らっていると、また一人が集まりいつもの4人組が完成した。

「おはよ〜ぉ…ふぁあむ…」

今にも寝入りそうな欠伸をして輪に入ってきたのは『蒼井 紅葉(あおい もみじ)』。3人からは“おいも”と呼ばれており、透き通るような青い髪を持つ彼は、いつでもどこでも眠そうである。かと言ってアクティブでないかと言えばそうでも無い。他の友達との誘いこそ断ることは多いが、4人組が3人で遊ぶ事はごく稀で、突飛でもない誘いにも喜んで着いてきてくれる。その気まぐれな様子は第三者から見れば「猫」そのものだった。おいもの親は彼の成長期に期待しているらしく、身の丈に合わない制服の余った袖で眠た眼を擦りながら4人揃って教室に入った。他愛もない日常だが、しぐれにとっては毎日が宝石のように輝いていた。


テスト期間中という事もあり、課程は午前中で終了。お昼のチャイムと同時に、クラスメイトは散り散りに帰って行った。突発的(告知はあったが)テストで、思うようにふるわなかったのか、りんとが青ざめた顔でこちらに寄ってきた。

「ふぇ〜終わった〜」
「それはどっちの意味で?」
「…どっちも」

今回も平均点かなと笑うしぐれに、「裏切り者ぉ」と妬ましいような悲しいような顔で顔を覗くりんと。

「別に大した内容じゃなかっただろ。対策プリントまんまだったぜ」
「うんうん」

腕を組みながら「やっぱダメだったか」という顔をしたみとこに、テストの出来に納得している表情で頷くおいも。

「なぁ〜気分転換にどっか行こうぜぇ」
「お前なぁ、明日もテストだろ。勉強する為に午後休なんだろ、学校様の裁量でよぉ」
「勉強なんか、勉強する時にすりゃいいんだよ」
「なんだそれ」
「プッ…フフッ…」

りんととみとこの夫婦漫才に思わず吹き出してしまうおいも。とはいえ気分転換という案にはおおよそ賛成していたしぐれが続ける。

「川行って…そうだな、アイスでも食うか?」
「なんだそれ…めちゃくちゃアリ」
「お前ら勉強は
「アイス…食べたい」

みとこの説教を遮るように食欲が前のめりなおいもが興味を示したところで、みとこはすかさず舵を切る。

「はぁ…ま、まぁでも今日頑張ったみたいだし?あんましつこく言うのも違うかな〜。あ、川行く途中コンビニあったよな?」
「なんだ〜?みとこ、お前もしかして…」
「ばっ、ちげぇって、違くないけど…おいもがかわい…か、かわ!川行きてぇなぁって、しばらく行ってないから的な??」
「お前もアイス食いてぇんだな!」
「は?!アイ、あ、アイス…あー…そうそう!アイスね!アイス食いてぇなぁ、バレちったか…ハハ」

まぁ、概ねお察しの通り、みとこはおいもに好意を寄せている。友達の延長線上にある愛のような、そんな感じ。しぐれはその好意に薄々気付いては居るが、みとこ以外の2人はどうやら鈍いようだ。と言ってもどこに行くにも4人組じゃあ気付くものも気付けないのかもしれないが。灯台もと暗しってやつ。

「じゃあ決定な〜!場所は…近いし“才川”でいいか!」

才川、学校の近くにある大きめの河川。近付くだけで不気味なほど涼しいそれは、一昔前まで心霊スポット“さいのかわら”として親しまれていたが、近年の研究によりマイナスイオンが他のパワースポットの2億倍程度噴出している事が判明し、噴出部近辺は立ち入り禁止となっている。ソシャゲのインフレ並のマイナスイオンに恐れをなした地域住民は近くに寄ることすらしなかったが、学生の間では避暑地として密かに人気がある。

「それじゃあ才川にィ〜」
「「「LET'S GO〜〜〜」」」

4人は自転車に乗りしばらく進んだところで、りんとが急にブレーキをかける。

「っぶね!どうしたりんと!」
「財布家に忘れたんだった…」
「なんだそんな事かよ、金なら俺が…あ」

自信に満ちていたみとこの顔が少し曇る。

「…わり、俺も忘れてきたわ…おいもは?」
「…奢ってもらう気満々」

おいもの顔は何故か自信に満ちていた。

「あー、俺持ってるから気にしないで行こうぜ」
「しぐれ〜お前って奴は…くっ、ココは一つ、借りにしてくれ!」
「それを言うなら“貸し”じゃねぇのか?…ったく。すまん、しぐれ。ご相伴にあずかってもいいか?俺と…」
「ご相伴!」
「おいもも…」
「んな、かしこまられるとかえって奢りづれぇよ笑、先、川行っててくれ!あ、アイスの好み教えてくれ」
「ハーゲンダッもごご!?」

何かとんでもない注文をすると踏んだのか、思惑通り元気いっぱい発声したりんとの口をみとこが抑える。

「あはは…あー、そうだな、4人分…んー、あ、パピコ!パピコがいいな!」
「パピコに一票」

何か気を遣ったのか、みとこがパピコを希望すると、おいもも乗っかる形で結果パピコという事になった。
注文を聞いたしぐれはしばらく進んだところの分かれ道で3人と別れコンビニに向かった。

しぐれはコンビニで用事を済ますとレジ袋を自転車のカゴに入れて急ぎ足で川へ向かう。川に到着すると3人は川の中で遊んでいた。こうして見ると年甲斐もなく川ではしゃぐ男子高校生だが、しぐれはこれを半ば予期して3人を先に川へ向かわせたのだった。

「おーい!!アイス買ってきたぞ〜!」

しぐれの呼び声に3人がこちらを振り向く。バシャバシャとしぶきを上げながら駆け寄ってくる3人は目を輝かせていた。

「ナイスしぐれ〜!先に涼ませて貰ったぜ!」
「ありがとな…って…え?」

しぐれが差し出した“4つのパピコ”を見て驚いた様子のみとこ。

「…あれ?もしかして限定の方をご所望で??」
「いや、4人分だから、2つ買えば間に合うかなと思ってパピコにしてもらったんだけど…はは、高かったろ、ごめんな、今度返すから」
「2本も食べていいの!!」

突然の僥倖に目を一段と輝かせるおいも。なるほど、さっきみとこが気を遣ったように見えたのはコレだったか、としぐれは笑いながら返した。

「わり、俺一人っ子でいつも2つ食ってんだ笑、コレ分け合う為に2つ入ってんのか笑」
「なんだそういうことか笑」
「おいおいしぐれ〜初シェア逃したな〜、まぁ、今度俺がシェアさせてやんよ!」
「お前はご馳走しろ。2回。」
「早く食べよ!」

どんな些細なことでも笑ってくれるこの3人が、しぐれは心地よかった。4人でパピコを吸っていると、りんとは声を上げる。

「あ!!!!!」
「はぁ〜〜」

何故かみとこは深い溜息をついた。

「なんだよみとこ〜」
「お前の『あ!!!!!』は、ろくでもないこと思いついた時の『あ!!!!!』なんだよ」
「よく知ってんな〜!!」

阿吽の会話をよそにチュールを抱き抱える猫のようにパピコをむさぼるおいもを見ながらしぐれは訊ねた。

「で、どんな面白い事思いついたんだよ」
「へへっ、しぐれ、いいか?聞いてパピコ漏らすなよ」
「パピコ漏らすってなんだよ」
「名付けて『パピコゲーム』だ!」
「あー、はいはい、もう既に呆れてるから内容を手短に」
「んだよ、みとこ、つれねぇなぁ。いいか?パピコを口に含んで隣の人に食わせるんだ!!」
「『食わせるんだ!!』じゃねぇよ!それじゃあただの“口移しパピコ”じゃねぇか!あとどこにゲーム要素があったんだ?!」

機関銃のようにツッコミをまくし立てるみとこに、思わずおいもはむせてパピコを口から吹き出した。

「あんま変なこと言うからおいも漏らしちゃったじゃん…」
「ちが…みとこが…ククク…みと…フヘヘッ」
「ゲーム要素ねぇ…じゃあこうしよう。パピコを口に含んで隣の人に食わす。んで、恥ずかしくてモジモジしてる間に、口の中のパピコがぬるくなってたらもらう側の負け。」
「ゴリゴリの受け手不利ゲーじゃねぇか…あと、あげる側が逃げ切っても負けにならね?」

こういうゲームの時、ゲームの内容はともかく真剣に考察するみとこはいつ見ても面白い。

「そういう時は無理やり吸うんだ!」
「だから『無理やり吸うんだ!』じゃないんだって!!衛生観念さっき川に落としてきたんじゃねぇか?!」
「大丈夫だ!もとより持ち合わせていない!」
「よくぞ胸を張れたな…」
「アヴァヴァ…」

笑いすぎて口端からパピコをアヴァヴァと漏らし続けるおいもの事が少し可哀想になってきたので、しぐれは話をまとめようと切り出す。というか、“男同士で唇を合わせる”という事には突っ込まないんだな…みとこ。

「とりあえずやってみるか?ゲーム性は随時デバッグしてけばいいし。」
「パピコ口移しのデバッグとか、多分メーカーもやってねぇだろ…」
「早くしねぇとパピコ溶けちまうぜ」

じゃあ誰から誰にやる?という話をしぐれ、みとこ、りんとでダチョウ倶楽部のくだりをしていると、冷静を取り戻したおいもがみとこを呼ぶ。

「ふぃほほ(みとこ)〜」
「えっ」

呼ばれたみとこが振り向いたのもつかの間、おいもの両手がみとこの両頬をガッチリと抑える。そして強引に唇を合わせ、気付けばおいもはみとこにパピコを口移ししていた。

「フムム~!!!ムグッ…ンク…ハァ…」
「まだアイスだったね、みとこの勝ち〜」

完全に不意をつかれたみとこは顔面を真っ赤にさせていた。おいも、やっぱりこういう時一番アクティブなのお前だよ。しぐれは心の中で納得を重ねていた。「ぉお〜!!!」と感心するりんとがパピコを口に含むと、しぐれの方を向いた。

「ほれらほ、わへへられはひな!(俺らも負けてられないな!)」
「いや、何これ、タイムアタックなの?!え?ちょ、りんと!」

りんとの柔らかそうな唇がしぐれに近付く。しぐれの視界が徐々にりんとに侵食されていく最中…



男性は筆を置いた。まだひぐらしは泣き続けている。先程から何時間が経っただろうか。夜はすっかり暮れて少しづつ涼しさを取り戻しつつある。

「夢小説か…なるほど。熱中し、そして黒歴史に成るのも納得のコンテンツだな。」

薄暗い部屋を煌々と照らすスマートフォンから配信者達の声が聞こえる。

りんと「みとこ浴衣なんて着てどしたの〜」
みとこ「んふふ〜今日ね〜花火大会に行くの〜」

配信者達は各々が書いた夢小説を持ち寄り、読み合いをしているようだ。男性は彼女らの寸劇を聴きながら笑みを漏らす。誰に聞かせるでもなく、しかし自分に言い聞かせる訳でもなく、空間に言葉を吐くように、一言ずつ噛み締めて、男性は繰り返す。

「最近何も面白い事も無く、惰性で毎日生きてるけど」

スマートフォンからは絶えず色とりどりの声が響きあっている。

「こんなん書かなくても、俺は十分、あんたらに夢見させて貰ってるよ」

男性は席を立つとスマートフォンを握り寝具に横になった。

「ありがとう、3人…いや、3匹の鬼さん」

そう独り呟くと男は深い眠りについた。


#寝落ちすんな



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