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平野レミみたいになれなかった私の絶望と希望

「人からどう思われたっていいじゃない。わたしはわたしの道を行っちゃう!!」

平野レミさんのその言葉は私にとって、とても希望的だった。

その発言の後語られたポッドキャストでの話は、いいものばかりだった。

両親の包容力が素晴らしく、キッチンをどんなに散らかしても怒られなかったこと。めちゃくちゃな調理をしても咎められなかったこと。

夫の和田誠さんが、何を作っても「レミの料理はおいしいね〜」って言って食べてくれていたこと。

この2つが平野レミさんを形成しているのだとわかった。

エピソードが良すぎて、怒りすらわいた。

私にはそういうの、なかった。

私の親は散らかすのを嫌がったし、禁止事項も多かった。さらに両親共に料理がそんなに好きでもなかったために、教わることもほぼなかった。

何を作っても「おいしいね!」って言ってくれる夫はいない。

料理が楽しくないのは、親のせい。

料理が得意にならないのは、夫のせい。

平野レミみたいになりたいのになれないのは、自分の置かれた環境のせいなのだと思った。

置かれた場所で咲けない。

そして私は絶望した。

しかし、私には欲望が残った。

おいしいものが食べたい。
おいしいものしか食べたくない。
おいしいものだけ食べたい。

全ての欲望はそこへ向かった。

おいしいものは自分の手を煩わせなくても買える。

デパ地下に行けば欲望が満たせると思った。

まい泉のヒレカツ弁当、崎陽軒のつめたいしゅうまい弁当、おこわが選べる弁当、ローストビーフのサラダ、イカとセロリのサラダ、焼きとうもろこしとなんかゼリーみたいのが乗ってるサラダ、具がみっちり挟まったボリュームのあるサンドウィッチ、甘いパンの数々。

嬉々としてグルメライフをおくっていたが、ある時気づいた。

値段が高い…

そんなことは元々わかってはいたが、他者が作ってくれたおいしいものの対価としてそれが高いとは思っていなかった。

でも、自分でうまいものが作れない代償として高いお金を払っている気づいたら、急に腹が立ってきた。

ごきげんなグルメライフに影が差し、絶望が再び顔を出した。

この絶望をどう鎮めよう。

目を閉じて耳をすまして、記憶をたぐり寄せる。

自家製デパ地下サラダ

「簡単にデパ地下サラダのような垢抜けた味わいになるんです」

ストックしてあった長谷川あかりさんのレシピに添えられた言葉を思い出して、もしかしたら自分でも作れるのではないかというあわい期待が胸によぎる。

レシピを確認してみると、自分でも失敗しなさそうだった。

作ってみよう。

まず、ささみとインゲンとバジルを買いにいった。

梅干しとにんにくは自分的に使いやすいから、いつもストックしているし、あとは基本調味料ですむから買い足さなくてすんだ。

鍋に湯をわかし、切ったインゲンを茹でる。

引き上げたインゲンの緑がとっても鮮やかで嬉しくなる。

同じ鍋で、片栗粉をまとわせたささみを茹でる。

そのあとは、刻んだ梅とバジルと調味料であえるだけでできた。

デパ地下のガラスケースの中で、こんもり盛られたサラダが自分の手によってできてしまった!

食べると、パーンとバジルが香り、梅の酸味でさっぱり。片栗粉をまとっているささみは、ちゅるんとした食べ心地。インゲンのシャキシャキ食感も加わって、ああよそ行きの味だーってなる。

それから、一緒に食べていたご飯が甘く感じた。

ホール食いできるオムレツ

私は思った。

ささみとインゲンの梅バジル和えは、デパ地下クオリティでありながら、自分で作らないとこの世に存在しない。

だとすると、買えないものを自分で作れていることになる。

私はこの喜びを感じて、デパ地下では買えないものをもっと作ろうと思った。

デパ地下には、からあげ、やきとり、あげもの、おこわ、本当に色々とおいしい専門店がある。

だけど、オムレツ屋さんがないことに気づいた。

今井真実さんのとうもろこしのオムレツをつくってみよう!

このオムレツはホテルのコックさんみたいにフライパンを何度も返しながら形成しなくてよかった。フライパンに卵液をじゃーっと流して何回かかき混ぜて、蓋をして蒸せば出来上がる。

少しフライ返しで浮かせればするんとお皿に乗っかって、まんまるの黄色いホールが食卓に誕生する。

甘くてしょっぱくて、とうもろこしの粒が口の中で弾けて「ああ、なんでもない日おめでとう」って言って、1ピースずつ切り分けながら、どんどん食べる。

お日様みたいな温かさがお腹に入った。

高級食材が2倍になる料理

ちょっとずつ自信をつけた私は、高級食材が使われた料理であっても、自分の手で作ってたくさん食べてみたいという欲が出てきた。

ホタテの貝柱がいい。

レシピを検索してみると、エリンギと一緒に調理するものが見つかった。

まずエリンギを厚みを持たせた輪切りにして、バターで焼く。そして刺身用のホタテ貝柱を入れてしばらく炒めるとすぐに完成する。

お皿に入れたら、どちらがホタテでどちらがエリンギなのか見分けがつかない。

食べてみると、エリンギがホタテに変身していた!なんてことだ!形も食感もホタテにそっくり!

夫と一緒に食べていて、どちらがどれだけホタテを食べたのかわからなくなって笑ってしまった。

楽しくておいしかった。

これは、平野レミさんのレシピ「ほたてどっち」。


私の手仕事がデパ地下の惣菜コーナーを凌駕していく。

埋められなかった環境の欠乏感が、急速に埋まっていく。

料理を教えてくれる人はいなかった。

なんでもおいしいと言ってくれる人はいなかった。

だけど、そうしてぽっかりと空いてしまった自分の穴は、他者のレシピと自分の行動によって埋められるのだと思った。

私が受け取っているレシピは情報やデータではないのかもしれない。

面倒な工程を踏まなくても美味しくできるように。

料理している途中で嫌にならないように。

せっかく作るのだから料理している自分を好きになれるように。

作った時に絶対がっかりしないようにとびきり美味しく。

買い物で買い忘れのないように材料の要素は少なめに。

栄養もしっかり取れるように。

食べたときに作ってよかったと思えるように。

ごはんの時間が幸せでありますように。

私は実際に作ってみて、このような思いに触れている気持ちになった。

この思いは、料理家さんたちの優しさなのだと思う。

その優しさは無料で提供されていて、24時間365日、誰でも触れることができる。

私はそのありあまる富を享受することができる。

そう思えると、私には、いかに調理しないで美味しく食べられる情報を交換できる親がいることに気づくし、好きなメニューとそうでないメニューでテンションの高低差がありすぎるけれど完食する夫がいることにも気づく。

平野レミさんみたいなエピソードがなくても大丈夫。

むしろそうじゃらなかったからこそ、開かれた自分の道がある。

だから、わたしはわたしの道を作っちゃう!



<この文章に出てきたレシピたち>

長谷川あかりさんの「ささみとインゲンの梅バジル和え」


今井真実さんの「とうもろこしのオムレツ」

リッチなバージョンも


平野レミさんの「ほたてどっち」



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