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庄野潤三展【生きていることは、やっぱり懐かしいことだな!】


1955年に「プールサイド小景」で芥川賞を受賞した作家で、たくさんの作品を残している、庄野潤三。
このたび、没後15年、神奈川近代文学館で開かれていた展覧会の最終日に行ってまいりました。

私が庄野さんを知ったのは、夏葉社代表の島田潤一郎さんのおすすめから。

実は、図書館で庄野の作品を2.3回借りたことはありましたが、結局読まずじまいで1〜2年が経っていました。本は好きなのですが、小説はあまり読まないんです。他に読みたい本がたくさんあって、また今度とそのままになっていました。

そこに、今回の展覧会の話が。それでも、ちょっと遠いし、本も読んでないし、と行かないつもりでいました、

が、しかし。
某イベントで、至近距離に座ってお話されていた島田さんの口から、「庄野文学を愛する人たちに何か素敵なものを渡したいという思いで、今回、庄野潤三夫人である千寿子さんの書簡集を制作しました。千寿子さんから娘の夏子さんへ送った37年間、130通の手紙をまとめたものなんです」とのお話が。

夏葉社の最新刊情報!
これはチェックしなければ。

さて、発売後まもなく本屋さんで手に取ったら、いつもの夏葉社の本同様、手元に置いて大切にしたい気持ちになってしまう装丁だったので抗えず、早速購入。
こちらはほどなく読み始めました。 

いつも美しい夏葉社の本。一般的には本の裏表紙に印刷されているバーコードも帯についていますね。

本のタイトルは、「誕生日のアップルパイ」。
その日にあったこと、美味しかったもの、贈り物のお礼、励ましのことば…さもない内容といえばそうなのですが。
1通、また1通と読み進めるほどに、手紙っていいものだった、こんなにも温かく想いを伝えられるものだったという事実が心に迫ってくるのです。

展覧会でも、この本が紹介されていて、年ごとに束ねた本当にたくさんのお便りが展示されていました。この中から選ばれたものが1冊の本になったんだなぁ。夏葉社内で手紙を読んでいる、ときに笑顔で、ときに目を潤ませて選ぶ島田さんの様子が目に浮かび、改めてぽかぽかと温かな気持ちになりました。

展覧会では、書斎を復元したものから始まり、

左の大きな甕は、師・井伏鱒二の仲介で購入した井伏の郷里・福山の旅館からはるばる庄野家へとやって来たもので高さ1メートルほど。「夕べの雲」という作品に登場しているそうです。


直筆原稿はもちろん、アメリカに1年留学した時のノートや、上の写真の右隅に写っている、執筆に使って短くなったたくさんの3Bの鉛筆などと一緒に、ご家族の写真もいくつも展示されていました。それらの写真にうつる千寿子さんの笑顔を見ていたら、本の内容が迫ってきて、子どもに向き合う本質的な態度に気づかされたように感じました。

「誕生日のアップルパイ」の手紙は時系列で並べられています。前半では幼子を抱え奮闘する娘や幼い孫たちへのおもい、後半では歳を重ねて補聴器が必要になったり庄野が体調を崩したりと、家族の歴史が伝わってきて、最後にはせつないけれど柔らかく満たされるような気持ちになりました。

展覧会のタイトルになっている、「生きていることは、やっぱり懐かしいことだな!」は、庄野潤三が、読み終わった読者がこのように感じる小説を書こうとしていたことからつけられたものだそうです。千寿子さんの手紙と、見事に通いあっていますね。

最後に、「誕生日のアップルパイ」巻末、島田さんによる解説からの抜粋を。

【手紙は相手によろこびを伝えるためのものだが、自身でよろこびを反芻するためのものでもあり、そのよろこびに強い光をあてることで(そのよろこびを便箋に書き、それに形をあたえることで)、それ以外の日々の些細なことや、憂いごとを忘れさせる力をもっている。
庄野家の人々にとって、書くというのは魔法のような力をもつ特別な行為で、手紙の交換は家族のなかに力をたくわえた。】

そして翌日。友人が、庄野の「プールサイド小景」を初めて読んで、作品に人柄が滲み出ている気がして好きになったとSNSに投稿していました。
なんという偶然✨私も今度こそ読むしかないです。

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