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それぞれの価値観

100円のハンカチを必要だから買う。

3000円のハンカチを必要だから買う。

どちらも支出に見合った物を手に入れるわけだ。

提供する側も、その価値に見合った料金で品物を提供するわけだからなんの問題もない。


治療とは言わず(言えず)、手技による痛みの緩和はどうだろう。

これが結構高額。

痛みを取る、という行為に対してお金を取るのは構わない。
しかし、痛みが取れなかった場合どうするのか、ということについては言及をしない。
当然ながら100%痛みが取れるわけではないことくらいは支払う側もそれを分かっている。
痛みが取れるかもしれない、という可能性にかけて、その手技を行ってもらうわけで、痛みが取れなかった場合、返金を希望するものではない。

しかし、お金を受け取る側として、痛みが取れなかった場合についてはお金はいただきません、というぐらいの姿勢を見せていただきたいものだ。

医者には痛みと付き合っていくしかない、薬で痛みを緩和させるぐらいしか もう方法はない、などと言われ、絶望的な気持ちになり、神頼みのようなつもりで、痛みを緩和すると自信満々に言っている、理学療法士などが行っているストレッチなどに赴くわけだ。

そこに至るまでにどれだけの費用をかけてきたことか。

一縷の望みをかけて 、痛みを取って欲しいと訪問した先で、結果的に痛みが取れなかった時の絶望感は医者に見放された時よりも強く出る。


できることなら問診と、問診をするにあたって必要なレントゲン写真などの情報を条件に、その痛みを取る自信があるのかないのかということを、はっきりと明言してもらいたい。

その上で、痛みを取る自信があると言った場合は、成功報酬型の支払いを許容するという姿勢をとってもらいたい。

実際にお金を支払わない人もいるだろうが、一定の時間その施術を行うものの時間を奪っている以上、通常の施術料金を払う人もいるだろう。
そこはもう人間性を信じるしかない。


という主張するだけ、追い詰められているということも現実なのである。



だそうです。

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