やっぱり皮がスキ 4 

J②

「な、何だこれは?」
 目の前には巨大な二本の白い脚が聳え立っていた。
 まるでジャパニーズ・アニメーションから飛び出してきたかのような非現実的なロボットだ。しかし、下半身しかない。上半身はどこからか飛んできて合体したりするのだろうか。
「これが『プロジェクト・ガンガル』の成れの果てさ」
 サミーが吐き捨てるように云った。さっきの上官に対する態度と云い、こいつを忌々しそうに眺める表情といい、あまり良い想い出では無さそうだ。
「これで完成形なのか?」
「一応な」
「脚しか無ぇじゃねぇか?」
「脚がありゃ、歩けるだろ」
 マッシュとサミーのやり取りを聞きながら、改めて巨大な下半身を見上げた。つま先に何か描かれている。
 Bording Roid?
「なぁ、こいつは『ボーディングロイド』って名前なのか?」
「そういう名前が付けられてはいるが、実際に歩く姿はトドラーが良いとこさ」
 Toddler? よちよち歩きの赤ん坊ということか。
 サミーの皮肉を無視するようにマッシュが続ける。
「ともかく、コイツを半マイル歩かせれば良いんだな。動くのか?」
「よく見てみないと判らんが、まあ動かねぇだろうな」
「そうかい。じゃあ動くようになったら呼んでくれよ」
 マッシュとオルテガはそう吐き捨てると出口に向かって歩き出した。
「待て。マシンの整備はお前たちにも手伝ってもらうぞ。第88機甲部隊の隊長はオレだからな」
 サミーが毅然と云い放ったが、マッシュとオルテガは意にも介さない。
「はいはい准尉さま。精々がんばってくださいな。誰が隊長だろうが、オレ達には関係ねぇ」
「そうそう。どのみちオレ達は戦車乗りだ。マシンが動かねぇんじゃ、出来ることもねぇしな」
 不良オヤジ達は悪びれた笑顔を残して再び立ち去ろうとする。そんな二人にサミーは怯むことなく続けた。
「だから待てって。お前たちはオレに逆らうことは出来ねぇんだ」
「どういう意味だ?」
「お前ら随分なことをやってきたんだな。新人への体罰に、一般人への威嚇的な行動、作戦行動中の飲酒や賭博、軍規違反のオンパレードだ。上には完全に尻尾を掴まれてるぞ」
 不良オヤジたちが、たじろいだのが判った。
「いいか。オレが一言、コイツらは使えねぇと報告を上げれば、即刻お前らは懲罰部隊行きだ。判ったら、オレには決して逆らうな」
 不良オヤジたちは遇の音も出ない。
「どうした、返事は?」
「イ、イエッサー」
 ということは、オレも何か重大な軍規違反を握られているということなのか。
「サミー、いや、隊長、自分は何を握られているのでしょうか?」
 サミーはニヤリと笑みを浮かべた。
「お前のは強烈だぞ。懲罰部隊じゃ済まねぇかもな。軍法会議に掛けられ、下手すりゃ懲役か。ま、知らない方が幸せだ。とにかく作戦を成功させることだけを考えろ。二度とその質問はするな」
「イ、イエッサー」
 ジジイの圧に押された。あれだけ云いきれるってことは、余程のことだろう。やっぱり、ローズはスパイだったのか。クソッ。

 それからオレ達は2週間かけて、3基あるボーディングロイドの点検を行った。表紙に赤いインクで[SECRET]とプリントされた仕様書を睨みながら、主に駆動系のメカを中心にチェックを進め、1号機は動きそうだという結論に達した。
 自由の女神でも吊り上げられそうな太いワイヤーをボーディングロイドの両腰に引っ掛け、歩行テストを行うことになった。
 コクピットに乗り込んだのはオレだ。もちろん転倒の恐れもあるワケの判らないマシンに自ら志願したワケではない。不良オヤジたちが「テストは若手がやるもんだ」とか云って、オレに押し付けてきやがった。不良ぶってるクセにビビッてんだな。
 6点式のシートベルトで身体をしっかりと固定し、ロボットアニメの主人公が被るようなデザインのヘルメットを装着する。ただ歩くだけにしては大層だが、何せ地上9メートルだ。
 もう何度も目を通しているマニュアルを開き、実際のコクピットと見比べる。極めてシンプルだ。
 PCの電源ボタンと同じマークの起動ボタンに、ゲーム用のジョイスティックにしか見えない操縦桿。中央にはゲーゲロ・マップが表示されたタブレットが嵌め込まれ、その左側にバッテリー残量を示すインジケータと、ADI(姿勢指示器)。
 唯一、軍用機らしいと云えるのは、脱出用のレバーを座席の左下に備えていることだけだ。これを引くと、戦闘機のようにコクピットが飛び出す仕掛けになっている。
 操縦も至ってシンプル。ジョイスティックを前後左右に操作すれば、その通りに歩いてくれるらしい。車の運転より余程簡単だが、視界の広さがまるで違う。ましてや、ちゃんと動くかどうかも判らない。
「よーし、いいぞ!」
 ヘルメット内に仕込まれたインターカムからサミーの合図が聞こえてきた。マニュアルをダッシュボード下のポケットに収め、起動ボタンを押した。ボタンがグリーンに点灯し、タブレットに『Starting Boading Roid……』という文字が右から左に何度か流れ、数秒後にゲーゲロ・マップが表示された。フォートステュワート駐屯地内の南西端に当たる位置を示している。
「起動完了。歩行開始します」
 ジョイスティックをゆっくりと前方に倒し込んだ。
 フイィィンという音とともに体が右に傾き、ADIも2~3度傾いていることを示した。左足を踏み出しているのであろう。傾きは徐々に大きくなりADIの表示は5度を超えた。マズいんじゃないのと思うと同時に勢いを増して大きく右に傾いた。
「倒れる!」
 と思った刹那、今度は激しく前に振られ、右前方に倒れ掛かった状態で止まった。シートベルトをしていなければ、投げ出されていたところだ。
「大丈夫か?」
 インカムからのサミーの声に答える。
「なんとか。一体どうなった?」
「ワイヤーがなきゃ、いまごろエアバッグに潰されてたろうな」
 撮影したビデオを何度も確認し、サミーが出した結論は「メイン・ジャイロがイカれてる」だそうだ。
 それから更に一週間かけて、2号機と3号機のジャイロを取り外しては交換し、あれこれ調整しながら計13度の歩行テストを実施したが、結果は全て同じだった。
「もう無理だ。やめようぜ」
 業を煮やしたオルガが愚痴る。コイツらのことは好きにはなれないが、その意見には賛成だ。しかし、サミーは諦めない。
「やめられねぇんだよ。やめちまった瞬間に、オレらは全員懲罰部隊行きだ。テメェら、中東でゲリラ戦やりてぇか?」
 そう云われると反論は出来ないが、動かないものはしようがない。
「じゃあ、その、ジャイロか? その部品を調達してこいよ」
 マッシュが苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「オレだってそうしてぇけど、無ぇんだよ」
 サミーも負けずに苛立ちをぶつけた。
「無ぇってなんだよ。USアーミーが手に入らないパーツなんてこの世にあんのか?」
 サミーは声のトーンを少し落とした。
「他のパーツはタンクやジープのパーツを流用すりゃ何とかなりそうだ。キャンプ内で作れるモノもあるだろう。3台全てってワケにはいかないだろうが、2台目まではなんとかする。ただ、このジャイロだけは米国内じゃ手に入らねぇ」
 その言葉に、4人を取り巻く空気が変わった。
「米国内では? じゃあ、どこに行けば手に入るんだ?」
 サミーが三人を見回しながら、少し間をおいて続けた。
「恐らく、ジャパンなら・・・」
 日本? アニメの国、日本か。たしかに、この現実離れし過ぎたマシンは日本のイメージにピッタリだ。
「日本だって? 米国内みてえなもんじゃねぇか。一言『送れ』って云やぁ、ホイホイ持ってくるだろう。アイツらこっちの云い成りなんだから」
 オルテガの言葉にサミーは即座に返した。
「そりゃ、ヨヨタやニンセンドーが作ってんならすぐに手に入るさ。でも、これはそういうモノじゃない」
「どういうもんでも、日本にあんだろ? じゃあなんとかなるだろう?」
「誰が誰に云うんだ? トランプからアベに云ってもらうのか?」
「プレジデントまで担ぎ出さなくたって、うちの調達部隊が日本大使館だか自衛隊だかに云えば、持ってくるだろうが?」
 オルテガとマッシュの主張に「判ってねぇな」とばかりにサミーが首を振った。
「ポンコツでもコイツは軍事機密だ。大使館なんかに云えるワケねぇだろうが。それにな、このジャイロはただのリングレーザージャイロじゃねぇ。プロジェクトに参加した科学者の特殊な技術だ。ヤツを見つけ出して、作ってもらうしかない」
 確かに、iPhoneはmade in USAだか、内部パーツのほとんどが日本製だと聞く。こういうチマチマしたパーツはジャップに持ってこいなのだろう。
「その科学者ってのは?」
「日本から来たヤツだという以外、詳しいことは知らない。プロジェクト内では、『ドクター・ミラー』と呼ばれていた」
「millerねぇ。オレはBudweiser派だけどな」
 マッシュのくだらない駄洒落を無視してオルテガが続けた。
「そいつは有名なのか?」
「ゲゲってみたが、それらしいジャップはヒットしなかった」
「ゲゲって出てこねぇって、本当にいるのか、そんなヤツ?」
「いるのは間違いねぇ。オレはこの眼で見たんだから。だが、詳しいことは分からない。『プロジェクト・ガンガル』に関する情報へのアクセスは完全にシャットアウトされている。副司令官にも照会を頼んでみたが、インポッシブルだとよ」
 そこで会話は途切れた。
 コークのボトルを咥えゴクゴクと流し込むと、視線の先には白い巨大な下半身が少し膝を曲げた姿勢で立っている。今にも駆け出しそうに見えるが、実際には一歩踏み出す前に倒れてしまう。
 このままでは軍法会議だ。懲役なんてゴメンだ。
「じゃあ、日本に行って、そいつを探し出すしかないな」
 ずっと黙っていたオレが発した言葉に、注目が集まる。
「米軍のプロジェクトに参加するくらいだから、日本ではまあまあ有名なんだろう。サミー、あんたはそいつの顔を知っている」
 サミーは怪訝な表情を返した。
「オレに行けっていうのか? あと1か月しかねぇんだぞ。オレがこの場を離れたら、もう1台をどうやってリペアすんだよ!」
 その反応に、オルテガがキレ気味に返した。
「じゃあどうすんだよ。オマエしか、そいつを知らねぇんだぞ!」
 するとサミーもキレ返す。まったく気の短いオヤジどもだ。
「だからってオレは此処を離れられねぇ。オレの代わりに、お前らのうちの誰かが日本に行ってこい!」
 サミーの無茶ブリに、三人の声が揃った。
「はぁ?」
 構わずサミーは続けた。
「それしかねぇだろうが。日本へ行って、ドクター・ミラーを探し出してこい!」
 嫌な予感がした。いや、嫌な予感しかしない。

 案の定だ。
 オレが日本に行くことになった。
 日本語なんて話せない、と云い張ったオレに、「大丈夫だ、秘密兵器がある」とサミーが手渡したのは、スマートフォンを一回り小さくしたような端末。
「ハイパートランスレーターだ。ここを押してなんか喋ってみろ」
 サミーが指さしたボタンを押しながら、「Good Morning」と云ってみると、即座に端末から生真面目そうな男の声がした。
〈おはようございます〉
 何と云ったかは判らない
「これ、合ってるの?」
「さぁ・・・」

 翌日、ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港から東京へ向かって飛び立った。14時間超のフライトだ。
 基地を出発する前に、サミーからクレジットカードを1枚、忠告と共に手渡された。
「必要な経費はすべてこれを使え。副司令官から直々に渡されたものだ。1万ドルまでは使っていいと云っていた。自分のカードを使っても経費では落とせないそうだから、いっそのこと置いていけ。それから、くれぐれも軍属であることは悟られるなよ。極秘任務だからな。あくまでも観光客を装うんだ」
 金が使い放題なのはありがたいが、果たして本当に見つかるのか?
「そのミラーって科学者は、どんなヤツなんだ? 写真の一枚も残ってないのか?」
 不安気なオレのボヤキにサミーが「しょうがねぇなぁ、ちょっと待ってろ」と応じると、A4のコピー用紙とペンを手に取り、スラスラと何かを書き始めた。
「コイツだ」
 自信満々で差し出してきたコピー用紙には、ヘタクソな顔が書かれていた。
 これで探せというのか? 絶望感しかない。

 サミー曰く、ミッション・コード『プロジェクト・ガンガル』は、ペンタゴンが旗を振り、GE,GM、エクソン等の層々たる企業からも協賛を募り、世界中から科学者を集め、次世代型多目的兵器(ニュージェネレーションハイパーウェポン)として自立二足歩行が可能な人型兵器を開発するというプロジェクトであった。
 世界中から集められた科学者たちというのは、ロボット工学に留まらず、電子・制御・エネルギー工学、はたまた脳科学に神経学、さらには認知科学に文化人類学といったあらゆる分野の専門家たちで、一言で云うと奇人変人の集団だった。プロジェクト発足当初からまとまりは一切なく、口論で済むなら可愛い方で、無視、罵り合い、足の引っ張り合いなど、それはそれは酷い集団であったらしい。
 自立二足歩行の兵器を開発するなどというプロジェクトに、国防総省もどこまで本気であったのか。そもそもの計画自体も杜撰だったのであろう。1人、また1人と離脱していく科学者たちの中にあって、最後まで留まり『ボーディング・ロイド』という最低限の形にまで仕上げたのがドクター・ミラーだという。

 オーイング777型機が着陸態勢に入ったことを告げるアナウンスが流れた。
 さて、まずはどこに向かえばいい?
 キーワードは『ドクター・ミラー』と『プロジェクト・ガンガル』か。

『やっぱり皮がスキ 5』につづく


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