実録 劣等感に学ぶ私の生き方~亡き父からのメッセージ②



 2人に1人がガンを患う時代。

それでも5年前の私は、

告知を受けるその時まで
自分には関係のない病気だと思いこんでいた。



それまで
学校や職場で行われていた健康診断を
受けてはきたけれど、
特に問題なく過ごしていた。



40代に入ってから
人生で初めて受けた人間ドック。
結果、「要精密検査」。




人間ドックを受けたことで
検査の枠が広がり、

臓器の中に
シコリが潜んでいたことがわかった。





長い間眠っていたモノが、
ここに来てようやく発見されたのである。





私は検査当日に結果を言い渡され、

大きな病院で
精密検査を受けるように勧められた。

スピーディな展開を受けて
胸騒ぎがした。



あの日、
人間ドックを受けようと思ったのは
「なんとなく」だった。

特に自覚症状があったわけでもなく、

その時の私は、
病気とほぼ無縁の生活を送っていた。




本当に
軽い気持ちで検査を受けたので、

その日に
精密検査を勧められたことにも
面食らったし、

シコリがあると聞いてから
不安に駆られ始めた。



シコリの正体とはいったい何なのか。
結果を聞くその時までの時間が、
とても長く感じられた。




検査を勧められた時、
病院についてもいくつか紹介された。

そのなかで
私は「なんとなく」大学病院を選び、

紹介状や検査予約等の準備も
すぐにしていただいた。




結果について
放っておけなかった理由。
もちろん不安になったからである。



けれども、
それ以上にとてつもなく大きなチカラが
私の背中を後押しした。



父は
私が6歳の時に病気で倒れた。

倒れる前に
前ぶれとも言える「前駆症状」が
あったのにもかかわらず、

早期発見に至らなかった。





結果、父の人生だけでなく、
家族のその後も一変したのである…。




だから
「早期発見・早期治療は
 とても大切なことなんだ」

という考え方が、
子どもの頃から自然に刷り込まれてきた。




そのような経緯があったため、
私は「すぐに検査を受けなければ」
という気持ちになった。




命を削ってまで
父が私に残してくれたメッセージは、
あまりにも大きかった。





人間ドックで発見されたこと、
発見された時期やシコリの種類、
いくつか候補に挙げられていたなかから
大学病院を選んだこと、

そして、
すぐに検査を受けに行ったこと…。




これらの事実は
後に大きな意味を持つことになるが、

「運」について語る上では、
まだ序章に過ぎない。




境遇や生死を
左右するほどの事柄に遭遇した時に
発揮されるチカラ…。

それが「運」であると、
私は信じるようになった。





当時の私は気づかなかったけれど、
運の存在だけでなく、
運がどんな形で現れたのかについて
振り返ってみると、

輪をかけて「凄み」を感じる。




さて…。
今さらではあるが、

不特定多数の人を前に自分について語ることは、
何度経験しても勇気を伴う。



けれども、
自己表現の場を与えていただいていること、

さらには、
自分と対話する機会を今いただいていることに、
あらためて感謝したい。












つづく

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