【卒業論文(上)】

無事に卒業論文が完成しました。
というわけでこちらで公開します。ぜひどこかでこれを発見してくださった方が、何かのところで使っていただけたのならば本望です。

ちなみに卒業論文とだけありまして長くなっております。
上中下とかに分けましょうね。
まずは以下に要約と目次を載せますので、見ていただいて読みたいところからご覧ください。


我が国における「境界知能」の定義確立の必要性


要約

境界知能とは知能指数(=IQ)で平均的とされる部分(IQ85-115)と、知的障害とされる部分(IQ70以下)の境目にあたる知能のことである(IQ71~84)。日本では約1,700万人が該当すると言われている。境界知能という言葉は宮口(2019)「ケーキの切れない非行少年たち」において日本社会で知られることとなった。しかし境界知能の定義の歴史をみると軽度知的障害と同様の分類をされていた時代もあれば、精神疾患マニュアルから記載自体が無くなっている時代もある。また我が国の教育や福祉の諸制度もこのマニュアルに依っているところが多いため、制度上、境界知能を包括しきれていない現状がある。境界知能は軽度知的障害と同様に犯罪との親和性の高い二次障害を併存するリスクもあり、境界知能への早期対応は必須であるといえる。それを行うためにも、我が国独自の境界知能の定義を定めることは必要だといえる。そういった目的意識のもと、本論文では境界知能を包括する現状を明らかにし、定義づけの必要を論じた。最初に境界知能の定義についてまとめ、その後、境界知能の当事者および当事者家族の体験談ブログをもとに教育・福祉の分野における境界知能が直面している課題を明らかにした。次いで先行研究の検討を行った。最初に我が国における知的障害の定義の必要を論じたものを取り上げ、境界知能との関連を示した。次に制度などのハード面、境界知能の児童への指導や母子関係などのソフト面をそれぞれ論じた先行研究の比較・検討を行った。加えて当事者家族への聞き取り調査を行い、主に教育の現場の支援の実態について明らかにした。聞き取り調査では現行制度によって教員が児童に行える支援の範囲が狭まっていること、境界知能の定義が無く境界知能と推測できる指標が無いため教員と保護者の連携がうまくいかない実態があることが明らかになった。次いでそうした現状があることを踏まえ、境界知能への支援の糸口として「こども家庭センター」について紹介した。このサービスが展開されることで障害福祉サービスの限界を破る可能性を示した。最後に本論文全体を振り返り、改めて我が国における境界知能の定義の必要性を示した。また定義づけと同時に適応行動尺度算出のために障害福祉サービス、医療、教育などの現場で境界知能に関するデータ収集を行い集約することで指標作成に繋がることを示した。



Necessity of Establishing a Definition of "Boundary Intelligence" in Japan

Borderline intelligence is the intelligence that falls between the part of the intelligence quotient (IQ) that is considered average (IQ 85-115) and the part that is considered mentally retarded (IQ 70 or below) (IQ 71-84). It is said that approximately 17 million people in Japan fall into this category. The term "borderline intelligence" became known in Japanese society in Miyaguchi (2019), "Cake Uncut Delinquents. However, looking at the history of the definition of borderline intelligence, there were times when it was classified in the same way as mild intellectual disability, and at other times when it was no longer listed in the manual of mental disorders. In addition, the education and welfare systems in Japan are largely based on this manual, so the current situation is that the system does not fully encompass borderline intelligence. Borderline intelligence, like mild intellectual disability, carries the risk of coexisting secondary disorders with a high affinity for crime, and early response to borderline intelligence is essential. In order to do so, it is necessary to establish a unique definition of B-IQ in our country. With this in mind, this paper clarifies the current situation encompassing BOUNDARY INTELLIGENCE and discusses the necessity of defining it. First, we summarized the definition of borderline intelligence, and then we clarified the challenges faced by borderline intelligence in the fields of education and welfare, based on the blogs of experiences of people with borderline intelligence and their family members. Next, we reviewed previous studies. First, we discussed the need for a definition of intellectual disability in Japan, and showed its relation to borderline intelligence. Next, we compared and examined previous studies that discussed hard aspects such as the system and soft aspects such as guidance for children with borderline intelligence and the mother-child relationship. In addition, interviews were conducted with the families of the children involved, mainly to clarify the actual state of support in the field of education. The interviews revealed that the current system limits the scope of support that teachers can provide to children, and that there is no definition of borderline intelligence and no indicators that can be used to infer borderline intelligence, making it difficult for teachers and parents to cooperate well. Next, based on the current situation, the "Child and Family Center" was introduced as a clue to support for borderline intelligence. The possibility of breaking through the limitations of disability welfare services was demonstrated through the development of this service. Finally, reviewing the paper as a whole, the necessity of defining "borderline intelligence" in Japan was reiterated. In addition to the definition, we showed that data on boundary intelligence in the field of disability welfare services, medical care, and education can be collected and consolidated to create an index for the calculation of an adaptive behavior scale.


目次

1.         はじめに

2.         境界知能とは

3.         境界知能の現状と彼らが直面する課題

3-1.療育手帳を取得する際の自治体による基準の違い

3-2.境界知能の特別支援学校高等部への入学資格の違いについて

3-3.境界知能を有する家庭が特別児童扶養手当を申請する際の障壁について

4.         研究のゴールと社会的意義

5.         先行研究の比較から見る境界知能の現状と課題

5-1.境界知能の定義の変遷、各領域における境界知能の扱いなどのハード面における課題

5-2.実社会において境界知能が直面するソフト面における課題

6.         当事者への聞き取り調査

7.         支援の新たな可能性

8.         結論



1.             はじめに

境界知能とは知能指数(=IQ)で平均的とされる部分(IQ85-115)と、知的障害とされる部分(IQ70以下)の境目にあたる知能のことである。『精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders )[1]』(以下、DSM-5)および「国際疾病分類」(ICD)において境界知能は独立した疾患概念ではなく、「社会適応上の問題を生じさせ得る個人のリスク」とされている。よって日本においても明確な定義は存在していない[2]。そのため、こんにちの日本において境界知能の人々はあらゆる制度上の境界に立たされているといえる。制度上の境界とは、公共サービスを受けるにあたって地域差が存在していたり、司法の現場で公正な判断をされなかったりという不公平を生むことに繋がっている。こうした課題はすべて、我が国における境界知能の定義が曖昧であり、その曖昧な定義に準ずる形で我が国の諸制度が整備されてしまったからに他ならない。境界知能を取りこぼさないサービスを提供するためにも、我が国における境界知能の定義を定め、そこに準ずる諸制度の設定、再整備を行う必要は明白である。本研究では以上の目的意識のもと、境界知能の現状の分析と、定義の必要を示す様々な裏付けを行う。それにあたって本研究では多くの当事者からの事例収集と先行研究の比較・分析を行っている。現在、境界知能に関する研究は十分に行われているとは言えない状況にある。いっぽうでインターネット上には当事者や当事者家族が日々の経験をブログにして綴っており、それらから彼らが抱えている課題を探ることができる。よって、体験談ブログを多く取り上げ、彼らの生の意見を取り上げる。また先行研究の分析では、学術・社会制度の各分野における境界知能の位置づけを明らかにするとともに、学術面での研究の変遷とそこから導き出された課題について取り上げる。その際、当事者や当事者家族の声から浮かび上がった課題と先行研究の分析から浮かび上がった課題を照応し、課題にずれがないかの確認も行った。また当事者家族への聞き取り調査も行い、境界知能の位置づけとそれらに対する境界知能の当事者側からの見え方を確認する。最後に境界知能への支援の糸口として令和6年4月からスタートする新サービス「こども家庭センター」を紹介し、障害福祉サービスの限界を破る可能性を検討する。

以下、各章の内容についての詳細である。

2章「境界知能とは」では、先の事例紹介に向けて境界知能について簡単にまとめた。詳しい定義の検討は5章「先行研究の比較から見る境界知能の現状と課題」で行っている。2章では境界知能の行動の特徴、併存障害と反社会的行動のリスクについて紹介する。

3章「境界知能の現状と彼らが直面する課題」では、インターネット上で収集した体験談から、境界知能やその当事者家族が、境界知能の定義が曖昧であるために直面している課題は以下の3つであることを示し、それらの詳述を行った。

①            療育手帳を取得する際の自治体による基準の違い

②            特別支援学校高等部への入学資格の違い

③            境界知能および当事者家族が特別児童扶養手当を申請、給付を受ける際の自治体による基準の違い

こうした課題を実際に体験した人の声を取り上げ、我が国の制度がいかに曖昧であるか、またそれによる境界知能の抱える課題を紹介している。

4章「研究のゴールと社会的意義」では3章で取り上げたような課題が、我が国に境界知能の明確な定義が存在していないことによるものとしその問題意識を述べる。次いでこの課題を解決することの社会的意義と研究のゴールを示す。

5章「先行研究の比較から見る境界知能の現状と課題」では5つの先行研究を以下の2つの面に分類して比較・検討を行った。1つは制度などのハード面、もう1つは境界知能の児童への指導や母子関係などのソフト面である。その際、4章までで浮かび上がった境界知能にかかる定義や制度の問題に対する裏づけとなるように、現行制度などの例を豊富に取り入れつつ横断的な分析を行った。

6章「当事者への聞き取り調査」では、6章までに取り上げた課題について当事者家族への聞き取り調査を行った。そこでは主に教育現場における支援の実態が明らかになった。現在の教育現場では内申制度をはじめとした現行制度によって、支援を必要とする児童に対する支援の可能性が狭められているといえる。教育現場で支援を充実させていくためにも境界知能の定義を行うこと、またそれを裏づけるためにも知能や行動の面での指標の必要性を示した。加えて現在支援が不十分であること、支援を行う専門機関の違いについても触れ、今後障害福祉サービスの拡充は避けられないことを示した。

7章「支援の新たな可能性」では、令和6年4月より開始する「こども家庭センター」がそれまでに指摘した課題を解決し、境界知能への新たな支援に繋がる可能性を示す。「こども家庭センター」の紹介を通じ5章で先行研究により指摘されたソフト面の課題を解決し、6章の取材を通して当事者から寄せられた「障害福祉サービス」についての可能性を示した。

8章「結論」ではそれまでの事例をまとめ我が国における境界知能の定義を定めることの重要性を改めて示した。また定義を実社会で指標として用いるためにも適応行動尺度を算出する必要を示し、医療、教育、障害福祉サービスにおいて境界知能に関するデータを収集していくことの重要性を述べた。




2.             境界知能とは

境界知能とは知能指数(=IQ)で平均的とされる部分(IQ85-115)と、障害とされる部分(IQ70以下)の境目にあたる知能のことである。6章で詳述するが、以下では境界知能に関するイメージを身近に落とし込む目的で簡単な説明を行う。具体的には、はじめに境界知能に関する説明を簡単に行いその後、境界知能の行動の特徴、彼らが抱える併存障害と反社会的行動のリスクについて紹介する。

境界知能を説明する上でもっともわかりやすい概念はIQである。IQとは「知能指数」のことであり、特定の検査で算出される。それぞれの年齢別の平均は100とされており、測定の誤差は15とされている[3]。よってどの年齢層の人間もIQ85~115の範囲に収まる。IQ値は正規分布することが知られており「ベルカーブ」とも呼ばれる。(図1)

(図1[4])

図の通り、統計学上IQ70-85の人口は約14%、1700万人いると言われている。日本では、学校の30人クラスでは成績の下位5名前後が当てはまる[5]。WICSなどの知能検査による分類ではIQ70~85程度が境界域知能と判別される。境界域知能は「適応機能の低さや二次的障害の併発から不適応状態にある者が多い」とされている[6]。

一方で知能検査によるIQ70以下または75程度以下は知的発達障害とされている。『精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders )[7]』(以下、DSM-5)において知的発達障害は独立した疾患概念とされている。DSM-5をはじめとした様々なマニュアル上で境界知能の表記・扱いがどのような歴史をたどって来たかは6章で詳述するが、境界知能には国際的にもこのような定義づけや疾患概念が付与されていない。

次に境界知能の特徴について述べる。ただしここで取り上げるのは一例にすぎず、発達の程度も千差万別である。その上でケーキの切れない非行少年たち(宮口2019)では境界知能の特徴として以下を挙げている。

・感情コントロールが苦手ですぐカッとなる

・忘れ物が多い

・じっと座っていられない

・身体の使い方が不器用

・先生の注意を聞けない

・その場に応じた対応ができない

・漢字がなかなか覚えられない

・計算が苦手

(宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」2019―P.91より[8])

こうした特徴を持つ生徒は学校生活の中でも散見される。しかし通常学級では本人の努力不足として批難されることも多い。それと同時に境界知能は日常生活においても以下のような困難を抱えているといえる。

・働く環境において仕事、ものの名前が覚えられない

・数字にも弱く、レジ作業をしてもミスをする

・素早く何かをすることが苦手[9]

内閣府はユースアドバイザー養成プログラムの中で知的障害、発達障害者と比べた場合の境界知能が抱える脆弱さと懸念を以下のように示している。「境界知能の知的水準の若者はストレスへの脆弱性が強い(=ストレス耐性が弱い)ことで知られており,軽度知的障害の若者に対する場合と共通の配慮が求められる場合が多い。いうまでもなく境界知能は障害とは見なされないが,境界知能の自信の失いやすさと心の傷つきやすさについては若者の相談に乗る立場にある者は十分承知していなければならない。」以上から分かるように境界知能に対しても、知的障害・発達障害と同様の配慮が求められるといえる。そのためにも定義を定め、それに準じた支援・制度の整備が必要だといえる。

また「知的障害と発達障害を考えるとき,忘れてならないことはこれらの障害が併存障害(合併している他の精神障害)を多彩に持つことである」とし、併存障害のリスクについても指摘している。「併存障害のうち特に若者の年代で見出されるものとしては反社会的行動(しばしば犯罪行為)を繰り返す行為障害(中略)気分障害などが比較的よく出会う併存障害である。[10]」としている。加えて反社会的行動については中村ら(2016)が示すように、犯罪との親和性の高い素行障害の発症リスクも指摘されており早期の治療的な介入が必要とされている。宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」内でも取り上げられているように、少年院にやって来る犯罪歴のある児童は境界知能である場合が多く、併存障害として素行障害をもち反社会的行動に走ることも想定される。以上で示した通り、境界知能はあらゆる疾患リスクを抱えており、それらが顕在化する前の若年期からの支援が肝要である。

ここまで境界知能に関する説明、特徴、併存障害と反社会的行動のリスクと若年期からの支援の必要について述べた。次章ではそれらを前提とした上で、境界知能が社会において直面している課題について、当事者らの体験談をもとにまとめる。


3.             境界知能の現状と彼らが直面する課題

本章では境界知能が社会において直面している課題について紹介を行う。

境界知能に関する先行研究は他の知的発達障害分野に比べて極めて少ない。一方でインターネット上では当事者や当事者家族がネット上で自身らの体験について日記をつける様子は散見される。こうした当事者の生の声は研究をしていくにあたって参考にできる点が非常に多い。よって本論文では先行研究が少ない代わりに当事者の声を大いに取り入れることで進行する形式をとる。ブログ、SNS上で発信されている日々の生活や行政・制度への所感について取り上げることでより実際に近い社会課題の抽出を行うことを目的とする。なお先行研究の検討、現状の課題との比較は4章で行う。

インターネット上で収集した体験談から、境界知能やその当事者家族が抱える課題は以下の3つにまとめることができる。

①    療育手帳を取得する際の自治体による基準の違い

②    特別支援学校高等部への入学資格の違い

③境界知能および当事者家族が特別児童扶養手当を申請、給付を受ける際の自治体による基準の違い

本章ではこれらに対し、実際に課題だと発信しているインターネット上の体験談ブログを取り上げ詳しく紹介する。


3-1.療育手帳を取得する際の自治体による基準の違い

では療育手帳の概要、境界知能およびその家庭が療育手帳取得を決断する理由と取得した場合のメリット、取得に際しての障壁について実例を取り上げて述べる。

療育手帳とは児童相談所又は知的障害者更生相談所において、知的障害があると判定された場合に交付される手帳である。療育手帳を所持していることにより障害者総合支援法に基づく障害福祉サービスや、各自治体や民間事業者が提供するサービスを受けることが可能になる[11]。加えて療育手帳は自身の障害への証明になるだけでなく、「障害者求人」への応募や公共料金の割引、助成金制度、税金の軽減なども受けることを可能にする[12]。しかし療育手帳の交付について厚生労働省は、その基準を自治体に一任するとしておりそれにより地域ごとの差が生じている。

そこで次に境界知能の家庭に焦点を当て実際に起きた療育手帳取得に関する体験談を紹介する。

最初に療育手帳取得を検討する家庭の例を取り上げる。

・もののかほりさん

・息子さん(小学校1年)がIQ85と診断

・検査において言語理解分野が平均から著しく低いことが判明。

そうした結果が現れている上で執筆者は息子さんの特徴についてこう記している。

・人より勉強しないと漢字テストで100点はとれない

・長い文章を耳で聞いて聞き返すことが多い

・会話がワンテンポ遅い

・文章題を除く算数はできる

・学校において特別支援教室を利用[13]

これらの現状に加え、学校での加配(加配制度:他の児童と同様に学校で生活を送ることが難しい児童に大人が付き生活をサポートする制度[14]。自治体によって加配にあたる教員数には差がある[15])、経済的支援、特別児童扶養手当の申請を行うため療育手帳の取得を検討している[16]。

次に療育手帳の交付基準の自治体差を指摘する声を取り上げる。

自治体の多くは知的障がいに認定されるIQの基準にばらつきがあります。                                                                IQ70-IQ75は自治体により曖昧なのが現状。

ばらつきがある分、境界知能で療育手帳取得に差が生まれます。

判定基準がIQ70の自治体もあればIQ75の自治体もあります。

判定基準により境界知能で取得できる地域もあれば、取得できない地域も存在するのです。

IQ基準のばらつきが境界知能の方が「療育手帳を取れるのかな」などの不安を煽る要素でもあります[17]。

次のブログでは自治体ごとの療育手帳取得条件の違いについて取り上げている。

【東京都の場合】

東京都では、IQ70~75の境界知能の方は療育手帳(愛の手帳)を取得できる可能性が十分にありますが、IQ76~84の境界知能の子は難しいと言えます。

【愛媛県の場合】

愛媛県の場合は、どうやら「IQ76~84の境界知能の子」でも発達障害の程度によって療育手帳を取得できる可能性があるようです。

知能指数が高い自閉症などの発達障害児については、療育手帳が交付される地域とされない地域があるということです[18]。

この療育手帳の審査基準が自治体によって異なる、という事例に対する意見は他のブログでも散見される。療育手帳は全国共通の制度にもかかわらず自治体によって同じような発達でも交付されない可能性が高い。全国共通の制度であるはずの療育手帳の交付基準が自治体によって異なっていることは、境界知能の定義が曖昧であるために発生している問題だといえる。


3-2.境界知能の特別支援学校高等部への入学資格の違いについて

本節では、はじめに特別支援学校および高等部の概要、特別支援学級との違いについて説明した。次に特別支援学校の受験資格に関する地域差・学校差について取り上げた。なお本節では境界知能を知的障害に分類した上で、上記の事例の紹介を行う。

はじめに特別支援学校および特別支援学校高等部について説明する。特別支援学校について文部科学省は「障害のある幼児児童に対して、幼稚園、小学校、中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする学校」としている。対象障害種に関しては「視覚障害者、聴覚障害者、知的障害者、肢体不自由者又は病弱者(身体虚弱者を含む。)」[19]としている。要綱からもわかる通り境界知能は含まれていない。また高等部における教育目標を

1.               学校教育法第51条(高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達及び進路に応じて、高度な普通教育及び専門教育を施すことを目的とする[20])に規定する高等学校教育の目標

2.               生徒の障害に依る学習上又は生活上の困難を改善・克服し自立を図るために必要な知識、技能、態度及び習慣を養うこと。[21]

としている。特別支援学校に入学するメリットとしては各クラスが少人数制でかつ専門的な知識をもった教員のもと指導を受けられることが挙げられる。また職員からは医療的なケアも受けることが可能であり、定型発達の児童が通う学校の支援級に比べ医療も含めた手厚いサービスが受けられることがメリットである。一方で定型発達の児童とのかかわりが極端に減るため家族以外との社会的かかわりが減ることがデメリットとして挙げられる。特別支援学級との違いは特別支援学校と違い入級する児童の基準の有無である。しかし特別支援学級も特別支援学校と同様に障害による学習上や生活上の困難を克服する為の教育を目的としている。必要に応じて通常級とは異なる指導を行い、障害や個々の特性に合わせた学習指導を行っている[22]。

次に上述の特徴をもつ特別支援学校高等部の在籍者および境界知能の在籍数を取り上げる。各特別支援学校の児童生徒数・学校数の推移を見てみると令和2年度は総在籍者数が196,281名、うち知的障害が各障害の中で最も多い133,308名となっていた。 (図3[23])

(図3)

また文部科学省の調査による特別支援学校および高等部の在籍者数の推移を見ても年々増えていることがわかる。(図2)

(図2[24])

加えて平成21年度全国特別支援学校知的障害教育校長会研究大会の情報交換資料における療育手帳種別による児童生徒の構成比からは、小中学部と比較すると、高等部において手帳無し(7%)やあ軽度(28%)が明らかに多くなっていることがわかる[25]。(図4)

(図4)

令和2年度は全国に1,505校の特別支援学校高があり、最も多い学校は知的障害を対象とした学校であることがわかっている[26]。

次に特別支援学校高等部への入学資格の地域差・学校差の具体的な事例について紹介する。境界知能の当事者およびその周辺家庭においては特別支援学校高等部への入学を希望している場合もある。文部科学省は「特別支援学校・特別支援学級・通級における指導の対象となる障害の種類及び程度」の中で知的障害について

一 知的発達の遅滞があり、他人との意思疎通が困難で日常生活を営むのに頻繁に援助を必要とする程度のもの

二 知的発達の遅滞の程度が前号に掲げる程度に達しないもののうち、社会生活への適応が著しく困難なもの[27]

としている。また特別支援学校を含む障害のある児童生徒の就学先決定について、市町村教育委員会が個々の障害の状態などを踏まえ、総合的な観点から就学先を決定する仕組みとしている。よって現在、各自治体の特別支援学校の入学資格において明確な基準が存在しているとはいえない状況にある。以下では体験談ブログで特別支援学校高等部の入学資格の地域差について取り上げている事例を紹介する。

このブログではIQ78の境界知能の息子さんとの日常が綴られている。その中の高校受験に関する体験談を取り上げる。執筆者の知り合いの方が特別支援学校高等部を志望していたものの、その後志望校を特別支援学校ではない高校に変えた件について、その理由が判明した際の記事である。

『Hくん=特別支援学校高等部を第一志望にしていた児童

・Hくんは療育手帳持ちで、手帳があれば支援学校に入学できます

でも、

・私たちの近くの高等特別支援学校は、療育手帳必須・知的障害がない子は入学できません

そして、

・私たちの自治体は、IQ75以上でも発達障害ありならば療育手帳が持てます(数値に上限あり)

つまり、Hくんは

療育手帳持ちだけれど、IQは75以上ある

全国的には75以上ならば知的障害とは認められない

      ↓

知的障害がないから、

高等特別支援学校の受験資格がない。


私「え、うちの息子も75以上あって手帳持ちなんだけど、じゃあもし息子がHくんみたいに高等特別支援学校を希望してたら、やっぱり断られたってこと⁉」

Hくんママ「うん、きっと」

私「え、でもそんな大事なこと、中学から聞いてなかったよね⁇

 中学の先生たちも知らなかったってこと⁇」

Hくんママ「うん、先生に謝られたよ

 あの高等特別支援学校、できてまだ数年の新しい学校でしょ?

 だから先生たちも知らなかったみたい涙」[28]

上記の事例を整理すると

・療育手帳を持つIQ75以上の少年が特別高等支援学校に入学しようとすると、その学校の入学資格が無いと断られた。

・その理由として入学資格に該当するには療育手帳の所持が必須で知的障害がある必要があるからである。

よって、新しい学校や自治体によっては療育手帳を取得しているだけではなくIQの面でも知的障害に分類される発達の程度でなければ入学できないことになる。またその地域の教員ですら知らないこともあり、地域や学校による差がどこまで開いているのかも不透明だといえる。この事例の根底には療育手帳取得基準が定まっていないだけでなく、地域や学校の認識の違いがあることが挙げられる。こうした事例を少なくしていくためにも、境界知能の定義を明確にし、誰もがわかる規準を定めることが必要だといえる。


3-3.境界知能を有する家庭が特別児童扶養手当を申請する際の障壁について

本節では特別児童扶養手当の概要について説明したのちに、該当手当取得にかかる地域差について指摘した体験談ブログを取り上げ、その問題点について述べる。

特別児童扶養手当とは精神または身体に障害を有する児童について手当を支給し児童の福祉の増進を図ることが目的とされた手当である。対象者は

①    療育手帳A・B判定程度の方

②    身体障害者手帳1~4級程度の方

③    発達障害やてんかんなど精神の障害があり、上記と同程度の常時介護が必要な方

④    血液などの疾病があり、上記と同程度の常時介護が必要な方

となっており、給付申請は住所地の市区町村の窓口で行う必要がある[29]。

しかしこれも療育手帳同様各自治体に審査基準が一任されており、自治体ごとの差が指摘されている。その根拠として児特定童扶養手当認定の可否は嘱託医による診断の違いが挙げられる。以下、経験談を自身のブログに挙げている方を取り上げる。

私の地域は「北海道ではガンガンみんな通ってたけど、ここに引っ越してきたら、うちの子より全然障害の程度が重そうな子でも通ってない」とママ友が評している地域。

よって…うちの息子も落ちました…。

予想はしていましたが、地域差に改めて愕然としつつ、むしろ北海道がおかしすぎるのか…?とも。

行政には、全国的に統一された基準で審査が行われることを期待しています!!

この事例では

2019年度以前の申請の却下率を見ると横浜市は63.5%、千葉市は39.7%、宮崎県は26.2%であった。一方で秋田県は0%、岩手県も0.2%と地域により大きな違いがあることがわかる[30]。

ここまで3節に分けて境界知能が直面する課題について取り上げてきた。これらからわかるように、境界知能の定義が曖昧である以上、各自治体に様々な判断を一任しても地域差が広がるだけである。それらは境界知能を制度から取りこぼし、社会的排除につながる。現状を変えるためにも、境界知能の定義の必要を強く勧める。


1~4まで載せました。これを上としましょう。
次、中ではその先を載せます。
では、続く。


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