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ストーカー【読み切り短編】


 いつきは誠実で真面目な性格の若者だった。遠く田舎から都会の転勤先にやって来た彼は、馴染みのない街並みに、孤独感が募る日々を送っていた。でも田舎とは違い、都会の街には彼がこれまで経験したことのない魅力が溢れていた。華やかな雰囲気が漂い、一人佇む樹の前を、派手なメイクの女性がすり抜けていった。
「ついて来ませんか?」
 女性の誘いに、つい先導されるままに歩みを進めた。眩しいネオンがきらめく歓楽街から離れ、暗い路地裏に入った。
 女性は謎めいた魅力を持っていて、樹は一瞬でその魅力に心を奪われた。

 彼はまだ女性を知らず、向き合うと緊張してしまい、まともに話すことさえ難しいほどで、目を合わせることすらためらってしまう。それほどうぶだった。

  彼女には秘密があり、樹はその秘密を知ることになる。

「私は華怜かれん。あなたは?」
「ぼっ、僕はいつき。宜しく」
「あなたには、私の姿が見えるのね?」
「えっ! どういうこと⁉」
 華怜は自分が殺害されたことを打ち明け、遺体がどこかに埋められていると告げた。

 華怜の話に困惑する樹だったが、彼女の真剣な表情に心を揺さぶられた。 彼女は生前、ストーカーに悩まされていたことを明かす。でもそのストーカーが犯人かどうかは分からないと言った。
警察には取り合ってもらえず、樹は、途方に暮れる。華怜の母親も既に他界していて、頼る人は誰もいなかった。
「遺体は山の中にあるの」
 彼女は断片的な記憶をたどりながら語る。樹はその情報を元に山に向かうことにした。彼女と一緒に車に乗り込み、捜査を開始する。
 しかし、手がかりは掴めないまま、やむなく断念せざるを得なかった。 その後、樹は何度も警察署を訪れ、華怜の話を伝えた。

***



 彼の努力が実り、遂に警察は本格的な捜索を開始すること決めた。でも華怜の遺体が発見されることは、彼女との別れを意味していた。
 いつき華怜かれんは、異なる存在でありながら、お互いを意識し合っていた。
 樹は華怜という存在に出会ったとき、心も体も癒されるような感覚を覚えた。華怜もまた、樹の存在が自分を癒してくれる唯一の存在であると感じていた。彼の記憶のどこかで彼女の面影がぼんやりと蘇ってくる。

 華怜の遺体が発見されるまでという限られた時間の中でしか続かない運命。樹は別れの日が訪れることを恐れた。

 そして遂に、別れの時がやってきた。華怜の遺体は寂しい山の奥で発見された。犯人の逮捕には至っていない。二人は最後の時間を共に過ごし、お互いの気持ちを確かめ合った。別れの時が近づく中、樹は華怜に対して、
「君がいなくなっても、僕の心の中には、いつまでも君が生き続ける」
 樹は華怜に告げた。華怜もまた、樹に対して、
「私もいつまでもあなたの心で生き続ける」
 そう応えた。そして、別れの時が訪れた。
 樹は華怜の姿が消えるのを見届け、深い悲しみに包まれたが、同時に華怜との思い出と、古い記憶の中に、彼女の存在を見つけた。

 樹と華怜のつながり、二人を結びつける証拠が明らかになる。樹は、幼い頃に交わした約束を思い出していた。
「絶対、また来てね」
「うん、また遊びに来る」
 樹は実家のアルバムを開いて、幼い頃の写真を発見する。そこには幼い頃の華怜の姿が映っていた。樹の記憶が繋がり、過去の出会いを完全に思い出した。
「あの時、約束したよね」
 樹は心の中で華怜にささやいた。そして華怜も心の中で静かに微笑んでいた。
 樹は華怜との別れを乗り越え、彼女の思い出を大切にしながら、人生を歩んでゆく。

 さて、犯人は何処に消えたのか? 犯人は、側にいるかもしれない。

 

 










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