鏡の森のアリス
1.殿さまバッタ
少女のアリスは退屈していた。彼女は草の上に寝転がり、雲が流れるのをぼんやりと眺めていた。そのとき、アリスの目の前を白いバッタが車輪のように回りながら通り過ぎた。白いバッタは時計を取り出し、何かをつぶやきながら急いでいる。
「もう時間がない! どうしよう…」
すると、森から時計が飛び出して叫んだ。
「ここにいるよ! 時間ならあるさ、ポッポー」
白いバッタが草むらの中に消えると、アリスもその後を追いかけた。
白いバッタを追いかけているうちに、ばったりと、殿さまバッタが引く馬車に出くわした。殿さまバッタはまるで王様のように振る舞っていた。
「おや、お嬢さん。バッタバタし、とーるね?」
殿さまバッタが言った。
「白いバッタを追いかけているんです。彼がどこに行くのか知りたくて」
「ふむ、それなら私の馬車に乗って行くといい。白いバッタはいつも不思議な場所に行くものだかーら」
アリスは馬車に乗ろうとしたが、彼女の体は大きすぎて馬車に収まらない。困ったアリスはどうしたらいいか考えた。
そのとき、アリスの目に小さな瓶が映った。瓶には『飲んでみーる』と書かれたラベルが貼ってあった。アリスは思い切って瓶の中身を舐めてみた。すると、たちまちアリスの体が小さくなった。今度は馬車にすっぽりと収まることができた。
2.逆さまバッタ
馬車で進んでいくと、逆さまに言葉を話すバッタに出会った。
「すいまわせん、こんはんば!」
「え? こんばんは? まだ昼間ですよ」
「ょうこそいらっ、ですましおはよう!」
「逆さま言葉って、変なの…」
アリスは混乱しつつ、逆さまバッタの案内で次の場所に進むことになった。彼に導かれて、アリスは奇妙な森にたどり着いた。木々は逆さまに生えていて、空には逆さまの家が浮かんでいる。
「この世界では、みんな逆さまなのね」
アリスはつぶやいた。
「アリスさん、ここでは考え方も逆さまにしないと、うまく進めませんよ」
逆さまバッタが言った。
「どういうことですか?」
アリスは尋ねた。
「例えば、前に進みたいなら、後ろに歩くんです」
アリスは試しに後ろ向きに歩いてみた。すると、不思議なことに、前に進むことができた。
「わあ、本当に進んでる!」
アリスは歓声を上げた。
森の中を進んでいくと、逆さまの小川が流れているのを見つけた。水は上から下へではなく、下から上へ流れている。
「この小川を渡るにはどうしたらいいのかしら?」
アリスは逆さまバッタに尋ねた。
「簡単です。普通に泳げば、逆さまの流れに乗って渡れますよ」
アリスは恐る恐る小川に入った。逆さまの流れに逆らうことなく、無事に向こう岸にたどり着いた。
「逆さまの世界も、悪くないわね」
アリスは笑顔で言った。
3.ネコのキャロット
奇妙な森を抜けると、アリスは美しい花畑にたどり着いた。花々は鮮やかな色彩で咲き誇り、風に揺れるたびに甘い香りが漂ってくる。
「ここは素敵な場所ね。でも、何かが違う気がする…」
アリスは感じた。
その時、花の間から一匹のネコが現れた。ネコは輝くような毛並みを持ち、その瞳は満月だった。
「こんにちは、アリスさん」
ネコが話しかけてきた。
「こんにちは、あなたは誰?」
アリスは尋ねた。
「私はネコのキャロット。ここで花たちの世話をしているんです」
キャロットは優雅にお辞儀をした。
「花たちの世話? それは大変そうね」
アリスは感心した。
「ええ、でも花たちはとても優しいんですよ。ところで、アリスさん、あなたはどこに向かっているんですか?」
キャロットが尋ねた。
「実は、この逆さまの世界を探検しているの。次はどこへ行けばいいのかしら?」
アリスは答えた。
「それなら、ここから少し進むと、月の水たまりがあります。そこには月に生息する不思議な生き物たちがたくさんいますよ」
キャロットが教えてくれた。
「月の水たまり? それは面白そう!」
アリスは期待に胸を膨らませた。
「でも注意してくださいね。月の生き物たちは独特なルールで生きていますから」
キャロットは微笑んだ。
アリスはキャロットにお礼を言い、月の水たまりに向かって歩き始めた。途中、花畑の花々がアリスに手を振るように揺れているのを見て、彼女は心が温かくなるのを感じた。
4.月の水たまり
アリスは美しい花畑を後にし、キャロットが教えてくれた月の水たまりに向かって歩き続けた。道中、いろんな逆さまの風景を楽しみながら進んでいくと、やがて水たまりが見えてきた。水たまりは透明で、空に向かって流れ出しているように見える。アリスはその不思議な光景に目を奪われた。
「ここが月の水たまりなのね」
アリスはつぶやいた。
ほとりにたどり着いたアリスが水たまりを覗き込んでいると、水中から大きな泡がポコポコと浮かび上がり、その時、水たまりが突然話し始めた。
「元気出して! あなたのことを応援しているわ!」
アリスは驚いて後ずさりしたが、その言葉に少し勇気をもらった。すると、近くで頭をひねっているバッタが見えた。彼は良いアイデアが浮かぶと言われ、本当に頭をひねってしまっていた。
「ああ、これで何か良いアイデアが浮かぶはずなんだが…」
「それは違う意味だと思いますよ」
アリスは笑って答えた。
その隣でバッタは月を掃除しているようだった。
「月がきれいですね、と言われたから掃除しているんです」
バッタが説明した。
「そ、それは比喩なんですけど…」
アリスは困惑しながら答えた。
「ヒュー、うまくいかないな…」
バッタはため息をついた。
「でも、あなたの努力は素晴らしいと思いますよ」
アリスはバッタに微笑みかけ、励ました。
「ありがとう! 君もこの世界を楽しんでね」
バッタは嬉しそうに跳ねて答えた。
アリスはバッタに別れを告げ、再び月の水たまりを見つめた。
5.白いバッタ
アリスが森の中を歩いていると、突然、白いバッタが彼女の前に現れた。驚いたアリスは、追いかけてきた白いバッタを目で追った。
「なんて奇妙な生き物なの!」
アリスは目を見張った。
白いバッタは、実は車輪のついた芋虫だった。その車輪はクルクルと回り、まるで小さな自動車のようにスムーズに動いていた。
「いったい、あなたは何者なの?」
アリスが問いかけると、白いバッタはピタリと止まり、答えた。
「僕はただの芋虫さ。でも、もうすぐ変わるんだ」
その瞬間、白いバッタはまるで魔法のように変身を始めた。車輪は外れ、芋虫は繭を作り始めた。そして、短い時間が過ぎると、美しい鳥が繭から現れた。
「わぁ、なんて綺麗な鳥なの!」
アリスは感嘆の声を上げた。
「僕の名前はピーコロ。おかげで、鳥になれた」
彼は優雅に飛びながら答えた。
するとドラムロールが流れ、コオロギたちが登場し、盛大にオーケストラを始めた。美しい音楽が響き渡り、アリスはその不思議な世界に魅了された。
「アリスさん、僕の背中に乗りたまえ」
ピーコロはそう言い、アリスを背中に乗せて大空へと飛び立った。しかし、飛んでいる間にアリスの体が大きくなり始めた。さっきまで背中に乗れるくらい大きかった鳥が、今度は小鳥のように小さくなった。
「これは夢なのかしら?」
アリスは自問自答したが、彼女の心には冒険の記憶が鮮明に残っていた。
目を覚ますと、彼女の手には小さな白い羽が握られていた。
「夢ではなくて、あの世界は確かにあるんだわ」
アリスは微笑んだ。
(おわり)
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