瘤の呪縛と悪魔の影 #1


選ばれし者


 静かな村のはずれに、男は足を踏み入れた。彼は杖を頼りに一歩一歩進んでいた。背中は異様に丸く膨らみ、腰は苦しげに折れ曲がっている。村人たちは、その奇妙な容姿を見て嘲笑を浮かべ、遠巻きに男を避けた。
 村は小さく、まるで古代からの秘密を守っているかのような静けさに包まれていた。
「旅人よ、少し立ち寄りなされ」
 男は声のするほうに向き直った。そこには目を閉じて、座っている老婆の姿があった。彼女は盲目であるにも関わらず、彼の存在を感じ取っていた。
 男はゆっくりと老婆に近づいた。
「よう来たな、わしはリリスじゃ。この村の者ではないが、あんたが来るのをずっと待っておったんじゃ!」
 彼女の声は暖かく感じられた。
「どうして私のことがわかるのですか?」
 男は不思議そうに尋ねた。
「心の目で見ておるのじゃ。あんたの苦しみも、運命もな!」
 リリスは微笑んだが、男の背中を指し示した。
「その瘤から邪気を感じる!」
 男は息を呑んだ。
「この瘤は…やはり…」
「んー、こんなとこで立ち話もなんじゃ、少し休んでいきなされ」
 男は一瞬ためらったが、リリスの言葉に従うことにした。
 リリスは彼を案内し、狭い路地を抜けていった。道すがら、村人たちは好奇の目を向けていたが、リリスの存在に気づくとすぐに目を逸らした。
 やがて、古い石造りの小さな家に辿り着いた。リリスは扉を開け、中に男を招き入れた。部屋の中は温かく、暖炉の火が柔らかな明かりを灯していた。
「さぁ、ここに座りなされ」
 リリスは男を暖炉のそばに座らせた。
 男が腰を下ろすと、リリスは静かに語り始めた。
「あんたの左右の手首、そして足首に浮かぶアザがあるじゃろ」
 男の手と足には、深い傷跡が刻まれていた。そのアザは古代から伝わる神聖な者たちのみ現れるものであり、彼が特別な存在であることを示していた。
「このアザ?」
 男は小さく頷いた。
「それこそ、選ばれし者の証じゃ」
「選ばれし者?」
 男は戸惑いを隠せずにいた。リリスは男の背中を指さし、悩ましげに目を細めた。
「瘤のことは予言になかった? 恐らくは聖痕から入り込んで、なにやら悪さをしとるんじゃろう」
「聖痕?」
 男は首を傾げた。
「その瘤はやがて、惨事を招くじゃろう。今のうちに、取り除かねばならん」
「と、取れるのかい?」
「ふむ、わしを誰じゃと思っておる」
 リリスは棚から古びた本を取り出し、ページをめくり始めた。
「この呪文を使うのは久しぶりじゃ。少し時間がかかるかもしれんが…その覚悟はあるかのう?」
 リリスは男に向かって声をかけた。男は納得したように、信頼の眼差しを向けた。
「あぁ、是非頼む!」
  リリスは頷き、本を開いたまま、手を男の背中にかざした。静かに目を閉じ、深く呼吸をしながら、低い声で呪文を唱え始めた。
「ラカサム・エル・アラカム、タリス・ノル・カリス…」
 呪文の言葉が部屋の空気を震わせ、暖炉の炎が一瞬揺れた。男は不安と期待が入り混じった表情でリリスを見つめた。リリスの声が次第に力強くなり、その手から柔らかな光が溢れ出した。
「カリス・ノル・ラカサム、エル・アラカム…」
 光は男の背中に吸い込まれ、瘤の周りを包み込んだ。しかし、その瞬間、リリスの顔に一瞬の不安が走った。彼女の手から放たれる光が不規則に揺れ始め、突然激しい痛みが男の体を襲った。
「うっ!」
 男は苦痛に顔を歪め、体をよじらせた。


つづく
 

 



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