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算数教育の読書 覚書き 上垣渉:著『開拓者藤沢利喜太郎と改革者遠山啓 日本の数学教育をつくった二大巨人』

上垣渉は多くの数学の啓蒙書を書いているベテラン数学者である。
遠山啓が始めた数学教育協会(通称 数教協(スウキョウキョウ))の古参メンバーでもある。
だから遠山について書くのは当然だと言う気もするが、上垣の年齢からすれば、お蔵出しという印象。

遠山啓は藤沢利喜太郎を「数え主義」として批判している。
遠山啓は戦前の算数教科書である「黒表紙教科書」と「緑教科書」を「数え主義」あるいは「量を無視している」として批判している。
上垣がスウキョウキョウのメンバーでもあるから当然、遠山啓の算数教育の歴史観の強い影響を受けている。
『開拓者・・・』のほぼ半分のページで分数について教育方法についての検証している。
そしてスウキョウキョウ独自の「量の理論」の用語が多用されている。
内包量、外延量などなど
だからスウキョウキョウの「量の理論」に対する批判は全く無い。
悪く言えばスウキョウキョウ信者が書いた算数教育の歴史書と言える。
SNSでは「小学校の掛け算の順序(逆順は意味が違う理論)が有名だけど、この本では全く出てこない。

『開拓者・・・』は分数教育について書いてある本

この本は全部で5章から出来ているけれど、第3章と第4章(全部で約90ページ)は分数教育についてである。
第5章も後半で分数教育について熱く語っている(169ページ〜177ページ)。
『開拓者・・・』では藤沢利喜太郎だけじゃなく和田義信が遠山啓のライバル的な存在として重要な役割を担っている。
文部省の系譜として寺尾寿→藤沢利喜太郎→塩野直道(『緑表紙表紙教科書』)→和田義信(占領期)を描いてもいいはずだけど、なぜか塩野直道は無視されている。

上垣の書いた図では藤沢と和田はクロネッカーの系譜を受け継ぐ流派として位置づけられている。
しかし藤沢と和田は2人ともクロネッカーの系譜でありながら別の流派として位置づけ(112ページ〜113ページ)。

■ 『開拓者・・・』は不親切な本と思える点が幾つかある。


『開拓者・・・』を読んで思うのは、もっと「注」があってもいいはず。


上垣は『数学教育史 上下巻』(風間書房)という分厚い歴史書出している。
序文にも書いてあるが、『開拓者藤沢利喜太郎と改革者遠山啓』は『数学教育史』を書いたことで誕生した本である。
しかし『数学教育史』と『開拓者・・・』との関係について書いていない。
だから『数学教育史』と『開拓者・・・』との対応関係については読者が勝手に考える必要がある。

『開拓者・・・』は先行研究の名前を出さない。
例 1 小島寛之

例えば藤沢利喜太郎VS遠山啓という構図の分析は既に小島寛之が書いている。
小島は上垣と同じくスウキョウキョウのメンバーだけど上垣よりも若い。
しかし『開拓者・・・』では小島寛之の名前は出てこない。
小島は藤沢と遠山との対比した分析をしている。
参考 『数学でつまずくのはなぜか』(講談社現代新書)

和田義信の「藤沢利喜太郎」批判を無視している

『開拓者・・・』では藤沢利喜太郎が前任者である寺尾寿を意識していることを重視している。
寺尾寿 VS 藤沢利喜太郎の分析は和田義信が既に書いている。
『開拓者・・・』は和田を重視しているし、『数学教育史 上下巻』(風間書房)では文部省代表として占領軍と交渉した和田の業績について多くのページを割いている。
しかし和田の「寺尾寿 VS 藤沢利喜太郎」分析には触れない。

『緑表紙教科書』について

遠山啓は『黒表紙教科書』と『緑表紙教科書』をまとめて批判しているけれど、『開拓者・・・』は『黒表紙教科書』のみ。
『開拓者・・・』では『緑表紙』と『緑表紙』の責任者である塩野直道は序文でその他大勢として軽く触れているだけ。
『数学教育史 上下巻』(風間書房)では『緑表紙教科書』と塩野直道が遠山啓にとって難敵であることが詳しく書かれている。

小倉金之助について

数学教育に関しては小倉金之助という先駆者がいる。
遠山啓も大きな影響を受けている。
『数学教育史 上下巻』(風間書房)では小倉金之助について詳しく書いているけれど、『開拓者・・・』ではほんの数行だけだし、文脈もよくわからない。
なぜ『開拓者・・・』に小倉金之助の名前が出す理由が不明。

遠山啓を批判している箇所

『数学教育史 上下巻』(風間書房)は藤沢利喜太郎VSと遠山啓という構図の本ではあるけれど、遠山啓の描いた明治維新以降の算数教育の歴史に沿っている。
しかし遠山啓の歴史観に無批判というわけではなく、資料を元に修正を加えている。
例えば藤沢利喜太郎は「数え主義」だけれど、『黒表紙教科書』は「数え主義」ではないと分析している。
『黒表紙』は藤沢利喜太郎の数学思想を再現しているわけではなく、類似だと喝破。
『開拓者・・・』の最後では、藤沢利喜太郎と遠山啓の方法はどちらも偏りがあるとして、どちらでもない第3の道を期待して終わっている(「あとがき」)。

『開拓者・・・』を読んだ結論

この本は遠山啓の本では詳しく展開されていなかった「藤沢利喜太郎についての分析」が、遠山啓史観を使って丁寧に分析されている。
特に「藤沢利喜太郎の数え主義と量の放逐」が丁寧に調査されている。

遠山啓がライバル視した先駆者は、藤沢利喜太郎や和田義信以外にも、塩野直道や菊池大麓がいる。
『数学教育史 上下巻』(風間書房)では塩野直道や菊池大麓についても多くのページが割かれているので、『数学教育史 上下巻』を読まないと、必要なパーツが足りないパズルと解かされている気分になる。

遠山啓の伝記としては2017年に太郎次郎社エディタスから友兼清治が『遠山啓 行動する数楽者の思想と仕事』を出している。


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