加藤節雄のデボン通信

005 ブルーベルの森

 我が家の庭に先にある小川に架かる橋を越えて羊のいるメドーを更に超えて行くと裏山に出る。山と言っても丘のようなもので、ここは森になっており、細いフットパス(遊歩道)が通っている。この森はダートムア国立公園一部であり、森のメンテナンスは国立公園事務所が管理している。管理と言っても別に建物が建っているわけでもなく、危ない場所があるわけでもないので、時々倒れた木の片付けとか小径に生い茂るシダやブラックベリーの整理ぐらいで、あとは放ったらかしのままである。
 
 この放ったらかしの自然さがいかにもイギリスらしく、手入れをしていないようでいて、ちゃんと管理されているのである。この一見ワイルドのような森も、国立公園の一部として整理されており、誰でも歩けるようになっているのだが、ここはダートムア国立公園の中でも外れに当たり、観光客が訪れることもなく、この森は我が家のある14軒の村落の占有地と言っても良いくらいだ。他人が誰も来ないこんな素晴らしい森があるのもこの部落の素晴らしい特典である。
 

大きな岩がゴロゴロある


 デボン全体がそうであるのだが、数百万年前にここは火山で、大きな岩が噴火とともに飛び散った。今でも2階建てのバスぐらいの大きさの岩が森の中にごろごろ転がっている。ダートムアにはあちこちに石切り場があり、ビクトリア時代にはここから切り出した花崗岩が英国各地に搬送され建物や橋の建築に供された。旧ロンドン・ブリッジもダートムアの花崗岩で作られた。
 
 四季折々にこの森を歩くのは楽しい。ここは雑木林であり、いろいろな種類の大木が所狭しと生えている。樫やブナはもちろん、松や杉、その他背のひょろ高い桜(山桜?)の木もあちこちにある。ここには野生の鹿が棲んでおり、時々その姿を見かける。また、ほとんど見かけないが、キツネやバジャー(あなぐま)、ウィーゼル(いたち)もいるそうである。野鳥も豊富でバードウォッチング愛好家には持って来いの場所でもある。大きな鳥ではレイベン(大鴉)、バザード(ノスリ)、フクロウ等がいる。私も散歩のたびに双眼鏡を持って行くのだが、シジュウカラやキツツキ、ロビン、レン、ブラックバード等は識別出来るが、渡り鳥やホオジロ類の鳥はなかなか識別が難しい。
 

木漏れ日に映えるブルーベルの森


 この森の圧巻は5月のブルーベルの季節である。森全体に淡い水色のブルーベルの花が咲き誇り、あたかも森全体に水を張ったような様相を呈する。アン・ブロンテを始め多くのイギリスの詩人がブルーベルの詩を書いている。いずれも静かな森に可憐に咲くブルーベルの花を妖精に例え、その美しさを称えている。ブルーベルの花言葉は「謙遜」だそうである。イギリス人にとってブルーベルの花は日本人にとって桜の花と同じような感情があり、ブルーベルの花が咲く時期になると心がそわそわと落ち着かなくなり、そして花を見ることにより、本格的な春の訪れを祝うのである。
 

一面に青紫色になるダートムアのハウンド・トー付近

 デボンにはブルーベルの名所がたくさんある。ナショナル・トラストや貴族の館の庭にも咲き誇るし、ダートムアの中には草原一面に渡ってブルーベルが咲き乱れ、辺り一帯が青紫色になるところもある。しかし、私にとっては我が家の裏山の様に、森の中の日陰にひっそりと静かに咲き競い、葉の間から所々射す木漏れ日に映える淡い光を放つブルーベルの方がいかにもイギリスらしくて好きだ。
 
※ところで、我が村落ではこの裏山のブルーベルの話を他人にするのは御法度になっている。
というのも、メディアがかぎつけて紹介したら、大勢の人が押し寄せて来て、風情が無くなってしまう。我が部落の宝物としてあくまでも保存したいからだ。これはここだけの話しにして置いてください。(以下続く)

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