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こちら、星空喫茶店🌌#1 死ぬ前のスローモション

「キャランコロン」

鼈甲色の扉を開けて3つの鐘が音を奏で合いました

今夜も星空喫茶にお客様がご来店です

今夜のお客様はバーカウンターに立つ店主の正面に座ってホットコーヒーを頼むやいなや、足を組んで前に出した→手を上下細かく3回上下に振りながら出勝手に話し始めました。

あ・の・ね、!

僕思うんですよ、うん。
人は死ぬ時って目の前に見えているその光景がスローモーションになるんじゃないかって!
この足を組んで話すのは白髪がやや多めの短髪の60代と思われる男性。身なりは上品でシルバーの眼鏡をかけているが少し高そうに見えるためより上品さが増して見える。

だって、勢いよく向かってきたバレーボールが顔面に当たりそうな時や、机に置いていた牛乳入りのコップが床に落ちそうな時ってなぜかそこだけ切り取って思ってスローモーションに見えるでしょう?ねぇ?

つまり僕が言いたいのはね、あ、これはおわった〜!やってしまったー!みたいなの危機を察知した時って人間はスローモーションに見えるもんだと思うんです。

だからそのぉ、死ぬってイコール人間にとっては危機じゃないですか。
だから、人間も死ぬ時は目に映る景色がスローになって見えたりしないのかなって。

ほう。

と、一滴一滴落ちたコーヒーの雫が溜まったこーひーの入れ物を西洋風のコーヒーカップに傾けながら店主はつぶやいた。

そうですねぇ、でも私は

と言いながらコーヒーカップが乗ったソーサーを客に向けて押し出したらへんで

なぜこんな話するかっていうとね!

強めに白髪多めの男性が言葉をまっすぐ投げたと思うと、少し間が空いた

お客の啜り泣きがして店主が顔を上げると

私ね妻を3年ほど前に亡くしたんです。
最初の年は、去年の今頃はこう過ごしていたな〜とか、季節の行事が来るたびに感じて懐かしいというよりかはかなしさが大きかったんです。
2年目は、あぁ、また2周目がきてしまったと思ってたら何故か一年が経っていました。
どの年にもあぁ、妻がいたらなという気持ちは常にありましたが。
そして3年目になる今は、妻視点で生活を考えるようになっていました。
死ぬ時、妻はどんな感じだったんだろう、
ってね。 

はい

そしたら、

もちろん、戻ってくる訳じゃないけど、いつでも戻ってこられるように部屋は綺麗にしていようとか、妻との写真を見返してその思い出写真を飾ったりとかいうふうに行動が変わっていました。

悪くないと思うでしょ?

こちらサービスです

とアーモンドが入ったココア味の四角いクッキーを差し出すと、

はい、いつから続けていると奥さんは戻ってくるのではないでしょうか。夢かもしれないし、幻覚かもしれないし、お客様の心の中にかも知れませんが。

受け入れるか受け入れないかは自由ですが、
少なくとも私はそう思います。

そうだねぇ。そうなると良いんだけど。

お客に出したコーヒーの香りが薄まってきたところで

今日も下を向いてお皿を拭きながら、
お客に寄り添って星空喫茶店は時計の針を刻んでいる。

今日も頑張って生きたあなたに
一ついい事ありますように。

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