アングラの王子様 28
次の日、講義を終えて部室に行くと、既に全員揃っていた。
唐沢マリンのことで話し合いをしている様子は無さそうだ。
「白石さん、待ってましたよ」
谷垣さんがそう言って冊子を手渡してくる。
「えっと、これは?」
「新しい台本です」
「新しい台本?」
焦って手渡された台本を落としかける。
こないだようやく台詞を覚えたばかりだっていうのに台本が変わるの?
「え?どういうことですか?」
「演劇の力で、爆弾魔と戦うためですよ」
谷垣さんは本気の様子だ。
よく見ると目の下にクマができている。
もしかして、徹夜でこの台本を書いたのだろうか。
「私は止めたんだけどさ、どうしても描き直したいっていうから」
そう言ってフォローする国枝さんの目の下にもうっすらクマが見える。
きっと台本作りを手伝っていたのだろう。
「白石さん、あなたが良ければこっちの台本で行きたいんですけど」
急に選択を迫られて戸惑い、今井君の方を見る。
台本から顔を上げて、今井君は頷いた。
今井君はOKしたということだろうか。
「とりあえず、台本を読ませてください」
台本に目を通してからじゃないと判断ができない。
そんな言い訳をしながら、自分が判断するための時間稼ぎをしていた。
このタイミングで台本が変わって、台詞入れられるかな、でも谷垣さんが徹夜してまで作ったんだからきっと良いものに違いない、でも演劇の力で戦うってどういう意味なんだろう、と思考がぐるぐる回りながら、とにかく台本に目を通していった。
そして、台本を読み終わる頃、思わず声が漏れた。
「え、これって・・・」
「はい。今の私たちの状況を投影した形になっています」
「こんなの犯人が観たら逆上するような」
「正直、一か八かですが、この作品で戦いたいと思っています。我々演劇サークルはどんな卑劣な行為にも屈さない、ということを示したいのです」
「でも・・・」
もう一度、今井を見る。
今度は台本に目を落としていて、目が合わない。
唐沢マリンが逆上したら何をするかわからないんだ。
それこそ、アングラの爆破もあり得る。
演劇サークルの定期公演は毎年、アングラ5階にある舞台で行われるらしい。
爆破なんてされたら、私達はもちろん、お客さんだって無事じゃ済まない。
「必ず、皆さんの安全は確保します。もし、仮に爆破が起きても大丈夫なように」
爆破が起きても大丈夫な人間なんていない。
また谷垣さんのハッタリだろうか。
でも、その目の奥に真剣さが感じられる。
もう一度、台本を読む。
台詞の節々に、谷垣さんの思いが込められている。
何より、最後の長台詞、これが決まればもしかしたら、唐沢マリンでも気持ちが変わるかもしれない。
そう思うと、この台本に込められたメッセージをお客さんに、そして唐沢マリンに届けたいという気持ちが強くなってきた。
私はじっくりと考えた上で答えた。
「やります。この台本の力を見せつけたいです」
「台本の力じゃなくて、演劇の力です。その為には、全員が力を合わせる必要があります。この4人が力を合わせればーーーーー」
谷垣さんは私、国枝さん、今井君の順番に視線を送る。
「爆弾魔なんて敵じゃありませんよ」
清々しくほどに理由のない自信に満ち溢れた言葉に私達は勇気づけられた。
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