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ほぼ毎日noteの歩み

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ほぼ毎日noteでアウトプットを続ける上での気づきを書いています。
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2023年11月の記事一覧

だいぶ前の記事なのに、スキやコメントをいただけることがあります。「まだ読んでもらえているんだ」と、とても嬉しくなります。書いてよかったなぁと改めて思います。嬉しさのあまり、その記事をつい固定してしまいます。そしてまた読んでいただける。幸せなことですね。

また昨日も寝落ちしてしまったので、@絵や図で「毎日」アウトプットから「ほぼ毎日」に変更しました。この画像を編集しているときも楽しくて、やっぱり楽しいから続けていきたいと思いました。あれこれ考えすぎず、シンプルに表現することを楽しんでいきたいです。これからもよろしくお願いします。

257. 疲れ果てても毎晩noteが書きたくなるのは、自分との約束を守りたいから、そして、続けた先の変化が楽しみだから。

ちょこちょこ時間を見つけながら パッチワークをつくるように書いてもいい。 でも、まとめて一気に書くほうが好きで、 子どもたちを寝かしつけた後にnoteに向かうことが多い。 真夜中にパソコンに向かうときの私は、 当然のことながら眠たいし、 体力的なエネルギーは底をつきそうな状態。 それでも、「noteを書きたい」っていう気持ちがわいてくる。 あえなく寝落ちしてしまう日だって、 その気持ちは持っている。 どうしてだろう。 その力がどうして湧いてくるんだろう。 誰に頼ま

255. 「自分のためのメモ」だと思って書ききろうと思った話。#SNSの教科書

「自分のためのメモ」として書くだけ。 帯にある言葉に惹かれ、ずっと気になっていました。 でも、ずっと読めずにいました。 気になっていたけど、読めずにいたのは・・・ 筆者の徳力さんは「実名」で発信されることをオススメされていますが、 私は「匿名」での発信しか考えられなかったからです。 それでも、この本から、発信活動を続けていく上でのヒントを得られそうな予感がして、ついに読むに至りました。 結果、いま読めてよかったと思いました。 「自分のためのメモ」だと割り切ってしま

254. 「幹」と「枝葉」の区別をしたい、自分にとっての「幹」は何かを見つめ直したいと思った話。

「枝葉」的なことにイライラしたり、モヤモヤしてる?? 一昨日、そう感じたんです。 それでいいのかーーー!! 歳を重ねるほどに、 自分と同じくらい愛おしい存在が増えるほどに、 恐ろしいほどの速さで1日が1年が過ぎ去って行く。 昨日だって、寝落ちしてしまったし(笑) 2023年もあと一ヶ月ちょっとで終わってしまうし。 枝葉に心をとらわれている時間がもったいない 今こそ 幹と枝葉を区別したい、枝葉ではなく幹をみていきたい と、切実に感じています。 幹? 枝葉?

251. 自分の記事にスキが押せない日があったこと。

自分の記事にスキを押したっていいんだ 自分の記事の一番の読者は自分なのだから それは、私にとって大きな気づきでした。 noteを始めた頃の私は 自分が押したスキなんて意味がない。 他の人から押されたスキでないと意味がない。 そう思い込んでいたからです。 でも、その思い込みが外れてからは 記事を完成させることができたら 自分に対して「おつかれさま」の気持ちを込めて スキを押すようになりました。 ただ、時々、どうしてもスキを押せないときがあるんです。 先日もありまし

250. 家を家たらしめているのは住人であるように、noteをnoteたらしめているのもnoterさんなんだと思った話。

誰も住んでいない家を見ると、寂しくなる。 自宅の目と鼻の先に、2軒の古くて小さな空き家がある。 古いなぁと思ってはいたが、ついに来月取り壊されるらしい。 2軒とも、おばあさんが一人暮らしをされていた。 お会いした際に会釈したり、 たまに立ち話をしたりするだけだった。 でも、ほぼ毎日、そのお家の前を通っていたので、 おばあさんが洗濯物を干されていたり、 自転車に乗って外出されるところを 見かけたりするたびに おばあさん、元気に暮らされているんだなと思って ほっと

249. 今、読んでくださっている人を大切にしたいと思っているけれど

まだお返事ができていないコメントがあるのに 記事をせっせと書いていることに毎晩、心が痛みます。 創作活動(アウトプット)を優先させていただくことを どうかお許しください。 アウトプット終了後、お返事を書くのですが、 睡魔に負けて書ききれず、お返事が遅くなってしまいがちです。 ごめんなさい。 遅れてしまうことが多いですが、 必ずお返事いたしますので、 通知が来ましたら読みに来ていただけたら幸いです。 スキがいただけただけでも 飛び上がるほど嬉しいのに 貴重な時間と

今日はお休みします。自分が何をやりたいのか、分からなくなってしまいました。とりあえず、ずっとできていなかったお返事をします。完成させられていない昨日の記事を完成させます。また、読んでもらえたら嬉しいです。

247. note生活でモヤモヤしたとき、先人の教えが私を救ってくれる

note生活でモヤモヤしたら、先人の言葉を思い出す noteで発信活動をしていると、 モヤモヤすることって、ありませんか。 私は正直、あります。 たとえば・・・ 私の場合、最近こういうことがありました。 【もやもや例 その1】 相互フォロー関係だった人から フォローを外されていたことに気づきました。 もやもやしました。 私が記事を読みに行けていなかったからかな、 私が記事になにかマズイことを書いたんだろうか、 とか思ってしまい、ちょっと悲しくなりました。 【も

245. どうか、どうか、幸せでいてください。

最近、大好きな人がまた一人いなくなっていたのに気がついた。 私はその人のことが大好きだった。 その人の記事とコメントは、どれも愛にあふれていた。 その人は私に宝物のようなコメントをくださったこともある。 アカウントごとなくなってしまっていたので、 記事もコメントもすべて読めなくなっていたことが悲しかった。 宝物コメントは感激のあまり記事にさせてもらったことがあった。 コピーして貼り付けていたので、 その記事の中で宝物コメントを読むことができた。 記事にしておいて、本当

244. noteという畑を私なりに耕し続けた一年でした。

「ほぼ」毎日、noteという畑を耕し続けてきた。 長男が全然寝ついてくれず、11月7日は更新ができませんでした。 やっぱり上手くいかないなぁ・・・ とショックを受けていたら、突如メンテナンス状態に入ってしまいました。 11月8日は、去年、noteを開始した日。 記念すべき1周年の前日(11月7日)の更新が できなかったことが悲しかったです。 これまでも何回も日付が変わってしまったことがありました。 だから「ほぼ」ではありますが、 私の中では「毎日」noteを書き

243.毎日noteを書きたくなるのは、話を聴いてもらえるから。

私はどうして毎日noteを書きたくなるんだろう。 それを考えた時、 誰かに自分の話を聴いてもらえるからじゃないか、と気が付きました。 記事を読んでもらえた=話を「聴いて」もらえたのだと思う 何が書きたい?と自分に問いかけながら、noteを書く。 ドキドキしながら、投稿ボタンを押す。 すると、どなたかがスキをくださる。 「今日も読んでもらえたんだ」 「今日も私の話を聴いてくれる人がいたんだ」 そのことが何よりも嬉しい。 記事を「読んで」くれたということは、 話を「聴

242.迷いだらけの毎日でも、自分を信じて、自分で選んで、行動する。インプットよりアウトプットをたくさんする。

成長していくことが嬉しくもあり、寂しく思うこともあるけれど 昨日、デジタルアルバムを子どもたちと見ていました。 そこには、今よりも幼い子どもたちがいました。 とっても可愛かったです。 でも、今はもっと可愛くなっている、と思いました。 あのときの可愛さとは違う、 もっと可愛い今がある、ことに気がつきました。 佐々木正美さんの言葉を思い出しました。 本当にそうだなぁと思いました。 子どもが成長していくことは嬉しいけど、 今の子どもの姿はもう見られなくなるのだと思うと