見出し画像

クトゥルフ神話TRPGのシナリオの文章を書くときに気をつけていること④ 表記の統一・漢字の用法

今日和。
暫く振りの更新と成りましたが、皆様に於かれましては元気で御過ごしの事と思います。
さて、今回のテーマは「表記の統一」です。
例に因って、自分はプロの文筆家という訳では有りませんので、此の記事の内容全てが万人にとって正しい等と烏滸がましい事は申しません。
あく迄自分が気を付けている事ですので、御参考に成りそうな所だけを摘み食いして頂ければと思います。


今回の結論

今回の結論は殊更に捻る事も無く、其の儘です。

シナリオ中、気まぐれに漢字を使ったりひらがなを使ったりするのは(なるべく)やめよう!

此れです。
何故「なるべく」と括弧で付記したのかを先にお伝えしておくと、此れについては其処まで神経質に成らなくても良いと自分は思って居ます。
同人シナリオ内で完璧に表記を統一する事は難しいですし、自分自身、此れ迄発表したシナリオに於いて完璧に統一されて居るのかと問われると、甚だ自信が有りません。
只、此れを意識しながらシナリオを書くのか、其れとも特に意識しないで書くのかで、文章の読み易さは変わって来るのではないかと思っていま……居ます。

表記の統一とは

さすがにわざとらしさが強くなってきたので、そろそろ普段の表記に戻したいと思います。
さて、今回のテーマである「表記の統一」とは、具体的にどういったことを指すのでしょうか。
なんだか恒例となりつつありますが、因幡脩とかいう作者の、まったく売れていないシナリオを例に見ていきましょう。

休日の正午。小雪のちらつく中、探索者たちは友人の霜田に呼び出され、ススキノから徒歩5分、狸小路駅前にあるファミリーレストラン「オールド・ストリート」を訪れて居る。この店はハンバーグやステーキなどの肉料理が自慢で、セットメニューを頼んだ場合はサラダやスープが食べ放題となる。ログハウスを思わせる明るい店内には落ち着いた色調のボックス席が並んでおり、大勢の客で賑わっている
----------------------------------------
新CoCシナリオ「つめたいあの人」(因幡脩)
BOOTHにて好評頒布中。200円です。

※この具体例はプロモーションを含みます。

露骨なダイレクト・マーケティングはさておき、文中の太字にした部分を見て、どう感じられたでしょうか。
前半は「〜して居る」と漢字表記だったのに、後半は「〜している」とひらがな表記になっていますね。
では、前半と後半で何か意味の違いはあるのでしょうか。

……特になさそうですよね。

「表記の統一」とは、こういうことです。
人間は、何か差異があると、そこに意味を見いだそうとする生き物です。
そして、意味もなく差異があることに気持ち悪さを感じる生き物です。
したがって、シナリオ内で意味もなく漢字を使ったりひらがなを使ったりすることは、美しさを損ない、ひいては読みにくさに繋がってしまうのです。

つまり、「書き終わった後に、文書編集ソフトの機能で一括置換するとよい」というお話ですね。
以降はすべて蛇足です。

すべて漢字にしてしまえ

しかし、せっかく「くぅ~疲れましたw これにて完結です!」と余韻に浸りたいところで、一括置換という工程を踏むのは面倒ですよね。
できれば執筆中にある程度、違和感のないくらいには揃えてしまいたいところです。
それなら、漢字にできるところはすべて漢字にしてしまうというのはどうでしょうか?
確かに、それなら表記が不統一になる心配は少ないですよね。ナイスアイデアです。
実際、この記事の冒頭のように、漢字をふんだんに使って書かれた同人シナリオもよく見かけます。
それでは、これからは「ありがとうございます」は「有り難う御座います」と表記しなければいけませんね!
「さようなら」は「左様なら」ですし、「ごめん」は「御免」ですし、「よろしく」は「宜しく」と表記すればよいのです!

あれれ、なんだかシナリオからサムライの香りがしてきましたね。
たいへんです、現代日本や1920年代アメリカを舞台にするつもりが、うっかり幕末シナリオになってしまいそうです!
これでは幕末や古代ギリシャなどを扱ったソースブック『クトゥルフ・フラグメント』がバカ売れしてしまいますね!
ただでさえ『クトゥルフ・フラグメント』には名高い「タイム・アフター・タイム」というシナリオも載っているわけですし、これは早くしないと売り切れてしまいますよ!

「タイム・アフター・タイム」は1954年のFBIの雰囲気を味わえる素晴らしいシナリオです。

※プロモーションしろと言われた気がしました

表記の基準をもとう

そんなわけはありませんよね。
いや、「タイム・アフター・タイム」の話ではなく、すべて漢字表記にしてしまえというアイディアの話です。
いくら漢字を多用される作者の方でも、さすがに「おめでとう」を「御目出度う」と書くのには抵抗があるのではないでしょうか。

でも、ちょっと待ってください。
「こちら」を「此方」と書いたり、「できる」を「出来る」と書いたりするのに、なぜ「御目出度う」は抵抗があるのでしょうか。

それは、無意識かもしれませんが、自分の中に基準を持っているからです。

しかし、そのときそのときの感覚で漢字にするかひらがなにするかを決めるのでは、なかなか統一することは難しいです。
人間である以上、感覚には多かれ少なかれズレが生じるからですね。
したがって、これまで無意識かつ気まぐれに表記を決めていたのであれば、ちょっとだけ意識してみることをお薦めしたいわけです。
「ここ」を「此処」と書こうが、「しばらく」を「暫く」と書こうが、それこそ「御目出度う」と書いたって、別に間違いじゃありません。
自分の中の基準にしたがって、表記が統一されていれさえすればよいのです。
ただ、表記の程度によっては、読者に負担をかけてしまうことになるという点は意識しておいたほうがよいでしょう。

お前の基準を教えろ

何を偉そうに、したり顔であれこれぐちぐちさばさばと語ってやがんでい。
記事のタイトルが「気をつけていること」なんだから、そこまで言うならお前の基準を教えんかい!
そんな声がどこかから聞こえてきたような気がします。
おそらく幻聴でしょうが、せっかくなので意識していることをいくつかご紹介しておこうと思います。

「補助の関係」はひらがなに

「補助の関係」とは「後の文節が前の文節に補助的な意味を添えるもののこと」を言います。
はい、ごめんなさい。文法の話は退屈ですよね。
さっさと具体例を出します。

A:山田くんは飼い犬を見た
B:山田くんは犬を飼ってみた

違いがわかりますか?

Aの「見る」は、文字どおり見ること、つまり「Look」ですよね。
では、Bの「飼ってみる」は「Look」の意味でしょうか?
違いますよね。
この「みる」は前の「飼う」にくっついて、「試しに〜する」というニュアンスを付け加えるという、いわば補助的な役割を果たすものです。
これが「補助の関係」です。

「〜している」(×居る)
「〜してほしい」(×欲しい)
「〜してください」(×下さい)
「放っておく」(×置く)
「置いてある」(×有る)
「寒くない」(×無い)

このような補助動詞は、本来の意味が薄れており漢字だと違和感があるので、自分はひらがな表記にしています。
※便宜上、上では「×」としていますが、あくまで個人の基準です(以下同)。

形式名詞はひらがなに

「名詞」はともかく、「形式名詞」ってちょっと聞いたことないですよね。
さっさと具体例にいきましょう。

A:そこは昔、墓場があっただ。
B:ちょうど部屋の探索が終わったところだ。

両方漢字でもいいように思えますが……

Aの「所」は「場所」を意味する名詞です。
では、Bはどうでしょうか。
「場所」という本来の意味が薄れていますね。
これが形式名詞です。
ほかの例を挙げると

「そのとき、彼は〜」/「は金なり」
「捨てたものではない」/「今月は入りでね」
「そのことはもう聞いた」/「を起こす」
「そんなはずはない」/「これはいい矢だ」
「そのため、彼は〜」/「になる話」

まあ、自分も文法に詳しいわけではないので、あまり調子に乗ると文法ガチ勢からいろいろと怒られそうで怖いのですが、なんとなくニュアンスはおわかりいただけたのではないでしょうか。

漢字表記のよりどころ

いちいち文法なんか気にしてられっかい!
こちとら気がみじけえ江戸っ子なんでえ!
やれ漢字を使うのがいいだの、ひらがなを使うのがいいだのって、一覧を示しやがれ!

そんな江戸っ子に嬉しいのが『用字用語辞典』というものです。
最近ではアプリなんかも出ているようですね。
これは、マスコミ・出版関係で正しいと思われる日本語の表記をまとめましたよ、という本です。
実際、辞典と首っぴきでシナリオを書くのは現実的ではないように思いますが、それでも表記に迷ったときのよりどころにはなります。
たとえば、「出来がよい」という場合は名詞だから漢字を使うけれど、「できる」という場合は動詞あるいは副詞だからひらがなだよ、という基準が示されているわけです。
最初に示したとおり、そこまで神経質になるものでもありませんが、ちょっとこだわりたいという方は手にとってみてはいかがでしょうか。

また、常用漢字表なんてものも役に立つでしょう。
これは内閣が漢字使用の目安として示しているもので、裏を返せば、その表にない漢字使用については「人によっては読めない可能性があるから、ひらがなにするか、ルビ振ったほうがいいな」という判断ができるわけです。

余談ですが、常用漢字表には特別な読み方をする漢字をまとめた「付表」というものがついています。
例を挙げると、「明日(あす)」「大人(おとな)」「七夕(たなばた)」などですね。
「七」には「たな」という読み方はありませんし、同じように「夕」にも「ばた」という読み方はありません。
それが二つ合わさることで、「たなばた」というスペシャルな読み方ができあがるわけです。

それによると、「友達(ともだち)」は特別な読み方なんですね。
「達」には「たつ」という読み方しかないので、「たち」と読むのは「友達」「公達」のような特別な場合だけなんです。
したがって、「探索者達」という表記は(その基準に従うならば)好ましくはなくて、「探索者たち」と表記するほうがよいわけです。

同様に、「人」には「り」という読み方はないので、「1人(ひとり)」という表記は(その基準に従うならば)好ましくはないということなんですね。

いい感じの漢字具合を見つけよう

ええい、うるさいうるさい。
そんな小難しいこといちいち考えてられっか。
俺には俺の言語感覚ってもんがあるんだよ。

わかります。
実は、自分もすべての表記を『用字用語辞典』の基準にあてはめているわけではありません。
たとえば、辞典によると「未だ(いまだ)〜ない」については、公用文ではひらがなが望ましいとされています。
でも、「いまだ」だとなんとなくナウ・ロマンティックな印象を受けてしまいますし、漢字の意味合いを考えると「未だ」のほうが通じやすいんじゃないかなーなんて思っています。

また、シナリオの雰囲気や時代設定にも左右される部分もあるでしょう。
先に挙げた因幡某という作者も、現代日本を扱った「つめたいあの人」では和語を多く用いて平易な表記にしているのに対し、大正時代を扱った「あだに散るらむ花かるた」では漢語を多く用いて古めかしい印象にしています。
また、「あだに〜」においては、そのまま提示することを想定したプレイヤー資料では「出来る」「居る」と表記しつつ、地の文では「できる」「いる」という表記に使い分けています。

出版社の意向があるならともかく、同人シナリオにおいては結局のところ、個々の言語感覚と照らし合わせて、ちょうどいい感じの基準を模索するくらいでよいのではないでしょうか。

「あだに散るらむ花かるた」
昭和初期を舞台にした帝国シティシナリオ。
6版・7版両対応。
立ち絵やマップなどもついて300円。
BOOTHにて絶賛頒布中。

※もはやプロモーションしか含みません。

漢字以外の統一も忘れずに

ここまでずっと漢字の表記について思うところを書いてきましたが、もちろんシナリオにおいてはカタカナ語などの表記も統一する必要があります。
実はこの記事内に、「アイデア」と「アイディア」という表記揺れが含まれていることにお気づきでしょうか。
後からまとめて直そうと思うとひどく面倒で、また丹念にチェックしても見つからなかったのに、読者にとってはひどく目立って見えてしまう。
そんな不思議な現象は、校正をやっているとえてして起こるものです。
できれば執筆中に、少しずつ意識しておきたいところですね。

※ゲーム用語については、ルールブックに表記を合わせる必要があるため、そもそも「〈アイディア〉ロール」と表記してはいけないことにも注意すべきでしょう。

まとめ

さて、今回は本当に細かい話になってしまったので、最後まで読んでくださる方はさほどいらっしゃらないように思います。
ただ、シナリオの完成度を上げたいという方は、「なぜここで漢字にしようと思ったんだろう」「ここで漢字にすることにどんな狙いがあると思ったんだろう」と、ちょっとだけ表記を意識しながら創作を楽しんでみてはいかがでしょうか。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?