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「漂揺の狩人」第11話

 数日が経った。
 カズは10万円オーバーのドル箱タワーを積み上げている。聡はまあ、1万円ちょっとか。
「カズさん今日は出してますねー」
 トイレに行きがけにカズに声をかける。
「15、6万というところかな。まあ、ちょくちょくないとな」
 聡がトイレから出てくると、なんとまだ午後7時だというのにカズが玉を流しているではないか。
「帰りますのん?絵ですか」
「いや、あまり気乗りがしなくてな、最近疲れてしまうんだよ。このあたりでな」
 聡が勝負を再開しようとするとカズが近寄る。
「今日はこの辺でやめて飲みに行こう」
 聡もしぶしぶ後に続く。
 
 地下鉄の中で二人は並んで座る。電車が走り出す。しばらくして聡がカズに声をかけようとするも、カズはぼんやりと下を見ながら心底暗い顔をしている。
「カズさん、大丈夫ですか」
「ん、何が」
「顔が疲れ切ってますよ」
「あぁ、そうかもな。顔か……顔がな、思い出せないんだ」
「誰のです?」
 カズはまた前を向いた。
「いや、独り言だ」
 聡はそれ以上詮索するのをやめた。カズの暗い闇に足を踏み込むことになりそうだったからだ。
 
 大阪ミナミの歓楽街へ繰り出す。火照った体を冷やすのにちょうどいい季節だ。カズが橋の欄干に腰掛けて小瓶に入っているウイスキーに口をつける。
「この前久しぶりに郊外店に行くと、3円交換だった店が等価交換になっていたよ。等価の店は基本的に勝てない。いままではそこそこいい台を作る優良店だったんだがな。千円15回転まで落とされていたよ。出す気なんかさらさらない、横並び調整だ。客も離れていた。店がつぶれる前兆だ」
 カズが聡にウイスキーを渡しながら言う。
「ここのところ等価の店が増えているだろう。いま持ち駒にしている店が全部等価になったらおしまいだ。パチプロ全員が路頭に迷うことになる」
 聡の脳裏に鷹の影がよぎる。
「時代の波ですか」
「そうだな、こればかりはどうしようもない。いつの間にか命を落としてしまう」
 聡はウイスキーを口に含むとカズに返す。
 カズはそれを受け取るとまた一口すする。
「おれはこの商売を15年もやっている。最初は面白いばっかりだったが年月を重ねるにつれ、ただぼーっと盤面を眺めている作業が、しだいしだいに虚しくなっていったんだ。おれの人生はこんなものにただ浪費していて本当にそれでいいのか、あの時こうしとけば本当は全然違う道を歩めたんじゃないのか。あの時か、あの時か、どの時道を間違えたんだってな」
 聡も考え込む。
「僕は……フリーターで最底辺の辛酸をなめつくしましたから、いまは稼ぎがあって満足してますけど」
「まあ実際金井さんみたいに家族を背負えば年収700万の仕事から降りる訳にはいかないだろうが。おれはまだもがいてる。もがいてもがいてもがき苦しみながら絵を描いてるんだ。おれの本当の人生はこの道だったんじゃないかと歯ぎしりしながら絵筆を取る。すると不思議なことにな、ふっと忘れるんだよ。その瞬間だけこのどこにも逃げ場のない無限地獄から解放されるんだ。そう、マッチ売りの少女がマッチを擦り幻覚を見るように……」
 カズはつつっと涙を流す。
 聡はうつむき、その涙を見なかったことにした。
「金なんかいくら増えても、孤独じゃ意味がない。ときどき思うんだ。ため込んだ金を全部寄付してもうこの世からおさらばしようかってな。しかし言いようのない寂寥感でいっぱいになり恐怖も湧いてきて、『まだおれは死ねない!死ぬ時じゃない!』って心のどこかが叫ぶんだ。もっと何かがあるはずだ。おれの人生が劇的に花開く瞬間がきっとくる。そう信じて、なんとか踏ん張って生きている。しかしなにも起きない。神は残酷だ。地獄の天井を開けようとはしてくれない。無限に……永遠に……」
 なぜか聡ももらい泣きする。涙を手の甲でぬぐう。
 二人、沈黙が続いた。橋の上には行きかう人々。みんな真っ当な人生を歩んで幸せなんだろうか。聡は夏海のことを考えていた。大企業に就職しても不遇な生活を強いられる人もいる。ほんとはこの世の中で幸せだと思って生きている人間なんかほんの一握りなんじゃないのか。

「悪かったな。変な話をしちまってよ。さあ飲みにいくぞ。女だ女!」
 カズが笑いながらまた歩き始めた。

第12話
「漂揺の狩人」第12話|しんくん (note.com)

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