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「漂揺の狩人」第16話

 みかん色の日が照っている、いい陽気だ。
 聡は故郷に帰ってきた。近くの町並み、みかんの段々畑、我が家のたたずまい、それらすべてが懐かしい。
 今回実家に帰ってきたのは、父の仕事を継ごうと宣言することと、夏海の紹介である。結婚を前提に付き合っていることを認めてもらうためだ。
「よろしくお願いいたします」
 夏海はいつも以上にしとやかにふるまう。
 聡は人相が変わったと、みなに言われた。陰の世界で生きている者独特の気配は隠しようがないのであろう。
「顔が?」 
 と聞いても向こうもはっきりと答えられない。
「雰囲気とでいうんかなー」
 姉が言う。
 家に帰らない間何をやっていたか、正直に話した。通帳を見せるとみな仰天した。これは聡も痛快だった。

 みかん農家の組合に名を連ねた。これで正式な組合員である。土曜日だということもあり、朝から宴会が始まった。その中には同級生の田中がいた。同じように大坂の大学に通い、就職に失敗し1年もせずに田舎へ帰ってきたと言う。
「これからよろしくな、先輩!」
 と言うと、二人はがっちり握手をした。
 稼ぎを聞くと、うちとたいして変わらない。
 まあ、同じぐらいの面積なのでそんなもんであろう。パチプロ時代のように600万円も稼げないが、真っ当な人の道である。あぶく銭に浮かれて、足もとがぐらついては何の意味もない。それはカズが反面教師になって教えてくれた。どつぼにはまると、また這い上がってくるのに、多大なるエネルギーを必要とするのだ。

 最初は2、3日のんびりする予定だった。しかし次の日からもう特訓が始まった。とにかくおれの後を付いてこいと言う。その後を付いて行くだけで必死である。
「ちょっと休もうや、おとん!」
 いまはまだ仕事を覚えるというより健脚の父についていくだけで精一杯である。みかん畑は段々畑になっている。その中をうろちょろしなければならない。足が慣れるには3ヶ月は必要とのことである。仕事を覚えるどころではないのだ。
「まあ、ちょっとだけ休むか。そのかわり煙草は吸えへんぞ。この畑も全面禁煙にしたんや」
「マジでー!」
 やっとここで生き抜く覚悟ができた。日の当たる世界に出たかったのだ。
 母にカズの絵を見せた。母は涙ぐむ。カズの悲しみを受け止めたのだろう。
「おれはこの人にパチンコだけやのうていろんなことを教えてもろたんや」
 聡もまた知らずに涙を流していた。

 堤防でちぬ釣りをしている。夏海は透き通った和歌山の海を気持ちよさそうに眺めている。聡は夏海にいいところを見せようとちぬ釣りに夢中だ。
「おいやーん!」
 4歳になる甥っ子が笑いながらこっちに向かってくる。
「海に落ちるぞ!」
 足もとまでくると、聡が抱き上げる。血縁のせいか、すぐになついた。かわいいさかりである。
 姉があとからついてきた。
「お姉さんこんにちは」
 夏海が挨拶をする。姉も挨拶を返す。
「聡は末っ子だから甘えん坊だけど、これからもよろしくね」
「いらんことを言わなくていいんだよ」
 聡はパソコンで印刷をしたファイルを見せながら言った」
「うちのみかん畑の一角に休耕している所があるんや。そこで熱帯のフルーツを栽培でけへんか、いま研究中なんや」
「へー、出来たらすごいやんね」
 姉が褒める。
 聡は新しい夢を見つけたようだ。
 「パッションフルーツやドリアン、完成させればえらいこっちゃやで。国産なんで完熟を届けられる。外国産には絶対に負けへん、距離の近さがある。新鮮さが違うっちゅうわけや。値段を高めに設定して市場に卸す。高値で売れるでぇ!」
 聡が興奮してしゃべっていると、浮きが上下して、餌に当たりがきたようだ。
「これはちぬくさいぞ」 
 甥っ子にリールの巻き方を教え、応援した。
 巻き上げてみると何のことはない、べらだった。聡は拍子抜けした。
「相手もびんびん動いてたやろ、おもろかったやろ、それでええねん」
 聡はその金色に輝く故郷の宝を海に帰しながら言った。

 夕暮れが迫ってきた。海が赤く輝き始める。聡は日の照る方を向き、陽の気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「これが大事なんや。大事なのはバランスや」

 聡はカズが無事であってくれと、心よりそう願って夕日に向かって手を合わせた。

第1話
「漂揺の狩人」第1話|しんくん (note.com)

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