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生きるということ 第16話 ドッジボールとすき焼き

 秋も本番である。

 雪太はジャンパーを着て、近所のホームセンターに来ていた。ネットで「犬用車いすを作ってあげよう!」という材料から作り方まで全て載っているサイトを発見し、ようやく重い腰を上げた次第。
 スマホを見ながらひととおり買いそろえ家に戻ると、塩ビパイプを切るところだけは粉が舞うので駐車場でやり、あとはアトリエに持ち込みそこで一休み。
 いま描いている少女の絵は、胴体部分まで描いて小休止。これから最も神経を使う顔を描く。1日休日にした。名前は、ひとえというらしい。服は写真のパジャマのままでいいのかと聞くとそのままでいいとのこと。
 大河がアトリエに来て雪太のDIYを興味深そうに座って眺めている。
「今日は学校はなしか」
「休日だよ、父さん」
「ああ、そうなんだ。父さん平日も休日もないからなぁ、分からなくなるんだよ。ははは。偶然父さんも休日だ」
「いいなぁ」
「いいことばっかりじゃないよ。仕事が遅れると、休日も日曜日もなくなるしな。よっしゃ、まずは骨組みの完成だ」
 紅茶をすすり、悦に入っている。
「で、その後どうだ。作戦の方は」
「うん。うまくいったよ!あれからこっちのグループに誘っていって7人になったんだ。そしたら葛西くんが近寄ってきて、ドッジボールをやろうって言ってきて。ほらドッジボールってさ、最低8人いるじゃない? で、また仲良くなったんだ」
「うやむやになったのか。よかったよかった。さすが大河だ。その意気だぞ」
「うん。やっぱりみんなと仲がいいほうがいいや」
 子どもは柔軟性がある。
「お前は男だ。大河。これからもその気概でな」
 大河が眉毛をへの字にして聞く。
「きがいってなに」
「勇気を持つってことだ。勇気を持つのは難しい。でも勇気がなければ男でなくなる。よく我慢したな、今日はすき焼きにしよう」
「やったー!」
 早速台所にいき、白菜漬けを作っている静江に
「買い物まだだろ、今日はすき焼きにしようよ」
 と提案すると、静江が左手をこちらに出す。
「お金」
 牛肉は贅沢品だ。言い出しっぺが払うのが暗黙のルール。
「分かってるよ。ちょっとまっててよ」
 雪太は財布を探す。
「あれ? あ、そうだ金庫だ」
 小遣いの上下が激しいので、10万円を超えたら金庫にしまうのだ。
「はい、5千円。たっぷり買ってきてよ」
「了解~♪」
 一度組み上げた骨組みをまた分解する。接着剤を塗るためだ。
「大河、お前やるか?」
「うん!」
 百均で買ったはけでジョイント部分に大胆に接着剤を塗る大河。
 塗り終わったら再び組み上げ、そーっとアトリエの隅に立て掛ける。
 そこへ大河のスマホが鳴る。
「……うん、分かった!」
 大河が弾むような笑顔で返事をしている。
「何だって?」
「いまから大森公園で野球するんだって!2組対3組の勝負だよ。行ってきまーす!」
 大河は嵐のように去って行った。
(それでよし、それでよし)
 心配事が一つなくなった。胸を撫で下ろす雪太。

 夕食の時間になった。すき焼きを四人で取り囲み「いただきまーす」と大声で手を合わせる。
「おごっそうだ!」
 と久しぶりのすき焼きに大河が声を弾ませるので
「味わって食うんだぞ」
 と雪太。
「おごっそうだ」
 恵利が大河の真似をする。それを静江が微笑ましく見つめている。
 大河が今日の野球の報告をし始める。打順は5番。2回ヒットを打ったそうだ。2対6で2組の大勝利。
 楽しそうに話している大河の話を聞きながら、雪太は、子どもの頃を思い出す。貧しかった雪太の家では、すき焼きの肉はマトン(羊の親肉)だった。それでも美味しかった。家族5人みんなにこにこして、あったかくて……
 またうるうるしている自分に気付き、ティッシュを指差す。
「どこが泣きポイントなの?」
 静江が笑いながら手渡す。
「年かな」
「いやーん、老けないでよ」
「静江ちゃんもこの年になったらこうなるよ」
「私はなりませんことよ」
「どうだか」
 すき焼きを噛みしめる雪太。幸せの味がした。

 今日も夫婦の寝室で恵利が早々に寝ている。小学生になるまではゆるしてやろうと思っている。すると大河がトイレに行きたいと言う。田舎の農家なのでトイレは奥まったところにあり、しかも薄暗く、正直雪太も少し怖いほどなのだ。
 大河が用をたすと「ねー」とたずねてくる。
「なんだ?」
「一緒に寝ていい?」
 大河は小4にしては、精神年齢が高い。中学生くらいに感じる時も多々ある。だがやっぱり子どもは子どもだ。
「今日だけだぞ」
 そう言いながら寝室へ。
「一緒に寝たいんだってさ」
「たまには、ね」
 4人川の字に寝るのは久しぶりだ。大河は嬉しそうに毛布にくるまる。
 雪太は背中がスースーしながら寝転ぶ。
 いよいよ明日から顔に絵筆を入れていく。心が高ぶり眠れそうにない。しかしここにくるまでに一月かかっている。絶対の自信が後押しする。顔は肖像画の命だ。

 勝負の幕が切って落とされる。

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