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「漂揺の狩人」第6話

 今日はいつもの店の玄関前にカズの姿がない。電車でも乗り違えたのかと気にもしなかったが、音楽が鳴り始めみなが一斉に入っていく。カズは結局遅刻である。珍しいこともあるもんだなと思いつつ急所のいい台が開け返されているのを見つけ、煙草で台をおさえカズを待っていても表れる気配がない。一応回りそうな台をライターでとっておく。
 10分ほどするとアナウンスがながれる。
「海物語の332番台のお客様。お時間がきております。すみやかに台にお戻りくださいませ。お戻りになられない場合は空き台とみなし、係員が整理いたしますので、あらかじめご容赦願います」
 聡は仕方なくライターを取り上げ、ポケットにしまう。ただの遅刻じゃないようだ。少し気になったが、別の店に行ったのだろうと納得し、自分の勝負に集中する。
 33回転でいきなり確変だ。今日はツキがある。2千円できた。確変を消化しているとまたすぐに確変だ。6連チャンだ。
 2時になった。腹が減ったので店員呼び休憩にしてもらった。
 とそこへカズの登場だ。まず、飯にしませんかと誘うとカズも同意した。
 いつもの食堂に入り焼うどんをたのむ。
「今日は珍しく遅刻ですね。どうしたんですのん」
「いや昨日突然絵の構想が浮かんだんだよ。それを下書きしてるとな、もう夜中の3時だよ。そこで寝たんだが、興奮状態が続いて5時まで寝付けなかったんだよ。今日は休もうかとも思ったんだがな、午後6時までは打とうと思い、出勤さ」
「絵なんか描きますのん?カズさんがそんな趣味を持ってたなんて驚きですけど」
「まあな、油絵だけどな。とつぜん構想がわくんだ」 
 カズが焼うどんにがっつく。

 カズが聡と同じくミドルの台を探し始める。そこそこで妥協しようと思ったんだろう、聡の右隣に座った。
「カズさんさっきの話なんですけど」
「ん、絵の話かい」
「はい。この仕事をやってると12時間労働でなかなか自分の時間が取れないでしょう。僕はゲームが好きなんですけど、休みの日にしかできませんし。カズさんはどうやって自分の時間を取ってます?」
 カズは少し考えている。
「まず、テレビは一切見ないな。自炊もしない。食堂で食べるか、弁当を買って食べてるよ。それだけで一日1時間くらいは普通に趣味の時間を作れるぞ」
「なるほど、テレビか。僕はその日予約録画したやつを毎日見てますからね。参考にします」
 そのうちにカズにも当たりがきた。しかし単発だった。
「どんな絵を描いてますのん」
「まあ、人物画が多いかな。それと花の絵だとか。抽象画は描かないな。あれは絵のへたな奴がごまかすために描いているものだからな」
 カズと二人で笑う。

 6時になった。カズが「じゃあな」と言って帰って行く。
 そこへ夏海からのメールである。今日は資料整理で残業も無しということだった。
 しかし総務課というのはまったく面白くないところのようだ。転属願いは出せないのだろうか。聡が聞くと
「落ちこぼれの私がそんなこと出来るわけないでしょう!」
 少々キレ気味だ。
「でもいつか立ち行かなくなるぞ」
 聡の言葉に「いつかね……」と返す夏海がいじらしい。
「ゆっくり寝るんだよ」
 と聡は締めくくる。
 残り1箱、聡は勝負を投げ出す。どうにでもなれだ。どうせ投資額は2千円だ。
 7時になった。あと少しで持ち球がなくなる。と思えば魚群が流れる。当たれ当たれと聡は念じる。しかしお流れだ。
 結局持ち玉は全部持っていかれた。聡は帰路につく。
 しかしカズの趣味が絵を描くということには驚いた。意外な一面だ。しかも夜中に構想が浮かんで真夜中まで描いているとは。相当好きなんだろう人は見かけによらない。
 どういう絵を描くのか興味が湧いてきた。裸婦の絵とかだったらなにか嫌だなとは思うが。
 いつかカズの部屋に遊びに行きたいなと思う。私生活がまったく見えてこない。 今日の絵の話で、ますます興味が湧いてきた。

 聡はその日を楽しみに待つことにした。

第7話
「漂揺の狩人」第7話|しんくん (note.com)

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