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白がなぜ白く見えるかというと ~ 日本画家

 黄昏の頃、その客人は来店した。
 
 朝晩はずいぶんと涼しくなってきたが日中は季節を感じさせない日が続き、それでも頭を垂れて実った稲穂が健気に秋の訪れを告げている。
 躊躇の無い所作でドアを開けるとその女性は店内に歩を進めた。
 凛としている。
 風の音のみに時間の流れを委ねたような竹藪にイーゼルを置き、ひとり、絵を描いている。そんなイメージが浮かぶ。
 女性は窓際のカウンター席に着くと、ホンジュラスを、と店主に告げた。
 
 由美さん。日本画家。
 
 日本画。
 絵画の世界に余程造詣が深くなければ、その定義が何であるのか理解している人は少ない。更に言えば造詣が深い人達の中でも解釈が分かれているのが実情だったりする。それでも何か特徴を挙げるとするならば画材であろう。産業革命によって19世紀以降登場した油彩画や水彩画に用いられるいわゆる絵の具を使用せず、岩絵具いわえのぐ胡粉ごふん、墨などの古来より伝わる素材をにかわに練り込み描かれる。つまり、非常に面倒臭いのである。
 そんな面倒臭さの先に由美さんは日本画材ならではの色彩美を見つける。自身の感性をナチュラルにダイレクトに表現できるツールとして美大進学後、本格的に日本画を学びそして創作活動を開始する。
 これまでに制作された日本画材特有の色彩を持つ振り幅の大きい作品群は、なぜ日本画という手法でなければならなかったのかを具現化している。
 中でも白という色の使い方。
 白とは全ての可視光線を反射するから白く見えるのだな。
 昔、授業で習ったそんなことを思い出させる。
 
 理屈ではなくて、白がどうして白く見えるか、その意味わかります?
 
 そう言いながら竹藪の中で微笑む由美さんの姿が脳裏をかすめたような気にさせる白。
 
 そして近年は日本画制作だけに留まらず、床の間プロジェクトという新しい試みを展開している。
 床の間とは日本家屋に古くから存在していた空間。その役割は四季を通じた美意識を絵や書、花や小物によって表現するという、そのためだけに用意された舞台。
 自身の日本画、着物生地、そして掛軸職人の伝統技法。日本の異なる伝統文化を独自のバランス感覚で組み合わせ、ただ美しいものを眺めるだけに用意されていた床の間の持つ神秘性を再構築しようとしているのである。
 
 由美さんは珈琲を飲み終えると少しの間、窓の外に広がるナチュラルでダイレクトな田園風景を眺めていた。そして席を立ち、ごちそうさま、と軽い口調で告げると店を後にした。
 
 今晩はカクテルでも飲もうか。ジンを2に対してコアントローを1、そこにレモンを絞って軽くシェイクする。そんなやつ。
 それに合わせるのはハンバーガー。
 13世紀頃、チンギスハンの登場により勢力を拡大していったモンゴル帝国だったが、その勢いはヨーロッパにまで及びドイツとポーランドの連合軍と一戦を交えることになる。だがこのとき交わったのは兵士だけではなかった。ヨーロッパで伝統的に食べられていたステーキ。そしてモンゴルで伝統的に食べられていた挽き肉。それまでヨーロッパでは挽き肉という手法は存在せず、モンゴルには挽き肉を焼いて食べるという観念が存在していなかった。これがここで交差したわけである。そして生まれたのがハンブルグステーキ、つまりハンバーグである。さらにこれが海を渡りアメリカでハンバーガーが生まれ、やがて日本で月見バーガーの争いが勃発する。
 異なる文化が交わると予期せぬ化学反応が起こる。新しいものの誕生である。
 伝統や歴史は尊重しつつも、変化を恐れるのではなく変化を楽しめたのなら。きっと日々の生活に花を添えられるのだろう。それはまるで、部屋に一枚の絵を飾るように。  
 
 
 
 
本日のお客様
 
由美さん
https://yumi-kamiya.art/index.html


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