入院45日目


 世間ではおおかた28日に仕事納めかと思うが、この病院では今日からが外来の年末年始休業で、4日から再開するとのこと。
 昨年までは年末なんか関係なしに夜勤勤務だった。この入院生活では曜日感覚は失くす癖して、これだけ暇だと嫌でも季節の移ろいは意識せざるを得ず、皮肉にも、ここまで年の瀬の実感が湧いている年末というのも久しぶりである。
 かといって、世間の動きは全く分からない。
 皆、それぞれに忙しそうにしているのだろうか。会社の人とか、友達とか、受験生とか。どうせ与り知らないのは入院してなかろうと大して変わらないけれど。
 あと二日もすれば、今年は終わる。

 23時就寝、6時起床。
 起きてすぐに何をするかというと、カーテンを開け放し、薄暗い街並みを窓際の病床越しに眺める。
 取り憑かれたように窓の外ばかり見ているが、身の回りで変化を愉しめるもの、といったらそれぐらいしかないのだから仕方ない。

 朝食前に「神田松之丞 講談入門」を読了。そこからYouTubeに挙がっている「天保水滸伝」の車読みを一気見。アフタートークと講談放浪記もあわせて観ると、これはもう興奮しかない。それでまた、「神田松之丞 講談入門」の該当の解説を読み返す。
 伯山先生はオタク心をくすぐって、ズルズルと沼に引きずり込むのが巧い。おかげさまで旅籠と書いて"はたご"と読めるようになった。まったく、それだけじゃないけれど。
 勢いで「天保水滸伝」の文庫本をポチろうと思ったが絶版になっているのか恐ろしく高くて断念した。「真・慶安太平記」とか伯山先生の関連本とかを漁ってポチった。

 外来自体は休みだが別件で呼び出されたとのことで、泣く泣く出勤してきた主治医の先生が回診にきてくださった。
 一言目は、蛋白戻っちゃったねえ。昨日の血液検査の結果をあたらためて持ち出し、リツキシマブの作用でWBC(ワールド・ベースボール・クラシックではなく、ホワイト・ブラッド・セル:白血球)の値がガクッと落ちているから、ちゃんと効いているよ、と。それに対する評価は年始に行うから、4日にまた会おう!と、そんな感じだった。

 今日の日勤の担当看護師さんは、たびたび登場する同い年の方。
「今日は病院全体が静かですね」
 年末は退院する患者も多く、看護師さんもいつもより少し余裕をもって業務に取り組めている感じだった。廊下側の爺さんも腹膜透析を終え、正午ごろには退院した。

 病室で一人になると、こちらもお馴染み島田珠代似の看護師さんが顔を覗かせる。ちなみに、これまで彼女が患っていたのは腎臓病と書いていたが、正しくは指定難病の皮膚病で、その治療で僕らと同じ治療薬のステロイドを使っているという。過去にさかのぼって書き直すのが面倒なので、ここで訂正させてください。

「ちょっとご相談が。…窓際移りたい?」
 突然の予期せぬ提案に驚いたが、考えることもなく「お願いします」と返事した。
 予定よりも長期入院になり、物憂げに(映ったかは分からないけれど)窓の外を眺める僕を不憫に思ったであろう看護師さんたちが、ベッドコントロールの与り知らない年末年始ぐらいよいだろうと無断で決心してくれた。なんという心意気。
「内緒ね。最初からそこにいたってことにしてね。まあこれで駄目だったとしても私たちがやったってことで、怒られるのは別に構わないから」
 ベテラン看護師二人の仕事はとても早かった。瞬く間に僕のベッドが窓際に移る。なぜなら新しい患者が入ってくるというので、その間の完全犯罪だよ、と笑っていた。てっきり年末年始はこの病室を独り占めできると思っていたが、いまさらそんなことなどどうでもよかった。

 念願の窓際に移ることができた。こうやって窓の近くでベッドに腰掛け、目線が変わると、より遠くの建物が鮮明に見える気がした。
 こんなことで心から感動できる自分は、まだまだ可愛いなと思った。

 昼ごろ、兄と母が差し入れにやってきた。
 母も前々からなにか届けたいとLINEがあって、兄は何度か来ていて勝手が分かっているからその付き添いできてくれた。
 直接面会はできないが、エレベータホールの窓から手を振るぐらいのサービスはすべきと思い、電話を繋ぎながら米粒のような兄と母に向かって大袈裟に身振り手振りをしてみる。もともと結束のない家族だが、僕の病気が薬になる、という祖母の言葉を思い出す。年内最後の差し入れ、ありがとうございました。

 夕飯は唐揚げだった。
 NHKのドキュメント72時間の再放送で「大病院のコンビニ」をやっていた。この病院の外来のコンビニは24時間営業ではないが、タイムリーな話題なのでぼんやりと見入ってしまった。
 感受性が貧相なので、いろいろな人がいるなぐらいにしか思わなかったが、それぞれのストーリーに思いを馳せるほどの体力がないのだろう。
 この窓の向こうには夥しい数の建物が、幾重にも階を重ね、その階ごとにもいくつか区切られており、そのそれぞれに生活がある。恐ろしいことに、この眼下に広がる一帯だけではない。
 僕は、この情報量の少ない僕の生活だけで日々精いっぱいで、夜には2000文字ぐらい打ち込んだら疲れて寝てしまう。

 なにが言いたいのか分からなくなってきた。静かな年の瀬に思うことをまとめてみたら、まとまりきらなかった。
 相変わらず回りくどい文章で、ダラダラと。なにか映画でも観て寝よう。ちなみに僕は相変わらず元気です。

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