見出し画像

入院38日目



 22時入眠3時起床。そこから1時間ほど寝返りを打ち、あとはひたすら朝まで読書をしていた。

 どうやら横になっていると吐気は治まっていてくれるようだ。なので、ゴロゴロと寝返りを打ちながら暗がりで文字を追う分には普段どおりだった。

 朝6時に僕の枕元の電気が点いていてびっくりした、と隣の受験生。
 彼も健康的な起床時間になってきたようだ。僕が3時から起きていることには触れないでおいた。
 
 午前中の回診が終わり、外来のコンビニまでコーヒーを買いに行く。付き 添いの受験生は昨日の夜に引き続きホットミルクを買っていた。
 なぜここまでホットミルクが流行り出したのかというと、"消費の落ち込んだ牛乳を大量消費するため、某コンビニチェーンにて大晦日・元旦限定でホットミルクを半額提供する"というニュースを見て、いまは特に安くもないホットミルクが無性に飲みたくなったのである。これで大体、どのコンビニかの察しがつく。
 久しぶりにホットミルクを飲むと落ち着くし、驚くほどすぐに眠れた。それに、大量廃棄となってしまえば、苦労して乳を張らせた牛さんたちが浮かばれない。しばらく夜は飲み続けようかなと思う。


 今日は受験生もいくらか怠そうにしており、日中は静かに横になっていた。昨日は久しぶりに元気になって燥ぎすぎたのだろうし、本人もそう言っていた。
 僕も昨日ほどではないが引き続き吐気や怠さにやられていて、ことあるごとに伸びながらも、資格勉強と、合間の読書と詰将棋は牛の歩みで進めた。


 廊下を歩くと、オペ服を着た先生たちと擦れ違う。

 腎生検か、もはやそれは曜日感覚を失った僕にとって木曜日を知らせてくれるものであった。
 今日は処置をしている病室が真正面で、先生の「リラックスしてくださいねー」という言葉が聞こえると、数週間前を思い出してこちらまで緊張して腰が疼いてくる。


 この病室はここ数日でかなり騒がしくなった。
 というのも、窓際の爺さんも加わり、ずっと喋っているからである。僕は半分寝ているので、喋りかけられれば加わるようにしていた。

 看護助手のミーがベッド周りの拭き掃除にきてくれたときも、「この病室は賑やかですね、グフフフフ」といつもの笑みを湛えていた。
 昨日の夜、外来のベンチで受験生とホットミルクを啜っていたところ、帰り際のミーと擦れ違ったのも覚えてくれていた。
「いつもあそこにいるんですか?」
「昨日が初めてですけど、習慣にしようと思っているんです。毎晩ホットミルクを飲みに」
「ホットミルクですか、かわいいですねグフフフフ」


 受験生は依然として利尿剤を使わないと尿がでないらしく、夕食後は腹だけが狸のように膨らんでいた。蛋白の値は落ち着き、体調は良くなっているようだったが、腎機能はまだ完全には回復していない様子である。

 彼の担当医の回診で利尿剤は一旦打ち止めという方針になっていたため、再度利尿剤が届くのに大幅に時間がかかっていた。
 今日も消灯前に二人でホットミルクを飲みに行こうとしていたのだが、ホットミルクのほうが先に届きそうなぐらいだった。どうやら大学側でカンファレンスがあったそうで、多くの先生や看護師さんが不在だったらしい。

 結局、19時半ごろに利尿剤の注射。
 コンビニは20時までだったので、無理せず代わりに買ってこようかと提案したけれど、どうしても同行したいとのことで一緒に行った。
 いつもの外来のベンチで、はじめは僕が行った風俗やラブホテルの話をさせられたが、会話の主導権は彼が握っているので、必然的に彼の周辺の話になる。
 彼のおじいちゃんが凄い人脈を持っている方らしく、とにかく出てくる固有名詞のスケールが大きすぎて全く実感が湧かなかった。そのコネで受かるんじゃないの、とからかったら、まあ話は行ってるとは思います、と笑っていた。
 だが、彼の「看護師になりたい」という熱意は聴いていても並々ならぬもので、コネなどには頼らず本気で挑んでいるのは十分伝わってきていた。

 自己評価の高さやチャラさは若干鼻につくところがあるが、人生とほぼ同じ長さの闘病歴でそれ相応の経験をしているからこそ、考え方がしっかりしていて年下と話している感覚もない。今日も消灯寸前まで話し込んでいた。


 寝る前に、明日のRI検査のための下剤を飲む。
 聞くところによると、明日の朝もなにかしら飲まされるらしい。同い年のめちゃくちゃ可愛い看護師さんに「頑張りましょう♡」と言われ、なにが待ち受けているのかよくわからないが、そう言われたからには頑張ろうと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?