うっかりゲイバーでバイトしてしまった時の話 (1)

水商売やってみねえ?

今から二十数年前、おれは18歳で、世間知らずのガキだった。

この頃のおれは、天羽セロニアス時貞に憧れてギターを買ったり、スピードの向こう側を目指して原チャリで走ったり、リューヤに憧れてアイパーをあてたり、そんな青春時代だった。

ちなみに、初めてタブ譜を買った BLUE BLOOD がまったく弾ける気がせず、ギターは挫折してすぐに売り払った。先輩から3万円で譲ってもらったボロい原チャリは走行中に車輪が飛んでいった。リューヤになるつもりでアイパーをあてたら、ルパンと呼ばれるようになった。
そんな青春時代だった。

何が言いたいかというと、とにかくイキりたい年頃だったということで。
只者じゃないと思われたい。他人から一目おかれたい。ちょっとした見栄のためには何でもできる。そんな、軽率で危なっかしい年頃だった。

ある時、仲間うちで「なにかいいバイトでもないかなー」とか話してると、

「一緒に、ミナミで水商売やってみねえ?」と友人トノムラが誘ってきた。

トノは仲間うちでもちょっと大人びているやつだった。
YOSHIKIに似た中性的な風貌は美形の部類だったし、確かにこいつならホストも似合うと思った。

「水商売ってホストだろ? いやいや無理無理」

おれにも夜の世界に対する憧れは少々あったが、そこに飛び込む度胸も覚悟も無かった。

「いや、ホストじゃなくてさ、バーとかスナックのボーイのバイトやんない? 酒も飲まなくていいし、終電で帰れる時間の募集が結構あるんだ。おれも1人じゃ不安だけど、タシノソと一緒にやるなら大丈夫な気がする」

「ふーん、ボーイねえ……」

終電で帰れて、酒も飲まなくていいなら、居酒屋のバイトと変わらないのか?
まあアリなのかなあ、とか考えていると、トノが真面目な顔で言った。

「なによりさ、『ミナミで水商売やってんだ』って言えるのはカッコよくね?」

「……それはカッコいいな」

「ダチに『店に飲みに来いよ』とか言ってみたくね?」

「……それは言ってみたいな」

繰り返すが、この頃のおれにとっては、他人とはちょっと違うとか、ちょっと大人、というステータスが何より魅力的なものに見えていたんだ。

あっさりと口説かれたおれは、トノと買ってきたバイト誌で募集を探した。
ガチっぽいのは無しだ。時給が高すぎるのと、勤務時間が翌3:00までみたいな募集はスルー。

「コレとかいいんじゃない?」

初心者歓迎で軽そうなやつを探していると、まさにぴったりの募集を見つけた。
『カウンターだけの小さなお店で簡単なお手伝い』
勤務時間も終電に間に合う時間だった。

さっそく、コンビニの公衆電話で応募の電話をかけてみると、応対してくれた男性は丁寧な感じで、ほっと安心した。
面接の時間と場所を伝えられて、おれたちは初めての水商売にドキドキしていた。

募集に出している店ではなく、面接は系列店で行うそうだ。新歌舞伎座の裏だからすぐに分かると言われた。

おれは18歳で、世間知らずのガキだった。
「新歌舞伎座の裏」というのが、ミナミの有名スポットな事とか、そこは東京で言うところの「新宿二丁目」に類する場所だってことを、おれが知ってるはずがなかった。

面接場所と言われた店の名前は「サピエンス」
忘れられない名前だ。

【続く】

【注意】この記事には未成年が飲酒したり飲酒を強要される描写がありますが、これらの内容はすべてフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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