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遺伝子組み換えとは何か?ゲノム編集との違いは?~腸活ラボマガジンVol.15~


はじめに

今回は、遺伝子組み換えについて取り上げたいと思います。理由としては、遺伝子組み換え食品だけでなくゲノム編集技術を用いた作物も流通するようになったもののその技術がどのようなものか、従来の品種改良(突然変異の掛け合わせを何回も行う)とどう違うのか理解していないまま、SNS等で不安を煽るような投稿が散見されたからです。
今回は、そういった不安を払しょくし、正しく遺伝子組み換えやゲノム編集という技術を理解するきっかけとなれば幸いです。

そもそも遺伝子とは?

僕たちヒトの体は70兆個ほどの細胞からなり、その一つ一つに核があります(図1)。そして、その中にヒトであれば、染色体が46本あります。父親と母親から23本ずつもらうわけです。そして、そのうち44本は常染色体、残りの2本は性染色体です(図2)。性染色体は、男ならXY、女ならXXという割り振りになります。そして、この染色体のいたるところに、僕たちの体の設計図である遺伝子が書き込まれているわけです。そして、この遺伝子を作っている材料がDNAというものです。ゲノムは、ヒトゲノムと呼ばれるように、父、母から譲り受ける遺伝子のワンセットを指します。

図1 遺伝子、DNA、ゲノムの関係 厚生労働省医薬・生活衛生局食品基準審査課『新しいバイオテクノロジーで作られた食品について』から引用


図2 ヒトの染色体 ヒトは、23組の染色体をもつ。https://genetics.qlife.jp/tutorials/Cells-and-DNA/How-many-chromosomes-do-people-have

少し脱線しますが、ヒト遺伝子は約2万個あります。これは生物によって異なっていて、よく老化や発生などの研究で用いられている線虫であれば1万9500個、トウモロコシであれば、4万個ほどで、体のサイズや複雑さと比例しているわけではありません。
また、ヒトのゲノムは、30億塩基対ありますが、1塩基対の直径は2 nm、長さは0.34 nmです。ヒトのゲノムをまっすぐにのばすと1メートルほどになります(生物の実験でブロッコリーやサケの白子(精巣)からゲノムを抽出したことがあるかもしれません)。
さて、遺伝子は、体の設計図といいましたが、実際に機能するのは遺伝子をもとにできたタンパク質です。ヒトを例にとると、遺伝子は、まずメッセンジャーRNA(mRNA)に転写されて、そこからスプライシングという過程を経て、タンパク質に翻訳されます(図3)。

図3 遺伝子(DNA)が転写されてmRNA、mRNAが翻訳されて、タンパク質になる流れをセントラルドグマといいます。 農林水産省 遺伝子組み換えとは https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/pdf/about.pdf

メッセンジャーRNAは、RNAの中のひとつですが、RNAには色々な種類があり、真核生物だけでも10種類以上あります(図4)。

図4 真核生物(細胞の核が膜につつまれている細胞からなる生き物、ヒトも真核生物)の主なRNA タンパク質をコードするのがmRNA。コードしないRNA(non coding RNAも多くあります。 https://www.nature.com/articles/nrm4032

構造遺伝子に着目してみます。DNAは糖とリン酸と塩基からなり、ATGCという4つの塩基からなります(図5)。

図5 DNAの構造 DNAは、糖とリン酸と塩基からなる 農林水産省 遺伝子組み換えとは https://www.maff.go.jp/j/syouan/nouan/carta/pdf/about.pdf

そして、このATGCの並び順でアミノ酸が決まります。具体的には、3塩基で1つのアミノ酸が指定されます。この組み合わせをコドンといいます。ATGからメチオニンが決まるようなイメージです。ATGCは4つあるので3つ並ぶと4x4x4=64通りできることがわかります。アミノ酸は、20種類ですから、ダブっていることがわかります。そして、どのコドンからどのアミノ酸が指定されるかについてまとめたものがコドン表になります(図6)。RNAではATGCではなく、AUGCという種類になっていることに注意してください。

図6 コドン表 AUGコドンは、アミノ酸を指定するだけでなく、翻訳開始シグナルとしても働きます。また、UAA、UAG、UGAの3つのコドンは、終始コドンと呼ばれ、翻訳がそこで停止します。http://nsgene-lab.jp/wp-content/uploads/cod_codon-table.jpg

そして、タンパク質は、これらのコドンから指定されたアミノ酸が並んでできています。その機能は、多岐にわたります。生きていくうえで必須の体内の酵素反応だけでなく、体を作る材料になったり、栄養などを運搬、老廃物を排出したり非常に多くの働きをしています。

このように、すべての生き物の性質(髪の色や、トマトの赤い色も)は、遺伝子によって決まっています。この遺伝子が変化することで進化してきたわけです。そして、もう少し短いスパンで見ると、育種もこの遺伝子の変化を活用してきたわけです。具体的には、人工的に作物や家畜を掛け合わせて新しい組み合わせの遺伝子をもつ個体を大量に生み出して、優良な性質をもった個体を選抜する交配育種と、自然に起きるもしくは放射線や薬剤をかけて突然変異を活用した品種改良が用いられてきました。
例えば、トマトの野生種は、毒をもった小さい実しかつけませんが、今では、プチトマトから大きなトマトまで山ほど種類がありますね。また、りんごは日本には、8~12世紀には、林檎(リウコウ)と奈(ナイ)という2種類の記述があり、それ以前に揚子江流域から原種が持ち込まれたといわれていますが、原種は小さく味もおいしくなかったそうです。

遺伝子組み換え技術とこれまでの育種技術は何が違うのか?

では、ここ30年で生まれた遺伝子組み換え技術は、これまでの技術と何が違うのでしょうか?
一言でいうと、目的のタンパク質をもった生物の遺伝子を取り出して、品種改良したい生物に組み込むことで新しい性質をもった生物を生み出すことです。具体例を見てみましょう。
最初に開発されたのは、除草剤耐や病害虫耐性を持った作物、または保存性が高いものです。

野菜などを栽培したことがある人は、わかると思いますが、何もしなくても雑草がどこからともなく生えてきます。ほったらかしにしていると、野菜に肥料をやっているのか、雑草に肥料をやっているのかわからなくなります。しかし、これを逐一引っこ抜くのは大変です。そのために開発されたが、除草剤です。しかし、普通に除草剤をかけると、野菜も植物ですから、枯れてしまいます。しかし、除草剤の影響を受けない、もしくは分解する遺伝子をもつ細菌等からその遺伝子を抽出して、植物に導入すると、除草剤耐性の植物ができます。
以下では、具体例をみて、実際の挿入遺伝子がどのようなものか、そしてその遺伝子からできるタンパク質はヒトにとって有害かどうか、そしてその判断基準をみていきましょう。

グリホサート耐性作物:グリホサートは、植物や微生物がもつ芳香族アミノ酸合成経路(シキミ酸経路)のタンパク質の一つEPSPSを阻害するため、植物は、アミノ酸が合成できなくなり枯れます。商品名としては、モンサント社の商品ラウンドアップが有名です。しかし、改変型EPSPS遺伝子(CP4EPSPS遺伝子)を導入すると、改変されたEPSPSタンパク質はグリホサートの影響を受けなくなるので枯れなくなります。
では、改変型EPSPSを食べるとどうなるのでしょうか?その前に、遺伝子組み換え食品の安全性についての評価がどうなっているかを確認しておきましょう。
厚生労働省によると、安全性確認は、
・組換えDNA技術により付加される全ての性質
・組換えDNA技術に起因し発生するその他の影響が生ずる可能性

について行われます。具体的には、
・挿入遺伝子の安全性
・挿入遺伝子により産生される蛋白質の有害性の有無
・アレルギー誘発性の有無
・挿入遺伝子が間接的に作用し、他の有害物質を産生する可能性の有無
・遺伝子を挿入したことにより成分に重大な変化を起こす可能性の有無
 
です(https://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/qa/qa.html)。
これらの具体的なポイントに沿って、食物ごとに詳細な審査がなされています。具体例として、遺伝子組み換え「てんさい」の審査結果を見てみます(https://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/05/s0516-2b.html)。
審査項目には、類似のタンパク質をヒトがどの程度食べているかについての記載があります。今回のCP4EPSPS遺伝子は、Agrobacterium sp.CP4株という土壌の微生物がもつものですが、“これまでにもヒトはCP4EPSPS遺伝子がコードするCP4EPSPS蛋白質と同様の機能を持つEPSPS蛋白質類を摂取してきている”ことが挙げられています。
また、CP4EPSPS遺伝子は、ベクターを用いて導入されているわけですが、そのベクター自体も毒性や安全性が評価されています。さらに、導入された遺伝子がてんさいのゲノムの中で“狙った場所に1つだけ入っている”ことも確認されています。加えて、導入されたタンパク質がアレルゲンとなりうるかについての評価もされています。
また、消化液できちんと分解されるかという試験や、どの程度の量までなら毒性が出ないかという動物を用いた毒性試験も行われています。

現状、日本では、遺伝子組み換え作物の商業栽培は実施されていないですが、毎年大量の遺伝子組み換え作物を輸入しています。自給率は、トウモロコシ、ワタ、ナタネは0%。大豆は6%です。輸入している国では、かなりの割合で遺伝子組み換え作物が作られており、8割程度が遺伝子組み換え作物だと推定されていますhttps://cbijapan.com/about_use/usage_situation_jp/)。

表1 日本の遺伝子組み換え作物の推定輸入量(2022年) 上記引用から作成

この消費量は、1年に日本人が消費するコメの2倍以上といわれています。この事実からもわかる通り、遺伝子組み換え作物を食べずに生きるのはほぼ不可能でしょう。

ゲノム編集とは何か?

細胞のDNAは、自然界のあるいは、人工的な放射線で切断されることがあります。細胞にとっては、一大事なのですぐにDNAを修復します。かなりの高確率できれいに修復するのですが、修復に失敗することもあります。この場合、DNAの配列が起きて突然変異が生まれます。体細胞で変異が生じたとしても、その変異は子に伝わることはありませんが、生殖細胞で起きるとその変異は、子に受け継がれます。放射線の場合は、DNAの切断がランダムに起きますが、ゲノム編集は、この切断を狙った場所で起こすことができる技術というわけです。いわば遺伝子のはさみです。
これでどういうことができるかというと、ジャガイモは、ソラニンという毒を芽に作るので芽をとります。しかし、ゲノム編集でその毒を作る遺伝子を壊すと、芽に毒がないジャガイモができます。また、ミオスタチンという筋肉合成を抑制する遺伝子がありますが、それを壊すと筋肉量が増えます。この遺伝子を魚のマダイで破壊すると肉厚マダイができます。こうすることで1匹からとれる身が増えます。


図7 ゲノム編集を用いて芽に毒のないジャガイモを作る方法 厚生労働省 新しいバイオテクノロジーで作られた食品について https://www.mhlw.go.jp/content/000828324.pdf

これまでにゲノム編集技術としては、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、TALEN、そしてCRISPR-Cas9という3つの技術が開発されており、この3つ目についてはその開発に貢献されたマックスプランク研究所のEmmanuelle Charpentier教授とカリフォルニア大学バークレー校教授のJeniffer Doudna教授に2020年、ノーベル化学賞が授与されています(ref1)。
第一世代のZFN、第二世代のTALENは、いずれもDNAを切断するヌクレアーゼという酵素、いわばはさみの部分にFok Iという酵素を用いている点で共通しています。そして、DNAのどこの部分を切るかを指定する酵素としてZFNではジンクフィンガーという転写因子、細菌のTALEタンパク質が用いられています(図8)。しかし、この二つは、DNAに結合するのがタンパク質であるため、設計が難しく時間とコストの面から普及はあまりしませんでした。


図8 ZFNとTALENの切断メカニズム https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/crispr-cas9_basic_bid_ts_1/

しかし、第三世代のCRISPR-Cas9は、DNAに結合するのがRNAのため、設計が簡単であり、低コストでもあったことから瞬く間に普及しました。
CRISPR-Cas9は、もともと細菌や古細菌が、ウイルスなどが侵入したときに部分的にその外敵DNAの一部を自分のゲノムのCRISPR配列(リピート配列)に組み込みます。これが、ターゲットDNAに結合して切断するガイドRNA(CRISPR-RNA, crRNA)として機能します。そして、同じウイルスが2回目以降侵入してきたときに、取り込んでおいたDNAがcrRNAに転写されて、Cas9ヌクレアーゼと複合体を形成して、侵入してきたウイルスのDNAを切断します。このガイドRNAとCas9の切断の部分だけをうまく活用したのがCRISPR-Cas9というわけです(図9)。


図9 CRISPR-Cas9の構造 https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/crispr-cas.asp?entry_id=14354

CRISPR-Cas9をはじめとするゲノム編集技術は、農業分野はもちろん、生命科学・医学分野の研究を進めるうえでも欠かせない存在になりました。例えば、遺伝子が働かないもしくは働きすぎることで発症していた遺伝子疾患の治療が挙げられます。これまでの薬は、タンパク質に作用するものでした。最近になって核酸医薬が登場し、RNAを標的とするものがでてきましたが、やはり、DNAを標的にはできておらず、遺伝子に原因がある疾患については、治療法が対症療法しかない状態でした。しかし、ゲノム編集では、DNAに直接作用するので遺伝子疾患も治療できることが細胞や動物実験で示され、2020年代になってから、鎌状赤血球貧血症やβサラセミアという血液の疾患の治験がスタートしました(ref2)。

そして、農業分野に話を戻します。先ほどもゲノム編集ジャガイモの話をしましたが、ゲノム編集では、ゲノムの中の狙った場所を切ることができる、つまり狙った遺伝子を壊すことができます。これまでは、ランダムに遺伝子変異が入ったものを掛け合わせていたので時間と労力が膨大にかかりましたが、ゲノム編集のおかげで低コストかつ短い期間で遺伝子が編集された作物を作ることができるようになったわけです。
もう一つ、具体例を見てみましょう。筑波大学を中心に開発されたGABA含有量が多いトマトです。トマトは、もともとグルタミン酸からGABAを作る酵素グルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)を5つもっています。このうちトマトの果実が結実する時期に機能するSIGAD2とSIGAD3に着目しました。これらの酵素は、自己阻害ドメインというものがあるため、通常では活性が抑制されています(しかし、高塩濃度などのストレス条件下になると抑制が解除されてGABAの合成が促進します)。研究では、この自己阻害ドメインの直前にストップコドンを入れるような変異を導入することで自己阻害ドメインが働かない、つまり常にGABAをたくさん作るトマトの作成に成功しました(ref3)。実際、7~15倍の蓄積が報告されています。

図10 ゲノム編集による高GABAトマトの作出 https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/senmon/2001_chosa01.html

このようにゲノム編集は、通常の品種改良であれば、何年もかかっていたような作業が数か月でできてしまうような技術です。外部からの遺伝子導入がないため、遺伝子組み換えとはみなされていません。
トマトやじゃがいも以外にも、肉厚マダイなど漁業や畜産分野への応用も始まっています。

おわりに

これまでに出てきた遺伝子組み換えやゲノム編集の違いがうまくまとまっているのが図11になります。

図11 様々な作物の作り方 厚生労働省 新しいバイオテクノロジーで作られた食品について https://www.mhlw.go.jp/content/000828324.pdf


遺伝子組み換えは、除草剤耐性や害虫に対する毒素を作る遺伝子が組み込まれていますが、ひとつひとつの作用機序を見ると、ヒトには害がないことがわかります。また、個別にその安全性が厳しくチェックされていることもわかるかと思います。
遺伝子組み換えやゲノム編集を用いた食品は、今後も流通量が増えていくと思います。そして、加工されてしまうと表示義務がなくなるので、想像以上に摂取していると思います。
また、現代のいちごやりんご、桃などの果物をはじめ多くの農作物は農薬を全く使用しないとほぼ収穫ができないレベルです。
遺伝子組み換え作物や農薬=こわいものとして扱うのではなく、どういう機序で作用していて、どれだけ安全マージンがとられているか、その基準を知っておくと安心できるかなと思います。
以上参考になれば幸いです。参考になった方はぜひスキ!していただけると励みになります。

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