煙草を初めて吸ったときの話

わたしが親元を離れたのは、18歳のときで
大学入学をきっかけに上京してきた。

ひとり暮らしをして良かったことはいろいろあるんだけど、
そのひとつが、煙草を吸ったことだった。

その頃のことはもうあんまりよく覚えてないけど、
あっ煙草を吸おうって思った夜があったことは覚えてる。

なんでか、煙草を吸わないとだめだと思った夜があった。

そういえば大学生のころは、夜になってからのほうが元気だった。

煙草を買えるところはコンビニしか思い浮かばなかったから、とにかくコンビニに行こうとおもって外に出るんだけど、いかんせん弱気な童顔だから、結構緊張しながら、なんとなくいつも行くコンビニはスルーするの。

しばらく行ったところにあるコンビニに入るんだけど、銘柄もわからないし、事前にググった‘’初心者向け 煙草‘’は、いかんせんカタカナなの。(なんでかカタカナになると記憶力が5億分の1くらいになる)

どうしよーってうろちょろしたところで、
なんとレジ脇に煙草一箱とライターがセットになった、まるでわたしが今日初めて煙草を買うことが東京のコンビニに知れ渡ったのかとおもうようなスターターセットみたいなのが売ってた。

もう銘柄とかどうでもいいよね。
吸えたらいい。吸って煙がでたら、なんかもうそれでいいやとおもって、下向きながらそのスターターセットをレジにもっていった。(童顔だから)

なんとか止められずに買えて、もう足早に家に向かった。
今おもえば、止められても平気なんだよね、二十歳越えてたから。

家に帰ってもう初めて買ったおもちゃみたいにスターターセットの包装を破いて煙草を出して、ライターかったいな、これ本当につくんかいなとか思いながらようやく火がつくの。

煙草って吸わないと火がつかないんだけど、吸いすぎて激しくむせて、ふと目に入った煙草の箱に、メンソールって書いてあった。気管支のスースーが止まらなかったよね。

そんな、煙草デビュー。

それから、その一箱をずいぶん時間かけて吸い続けるんだけど、そんな間に、何種類か銘柄を試して、いつかテレビや映画で観たかっこいい煙草の吸い方なんかも真似して、ちょっとずつなんか慣れてくる。

そうしてみたら、だんだん、煙草を吸う好きなシチュエーションなんてのもでてくるの。

そのころは、人前で吸うこともなかったし、ただ自分のためだけに、家で吸いたかったから、だいたい夜のベランダとかで吸ってた。

夜から朝方にかけてが一番目が覚めてる時間だったから、夏は特に、夜のあかりを見ながら、朝焼けを見ながら、ベランダで吸うのがさいこうだった。

大人になったな、って、おもってたとおもう。

考えごとをしながら、ベランダで煙草。

吐き出す煙を眺めながら考えていたことはもう全然覚えてないけど、シチュエーションは結構覚えてる。だれかと吸うことは珍しかったから特に、隣にひとがいたときのことはよく覚えてる。

その頃一番仲良かった友達と、
サークルの憧れてた先輩と、
好きだった人と、
絶対に叶わぬ想いをしのばせて吸う夜もあった。

匂いの記憶はつよく残るから、
不毛な恋愛をしていたときはたくさん吸ってた。

そこに煙草が入ると、ちょっとかっこよく見える気がしてた。自分で、自分が。単純だから。

だけど、だれが隣にいたって、煙草を吸う夜はちょっとさみしかったんだとおもう。

でも、そんな時間は自分にとって、本当にあってよかったとおもう。

親元を離れて、たぶん親はあんまり望まない煙草を、自分の意思で吸った。
わたしにとって煙草を吸ってた話は、親の思い通りにはならない自分を認めて、一歩ずつ踏みしめてた話でもある。

一緒に暮らしていた頃は親と折り合いがつかなかったことも、そのころはカミングアウトできていなかった同性が好きってことも、自分のファッションも、考えも、どうしたって自分のものだから、

親はしあわせになってほしいと思ってしてくれていたことも、わたしはやっぱり一度脇において、なんでそんなことを、そんなものをって思われるところに突っ込んでいかなきゃいけなかったんだとおもう。

そのひとつが、煙草だった。

煙草をきっかけに、のちのちたいへんなことになる出会いもあったし、まあ健康にはよくないんだとおもう。

でも、めちゃくちゃ汗をかきながら買った煙草も、メンソールでむせながら初めて吸ったことも、新しいことをひとつひとつ、自分だけで知っていく経験は、ちゃんと自分のなかに積もったんだとおもう。

そういうのって、すぐに効果もでないし、じんわり悪いほうにいくことだってあるし、無駄に見えることもあるけど、思いもよらないところで、活きてくることもあるもんだ。

今はもうめったに吸わないけど、
今のパートナーとも結構大事な夜に吸った思い出がある。

ぽつり、ぽつりと、
お互いのこれまでのこと、だれにも話したことがなかったようなこと、そういうことを話した夜。

煙草を吸う夜は、どこかさびしくて、だれかと一緒にいたって独りみたいだった。

パートナーのとなりで吸った夜は、そんないくつもの夜が浄化されるみたいで、癖になりそうだった。なんて書くと、パートナーにあんまり吸わないでほしいなーって怒られそうだけど、これからも、いい夜には、たまに吸わせてもらおうとおもう。

メンソールのことでも思い出しながら。

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