ルームメイト 八割の法則であいつと恋をする前に
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あらすじ
関東のある県に位置する私立徳院学園(全寮制)へ入学し、同室になった松平凌と宮坂春紀。
「君たちが三年の頃には八割くらい寮内カップルができてるよ。俺も一年の時は君たちと同じだったからね」
歓迎会の最中、三年生からの有難い助言に青ざめたのも束の間、凌は同室の春紀に妙な感情を抱くようになる。
本当に寮内でカップルが生まれてしまうのか?
二人と、二人を取り巻く学生たちが織り成すドタバタ青春ラブコメディ。
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第一話 一〇六号室
「……ここだ」
割り振られた部屋番号のドアに辿り着き、俺は肩にかけた大きめのバッグをもう一度「よいしょ」とかけ直した。受付で渡された冊子をもう一度見る。
『一〇六:松平凌まつだいらりょう 宮坂春紀みやさかはるき』
自分の名前の横に並ぶ、『宮坂春紀』の名前を頭の中で繰り返す。
みやさか、はるき……か。
関東のある県に位置する私立徳院学園。ここは全寮制の進学校であり、スポーツ名門高校としてもとても有名だ。大学進学や部活動に専念したい普通科の生徒も多数入寮している。
『共同生活を営む中で、自立心と仲間を大切にする心を育む』がモットーらしい。
そう。今日から知らない奴との相部屋生活が始まる。最低一年間は同じ部屋で過ごさないといけない。
性格のいい奴だったらいいな。いや、最低ラインとして、汗臭くなくて、スナック菓子をポロポロ食い散らかしても平気な神経の持ち主じゃないのなら、あとは我慢しよう。
俺は人見知りだけど、最初はきっと誰でもそうだし。もし相部屋の奴が極度の人見知りなら、俺から歩み寄ってもいいし……。俺は、そこまで……、うん、極度って程じゃないし……。
「…………」
ドアの部屋番号を見上げながらグルグル思う。
名前から受ける印象はとても好ましい。上品そうだし、穏やかそうでもある。春という漢字がまたいいじゃないか。でも過剰に期待するのは危険だ。最初は慎重に相手を見極めた方がいい。相部屋の奴といきなり険悪にだけはなりたくない。人は見かけによらない。どこに地雷があるか分からないからな。
ドアノブを掴もうとして思いとどまる。
もしかして相部屋の奴は、もう部屋の中にいるのかもしれない。ノックをした方がいいよな。やっぱりマナーは大事。最初が肝心だ。親しき仲にも礼儀ありだしな。
「……すーっ……はぁ~~」
俺は軽く息を吐いて、冊子をバッグの外ポケットへ突っ込むと、右手で拳を作りドアを二回ノックした。
コンコンと軽めの音を立てるドア。
「はーい、ちょっと待ってぇ~」
ドアノブを握ると少しこもったような声が返ってきた。部屋の中からのものだ。つまり、相部屋の相手。
……え? 待って? って……どゆこと?
着替えでもしていて「ドアを開けるな」という意味だろうか。でも、まさか裸でいるわけじゃないだろうし、声は高かったけどここは男子校の寮。女子が中にいるわけじゃあるまいし?
でも、とりあえず「待って」とお願いされたので、しばらく待ってみることにした。
一分経っても、二分経っても、三分経ってもドアノブは動かないし、「いいよー、入ってー」という声も聞こえない。
「……?」
俺は首を傾げながらドアノブをゆっくりと回した。鍵は掛かっていなかった。カチャリと小さな音を立ててドアが開く。
そーっとドアノブを引いて、半分ほど開いたドアに首だけ覗かせて部屋の中を見た。
部屋の真ん中に人がいた。俯いた真剣な横顔。手には携帯。
……ゲーム?
あぐらをかいて背中をまるめたそいつは、俺がドアを開けたことにも気づいてないようだった。
物凄く集中しているようだ。……ゲームに。
こいつが俺のルームメイト? 宮坂春紀? 小柄で華奢で、色も白い。「名は体を表す」とはよく言ったものだけど、入寮初日に荷解きもしないでゲームに夢中な姿は、ハッキリ言って唖然の一言だった。
彼の周りにはダンボール箱一個と、小さめの旅行バッグ。
荷物……それだけ?
俺の親があらかじめ送った荷物は入って正面の壁。窓際のエアコンの下に積んであった。大きなダンボール三個。そのダンボールと、部屋の真ん中で俯き口を尖らせ、必死にゲームをしている奴を交互に見て戸惑っていると、そいつが顔をガッと上げた。
「かはっ~、くっそぉ~」
間抜けな声を上げたそいつは、隣に置いた旅行バッグに携帯を持った腕を伸ばし、バタッと倒れこんだ。
「…………」
俺の足に気づいたのか、倒れた姿勢のままで徐々に上がる顔。上目遣いの視線とバチッと目が合う。まん丸な目と「あは」と笑いだしそうな口元。細い顎。上唇は薄くて、下の唇はぽってりしている。そのうっすら微笑んでいるような口元が動いた。
「どうも」
「ど、ども」
さっきも思ったけど、声が高い。声変わりしたけど、あまり低くならなかったパターンだろうか?
突っ立ったまま、寝転がっている……多分『宮坂春紀』を見下ろしていると、宮坂は「よいしょ」と呟きながらのそっと立ち上がった。
携帯のボタンを押してゲームを切ると、ポケットへ携帯を突っ込む。それから左手で顎を支えると、左右に首を振って、ポキポキと軽快な音を鳴らした。
黙って見ていると、ぷらんとその手を落とす。
「一〇六の住人さん?」
「あ、うん。俺、……松平」
ゆるい感じの立ち姿で話しかけてくる宮坂。俺より背が低い。そのくせ姿勢も悪いから、いっそう小柄に見える。何センチくらいだろう。一六十くらいかな?
小さいくせに、宮坂の妙にリラックスした雰囲気にたじろいでしまう。
「松平君ね。俺、宮坂君。よろしくね」
ダランと垂れていた腕がスッと上がり差し出された。
手は丸かった。手の平が大きくて指が短い。なんて丸い手なんだと思った。丸くて小さい。とても愛嬌のある手の形だ。
「あ、うん。よろしく」
その手が握手の為に差し出されたのだと一秒後に気づいて慌てて手を握る。
ギュッと握った手は見た目の通り小さくて、とても柔らかかった。スポーツなんてしたことがないようなプニプニとした柔らかさ。手を使わないスポーツもあるから、もしかして陸上の短距離走かもしれないけど。でもきっとそれも違う。
なぜって握った手も、頬も透き通るように白かったから。
触り心地の良さそうな頬をむにっと摘まんでみたい。
そう思った瞬間、宮坂は目を糸みたいに細くしてクシャッと変な笑顔を作った。いきなりのクシャ顔にビックリしていると、握手している手と反対側の手で、今度は肩をパンパンと叩き揺すってくる。
「え? え?」
戸惑っていると、ユサユサ揺すられて更にビックリする俺。
宮坂は握手を解くと、床に置いたバッグを手に取り肩にかけた。小さなダンボールを抱え、こちらを振り向く。
「待ってたの。どっちにする? 右? 左?」
相部屋はドアを開くと、正面に南向きの窓。その上にエアコン。入口の右手に風呂場。左手に洗面所とトイレ。部屋の真ん中を境に左右シンメトリで、クローゼット、ベッド、勉強机が並んでいる。ベッドの下も物が収納できるようだ。
「あ……俺は、出来れば右がいいけど……でも、どっちでもいいよ?」
「右ね。んじゃ、俺、左行くわ」
「え、いいの?」
宮坂は快く俺に右側スペースを譲ってくれた。
部屋の左側の勉強机にダンボールをデンと置く。次にベッドへ旅行バックを置き、ドサッと勢いよくベッドに乗ると荷解きを始めた。チャカチャカと手際よい動き。ポカンと見ているうちに、荷解きはあっという間に終わってしまった。五分もかかってない。
ダンボールから出てきたのはノートパソコンや外付けハードディスクやらケーブル。ヘッドホン。ゲーム用コントローラー。数冊の本。のみ。
え……服とかは? 下着とか、部屋着とか、そういうのは?
俺は疑問を抱きつつ、大きな旅行バッグをベッドの上に置いて、積まれたダンボールの前でこれを開けていいものかと躊躇した。
宮坂はPCやらの機械のセッティングに取り掛かってる。
「…………」
ま、いっか。俺のことは眼中にないみたいだし。
そう判断して一個目のガムテープを剥がす。中身は服がギッシリ。ベッドの下のタンスにそれを全部入れる。春夏秋冬、必要最低限の衣類だけを厳選して持ってきたつもりだったけど、スペースは全然足らなかった。
ベッドの上にハンガーを掛けるパイプが一本備え付けてある。きっと制服を掛ける為にあるのだろうけど、パイプの上に棚を作っていいだろうか……。
チラッと宮坂を見ると、もう全部セッティングも終了したようだった。ひと仕事終えたとばかりに手を腰に当て、うーんと伸ばしている。
まぁ、服はいいや。とりあえずダンボールに入れておこう。
もう一個のダンボールを開ける。こちらには本がギッシリ。本棚へその本を一冊一冊移動させる。こちらも持ってきた本で、本棚の七割が埋まってしまった。
ラストのダンボール箱を開ける。その時、宮坂が椅子に後ろ向きにまたがり、背もたれの上に腕を重ね顎をのっけてこっちを見ているのに気づいた。
う……ものすごい見てる。
緊張しつつ、気づいてないフリで、ダンボール箱からシューズとラケットを取り出した。それから小さな金色のトロフィー。俺の宝物であり、ささやかな自慢の品。
どこに飾ろうかな。やっぱ机の上がいいか……。
トロフィーを机の上に置いた。
「ねぇねぇ」
「え?」
突然話しかけられてビクッと振り返る。宮坂はさっきの姿勢のまま、上目遣いで俺を見ていた。
「今日の夕方からある歓迎会、出る?」
「あ、うん」
「やっぱ出るかぁ。出なきゃまずいよね……きっと」
嫌そうな口調で、うなだれぼやいてる。
出なきゃまずいよねって……。今日までに入寮しなきゃいけないし、今日の夜は新入生歓迎会があることも一ヶ月も前から分かってるし。何を言ってんだ?
「まぁ……きっと、みんな自己紹介とかするだろうし、今後の為にも出た方がいいと思うよ?」
「それがやなんだよねー、自己紹介。名前言ってくだけじゃん? それに人多くって賑わいでる場所ってそもそも苦手なんだよね」
情けない顔でションボリしてる宮坂。「嫌だからやりたくない」が、まかり通るのは幼稚園児までだよ。今時の幼稚園児でも厳しいかもしれない。って内心思ったけど、あんまりションボリしてるからつい言ってしまった。
「じゃあ、具合が悪くて寝てます。って言っておこうか?」
「お! いい? 悪いねぇ~」
宮坂の表情がガラリと変わった。椅子からピョコンと飛び起き、満面の笑みでニコニコしてる。調子のいい態度に呆れているとダンボールを覗くように背を伸ばし言った。
「手伝おっか?」
「え……あ、いいよ? あとは……」
「そ?」
引くの早っ! 最初から手伝う気なんてなかったんじゃないかと思える様子。呆気に取られていると、宮坂は機嫌良さげにベッドへゴロンと横になった。
また携帯を弄りだす。
やっぱりこいつ、ただの調子いいだけの人間なのかも?
試し読みはここまでです。現在ノベマで五話まで更新しています。
どうぞよろしくお願いいたします^^