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【二次創作】カタシロ Rebuild; 断絶 (一)

これは、ディズム氏主催の舞台「カタシロ Rebuild」シリーズの創作二次小説です。
ここでは、ネタバレを多分に含みます。先に本編をご覧になることをおすすめします。Youtubeで無料でご覧になれます。

 こんにちは。はじめまして。神風太郎と申します。
最近Youtubeで「カタシロ Rebuild」という舞台映像をイッキ見してまして。
 「カタシロ Rebuild」とは、ディズム氏主催の舞台です。ルーツはTRPGにあるのですが、本作は完全な舞台です。
 主役の「マコト」役の役者には脚本は渡されず、他の人物との会話をアドリブですすめることで、物語をつくっていくというものです。キャストを変えてYoutubeで何度も上演されているのですが、それぞれの人生が表れて、本当に面白い。

  Youtubeのリストはこちら。

二作目「カタシロRebuild 侵蝕」のリストあります。

 で、「自分だったら何を語るか」とゆーことがずっと頭をぐるぐるしてまして。数年ぶりに創作意欲が爆裂してしまいました。
 名前もない私が当作シリーズに出演できるわけはないですし、そもそも話を知っている私は出演権がないので。せめて小説として形にしてみようかなと。よければご査収ください。


目覚め(一)

 目が覚めると、白い部屋にいた。
 白い天井。白い壁。白い床。白い棚。膝にかかる白い布。
 白は嫌いだと思った。瞳に突き刺さる厚かましい光に、神経がささくれ立った。
 頭痛のせいだけではないはずだ。私は、ここが嫌だった。
「目が覚めたかね?」
 男の声が聞こえた。ベッドの横から、白衣の男がこちらをのぞき込んでいた。
 男を無視して、体に意識を向けた。私はベッドに寝かされていた。寝返りを打とうとしたが、動かない。体が縛りつけられていた。ますます苛立たしいと思った。
 「目が覚めたかね?」ふたたび男が言った。
 「ええ、まあ」適当に答えながら、考えた。
 なぜこの忌々しい部屋で縛られているのか。目の前の男は何者だ。昨日まで私は何をしていたのか。
 私は誰なのか。
 思い出せない。
「混乱しているようだね。ここはどこか、わかるかな」
 男が穏やかに言った。私はわずかに首を横に振った。ああ、首くらいは動かせるのか。
「ここは病院だ」
「病室には見えませんが」
 そうだ。清潔な部屋だが、ベッドは硬い。室内は妙に広い。あの薬品棚なんて、病室にあるわけがない。
「そう。ここは手術室だ。あいにく病室が埋まっていてね、申し訳ないが、この部屋で我慢してほしい」
 抑揚なく男が言った。病室が埋まっている? かすかに違和感があった。「どうだい? 調子は」
 改めて男を見た。中肉中背。白衣を着ている以上、医者なのだろう。だが顔に、奇っ怪な仮面をつけていた。黒い仮面が目鼻を完全に覆い、口のあたりでタコの触手のようなものが垂れ下がっている。安っぽく黒光りする、プラスチックの仮面。そのせいで、男の眼差しがどこを向いているかもわからない。
 全く。そんな医者がまともなわけがない。
 無視しようとも思ったが、それで状況が好転するわけでもなさそうだ。私は渋々答えた。
「頭が痛いですね。あと、何も思い出せない」
「そうか。実は、君は落雷にあってね。奇跡的に一命をとりとめたが、脳にダメージが残っていたのかもしれない。どうだろう、自分の名前も思い出せないかな」
「いいえ」
「そうか。残念ながら君の持ち物も、落雷で焼けてしまった。ただ、名刺が一枚焼け残っていてね。そこにはマコトと書かれていた」
「マコト?」
 口に出してみたが、しっくりこない。
「そうだ。名無しではお互い不便だろう。だから仮に、君のことをマコトと呼ばせてもらう」
「そうですか」
「ほかに思い出せることはないかね?」
 家族。そうだ、私には家族がいたはずだ。妻と息子。だが、それを正直に仮面の医者に答える義理はない。
「ないですね」
「そうか。これから三日間、君にはここで寝泊まりしてもらう。なに、検査入院みたいなものだ。それまでに君の体も、記憶喪失も、完全に治療できると思う」
 記憶喪失に三日? そんなに簡単なものなのか?
「その根拠は?」
「私は君のような症例をいくつも見てきている、いわば専門家だ。安心して任せてくれたまえ」
 安心できるものか。
「なぜ私は縛られているんです? ほどいてもらえませんか」
「それは難しい。君は昨晩、手術中に大暴れしたんだ。覚えていないかもしれないが」
 覚えていない。激しく痙攣していたのか、または錯乱していたのか。ありえない話ではない。
「申し訳ないが今日は、そのままですごしてもらいたい。明日には解放できるはずだ。ところで」
 そう言って男は、バインダーを取り出し、芝居がかった口調で読み上げた。やれやれ、私の意思は関係ないらしい。

囚人のジレンマ

「ところで君は、『囚人のジレンマ』という話を知っているかね。つまり、覚えているかな?」
 馬鹿にするな、ゲーム理論の初歩だろう、どこの本屋でも入門書があるぞと言いたくなったが、飲み込んだ。この男の意図が読めなかった。「いいえ」と答え、男の出方を見ることにした。
「君と私とで犯罪を犯し、そして警察に捕まってしまったものとする。その後我々は個別に、司法取引をもちかけられる。
 二人とも黙秘すれば、証拠不十分で懲役二年。だが一人が自白し、もうひとりが黙秘すれば、自白したほうは無罪放免、黙秘したほうは懲役十年。早いもの勝ちだ。
 そして二人とも自白すれば懲役五年だ。ルールはわかったかな?」
「ルール?」

 そうだ。ルールだ。
 いま私がどういう境遇に置かれているのかはわからない。だがこれを打破する必要がある。まずは勝利条件を確認しなければならない。
 一。私の心身の安全。当然、死んだらゲームオーバー。
 二。この場所を脱出し、妻子が待つ家まで帰還しなければならない。
 そもそも家の場所がわからない。三日で記憶が戻る、と男は言った。嘘くさい話だ。戻らなかったらここを脱出し、警察やしかるべき機関に駆け込むしかない。
 どうやって警察まで行けばいい? 交通費が必要かもしれない。
 私の所持品は本当に焼けてしまったのだろうか? 男が嘘をついているとしたら、この病院のどこかに保管されている可能性がある。そうすれば交通費も手に入るだろうし、身分証から住所も割り出せるだろう。
 男が嘘を言っていなかった場合、病院の金を借りられるかもしれない。
 安全な脱出。そして所持品の奪取、または金銭の取得。
 やはり最大の障害は、目の前の男だ。
 安全にいくなら、男と交渉するのが王道だ。
 だが今、私は縛られて、この部屋に閉じ込められ、強制的に治療されている。
 平等な関係でこそ交渉が成立する。バランスが崩れていたなら、一方が他方から奪うだけ。交渉にならない。
 この男と私の間に、均衡が必要だ。
 そうか。この男に反感を抱いた理由はそれか。
「これから二人で一斉に、自白か黙秘か答えてみよう。思考実験、ゲームみないなものだ。どちらにするか決まったかな?」
「どちらかを答えることで、私にデメリットがあるのか?」
 男は控えめに笑った。「まさか。これは会話によって君の記憶を刺激し、取り戻そうとする試みだ。私が君を深く理解するために必要な手続きと言ってもいい」
 なるほど。確かに私は『囚人のジレンマを知っている』という記憶を取り戻した。だがそれにいかほどの価値があるのか?
「では一斉に言ってみよう」
 男と私は同時に息を吸った。

「「自白」」

 男は黙った。私は平然としていた。
「マコト君、なぜ自白を選んだのか、教えてもらえるかな」
 正解を知っている、と気取られないよう、慎重に答えた。
「当然でしょう。黙秘ならば懲役二年または十年。自白ならゼロまたは五年。仮に相手が50%の確率で選ぶとしても、自白のほうが得だ。しかも共犯者は医者だ。この程度の計算ができないはずがない。そう考えると相手が自白を選ぶ確率はもっと高まる。黙秘を選ぶ理由がない」
 何回もこの二人でゲームを行うのならば、話は別だけどな、と頭の中で補足した。
「なるほどな。ところで、相手が黙秘を選んでくれるかもという期待や、信頼はなかったのかい?」
「あるわけないでしょう。初めて会った、けったいな仮面の男に対して」
 男は肩をすくめた。
「私の信頼が欲しければ、まずその仮面を外すべきだ」
「マコト君。申し訳ないが、それはできない。事情があってね」
「どんな事情です?」
「それは、もう少し信頼関係が築けてから教えるとしよう」
 この男は馬鹿なのか? その信頼関係を築くのにマスクが邪魔だと言っているのに。それとも、本気で仮面を外せない理由があるのか?
 どんな理由が?
「仮に、我々の間に信頼関係があったとしたら、答えは変わったかね」
「変わりませんね。私が刑務所にいたい理由があれば別ですが」
「そうか、マコト君。君は非常に、理性が強い男なんだね」
 言われて気づいた。

 違う。私はとても怯えていた。
 記憶喪失。謎の病院。拘束され動けない。仮面の男。無意味としか思えない質問。
 状況が飲み込めない。すがるものが何もない。この医者を信用してしまえば、従ってしまえば楽になれる。そう心は叫んでいた。
 だが、私はそれを拒んだ。そんなに都合のいい話は、この世にはない。それよりも、この理不尽な状況を怒れ。怒れば不安は忘れられる。不安に足止めされなければ、理性は動ける。理性が動けば、状況を好転させられるかもしれない。
 そうか。目が覚めてからずっと、苛ついていた理由がわかった。危機を感じた無意識が、理性をショートカットして、心を操作した結果なのか。私は深く息を吐いた。認知できてしまえば、心はもっと簡単に制御できる。
 私は拳を握った。腕も少しは動く。
「理性が強い? 薄情だと言いたいんですか」
「まさか。そんなつもりはないよ。よし、ここまでで今日は終わりだ。申し訳ないが、他にも見なくてはいけない患者がいてね。午後にはまた検査をしよう。最後になにか質問は?」
「ええ。あなたの専門は何ですか?」
「専門か。脳外科だよ」
「脳外科、ね。カウンセリングは専門外じゃないのか?」
「ああ、囚人のジレンマのことかい? 私は精神科や神経内科もやっていてね。それに、私は君のことが知りたいんだ」
「でもマスクは取れない、と」
「すまないね」
「では代わりに。握手していただけませんか?」
「二人の信頼のために? いいだろう」
 私の縛られている右手へ、男は手を伸ばし、力強く握りしめた。
 温かい手だと思った。意外だった。私も強く握り返した。
「改めてよろしく、マコト君。では失礼するよ」

探索(一)

 男は照明を消し、ドアから出ていった。暗いほうが落ち着くので、ありがたい。常夜灯だけが部屋を照らしていた。
 しかし暇だ。拘束されていては、スマホもPCも操作できないし本も読めない。そういえば、この手術室に暇を潰せる類の代物はあるか。明日もこの調子だと参るな、と私は首を動かした。
 首の筋が突っ張った。ベッドに縛り付けられて、筋肉が固まっているのか。それとも元からなのか。鏡がないのでわからないが、私はそこまで若くはないのだろうな、と思った。そうだ、小学生の息子までいるわけだしな。
 嘆息して横を見ると、医療用のモニターがあった。液晶には、『98』『97』という2つの数字が表示されていた。そこから数字は動かない。
 おかしい。血圧や心拍数のたぐいなら、数値は変動するはずだ。では何の数字だ。 考えても答えは出ない。
 反対側を向くと、手術道具が見えた。いや、あれは手術道具なのか? ドリルや、見覚えのない工具類だった。メスや鉗子など、ドラマでおなじみの道具がない。
 手術室に工具? 何に使うのか?
 いや、そもそも手術道具が放ってあるのがおかしい。昔読んだ小説を思い出した。手術時に医療器具を体内に入れたまま縫合した、なんて医療事故の話だった。おそらく今では、手術助手やら看護師やらが、片付けついでに、手術器具の個数をチェックするだろう。
 まさかあの医者は、私を一人で手術した?
 ならば、なぜ? 他のスタッフは? そしてあの工具は?
 冷静に考えると、私が手術室で寝泊まりする、という状況もおかしい。昨今では病室が足りなくて、救急室のたらい回しなどざらにある。それなのにこの病院は、落雷にあった私を受け入れ、貴重な手術室を専有させた? あり得ない。
 ここまでが正しいなら。『あの男は』『あえてこの部屋に滞在させるために』私を受け入れた。その理由は?

アユム(一)

「だれかいますか?」
 女の子の声だ。
「おーい、だれかいるんですかー?」
 心臓が跳ね上がる。さらに不可解な要素が加わるのか。勘弁してくれ。
「すいませーん!」
 しかし、新たな情報を仕入れられるかもしれない。意を決して答えた。「どうしました?」
「あー、よかったー! 隣の部屋だよ!」
 隣? 隣にも患者がいるのか。
「急にはなしかけてごめんね。今おはなししても、だいじょうぶ?」
 妙に律儀な子だ。
「大丈夫だよ」
「ありがとう!わたしの名前はアユムだよ。おにいさんの名前は?」
「私は、マコトって言うらしい」
「マコトおにいさん。って言うらしい?」
「覚えてなくてね。医者にそう言われた」
「そうかー。そこに来るひとはね、みんな自分のこと、おぼえてないんだよ」
 この手術室に来る人間が他にもいて、全員記憶がない? そんな偏った手術室がありうるのか?
「マコトおにいさん、げんき?」
「ああ、頭が痛いけど、元気だよ。あと、私のことはおじさんでいい。マコトおじさんで」
「うん、マコトおじさん! あのね、私ずっと入院しててね、ヒマだったから、話しかけちゃったの。おじさんとお話したいんだけど、いい?」
 教育がいいだけなのかもしれないな、と思った。
「いいよ。ところで、アユムちゃんは何歳?」
「九才だよ!」
「そうか。おじさんの息子と一緒だね」
「えー!おじさん、こどもがいるんだ!」
「そうだよ。はやく退院して会いたいなーって思ってるんだけどね」
「そうなんだ。きっと、おとうさんがすぐになおしてくれるよ!」
「お父さん? アユムちゃんの?」
「うん。おとうさんは、あたしの主治医さんで。おじさんのことをなおしてくれてるのも、きっとおとうさんだとおもう」
 なるほど。医者の娘だったら、教育が行き届いているのも頷ける。家庭環境がよいのだろう。
「あの、変な仮面のお医者さんが?」
「仮面? わかんない。あのね、あたしひどい事故にあってね、それから目が見えないの」
「そうだったのか。ごめんね、辛いことを聞いちゃって」
 言いながら、頭を巡らす。この律儀な少女の声は、トラップではないか?
 何のための? 彼女の父、あの男を信用させるための。
 信用させたら、何が起こる? わからない。情報が足りない。
「ねえおじさん、おじさんが退院するまで、あたしのお友達になってくれない?」
「友達はまずいな、事案になってしまう」
「じあんってなに? お友達になってくれないの?」
 トラップだとしたら、声の主は少女ではないと考えるのが自然だ。事前収録したもの、声優やボイスチェンジャー、あるいはAI。会話にその徴候はあったか? ない。
 そもそも信用させたければ、あの男自身でなんとかするのが一番早い。わざわざこんな、迂遠な手段を取る必要がない。
 ならば別の目的が? 情報が足りない。口調からも、本物の少女であるとしか思えない。危険な徴候が見えるまで、彼女は一旦、信用して良いかもしれない。
 私の心が緩んだ。いや、少女の声を聴いてから緩んでいた。この声の主は控えめだが利発で、人懐っこい。顔も見えない隣人に話しかける勇気、意志を感じた。私は彼女に好感を持ったのだと思った。

 そうだな。いいだろう。私の理性は許可を出した。
 最低でもあと三日。ずっと張りつめていたら、心がもたない。

「話し相手くらいなら大丈夫だよ。それを友達と君が呼ぶなら、構わない。でもお父さんには内緒だよ、私が逮捕されてしまう」
 冗談めかして言ってみた。
「たいほ!? うん、わかった、秘密にする! あのね、あたし早く体をなおして、おとうさんみたなお医者さんになるのが夢なの!」
「そうか、すごいね。ねえ、お父さんって、どんな人?」
「おとうさんは、とってもやさしいの! あたしが入院してからも、ずっとめんどう見てくれてるんだよ」
「そうか。お父さんとは、どんな遊びをするの?」
「おとうさん、最近いそがしいみたいで、あそんでくれない」
「そっか。事故にあう前は、何して遊んでたの?」
「いっしょにおうたを歌ってくれた!」
「いいね。歌は好きなの?」
「大好き! あたしね、今は体も動かないし、おうたもあんまり歌えないんだよね。でも、おうたを聞くのも好き! ねえ、おじさんは子どもと何してあそんでるの?」
「うーん、一緒にゲームしたり、ボールで遊んだりかな」
 息子と遊んだ公園を思い出した。面倒だったが、楽しかった気がした。そこで急に、強烈な眠気が私を襲った。
「ごめん、アユムちゃん、眠くて。今日はもう話せないかも」
「うん。おじさん、ありがとう。おやすみなさい」
 聞き分けのいい、良い子だな。そう感じながら、私の意識は混濁していった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きはこちら! 全三話です!


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