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#忘れられない旅 第3話 2011年2月 東京

 人生は旅のごとし。ということで、古い話が多くなり恐縮ですが「旅」の思い出として人生を振り返ります。
#忘れられない旅

 第3話 2011年2月 東京
 第2話で御縁をいただいた50代の方との交流を深めるのと併せて、私はそれまでの「社会人柔道倶楽部」に加えて、日本柔道の聖地「講道館」でも稽古をするようになりました。正しくは稽古だけではなく、いよいよ柔道2段取得に向けて講道館で開催される「月次試合(つきなみじあい)」にも参戦を始めました。
 柔道の聖地「講道館」で柔道の試合をするなんてことは、自分の人生で全く考えてもいないことでした。なお、講道館では年末年始の早朝5時から開催される「寒稽古」という行事があり、私は近所の住む50代柔道エリートに連行、いえ誘われるまま参加し2年連続で「皆勤賞」をいただきました。まぁ、「だからどうした」という話ではあります。
 
 また、講道館では「春日柔道クラブ」という、小中学生を中心とした柔道教室も開催されているようで、同じ道場で稽古をすることもあったのですが、当時の「春日柔道クラブ」でも、一際大きな体躯で目を引いたのが、背中に「ウルフ」というゼッケンをつけた中学生でした。
 講道館で稽古をする社会人同士では、グループ的に稽古をする方も入れば、私のように「フリー」で参加し、自由に相手を探して乱取りをする方もいましたが、私自身は中学生と稽古をしようとは思わず、ウルフ選手を遠目に見ていただけでしたが、ちょっとモノが違う。という印象はありました。

 話を「月次試合」に戻しますとこの試合は、昇段に向けたポイントを獲得することを目的に自由に申込みできる試合となっておりまして、ほぼ毎月、段別による試合が開催されるのですが、一般的なトーナメントやリーグ戦ではなく、選手名をアルファベットで表記すると
A B C D E F G H I J K
という感じで選手名が横一覧に掲げられ、初戦は A選手対B選手が試合をして、以後、勝った選手が残り、右に名前があるC選手と試合をして、また勝った方が次のD選手と試合をしていきます。引き分けの場合は二人とも試合場を去り、新たな二人で試合をします。

 勝てば1ポイント、引き分けで0.5ポイントとなり、当時のルールでは初段から2段に昇段するためには4ポイントが必要でした。この横一列の組み合わせが良くできていまして、早い段階で試合をする左の方になるべく弱い選手を配置することで、弱いながらもポイントを獲りやすくなっています。しかし、少しポイントが溜まると、中盤の強い選手のところに配置されて、昇段に向けた壁が高くなり、それを乗り越えなくてはならないのです。
 また、勝ち残りで連戦になりますので、強い選手でもスタミナを奪われ、連勝が難しいという仕組みになっています。

 この時、私は2段昇段に向けて月次試合に参加していたのですが、中盤にウルフ選手の名前がありました。中学生ながら2段昇段に向けた意気やヨシ!という感じです。(なんとなくですが、強い中学生で初段、並みの中学生は白帯。強い高校生は2段、並みの高校生なら初段というのが相場観でしたので、中学生で2段は相当強いレベルです)
 で、私は序盤で試合を終えましたが、後学のために残っていたところ、ウルフ選手の登場です。

 いやぁー、凄かったです。

 高校生、大学生をモノともせず7~8人を投げ飛ばしました。中盤から出場して残り全員を勝ち抜いたのです。オール一本勝ち、しかも、しかもですねぇ、一本を獲った技が全て違う技だったのです。「投げ込み」という投げる人と投げられる人を決めて行う稽古でも綺麗に投げるのは難しいのですが、ウルフ選手はこともなく、苦もなく投げ飛ばしていました。およそ考えられないことでした。
 全てが嘘のような光景でした。
 本来のルールでは、最後まで勝ち抜くと最初の選手に戻るはずですので、私も一度冷えた体を温め直し、
「ウルフとやら、止められないまでも、オッさんの意地を見せてやる」
と意気込みましたが、その時のルールでは最初に戻ることなく、ウルフ選手が右端まで勝ち抜いたところで試合終了となりました。

 残念な気持ちと、安堵の気持ちが入り混じった不思議な感覚でした。

 その一時間後、講道館の近くにある居酒屋で友人と杯を重ねながら
『いやぁ、凄いもの見ちゃったね。あーいう選手が将来、オリンピックに出場するんだろうね』
 と語ってから10年後、東京オリンピックで「ウルフアローン選手」が100㎏超級でオリンピック金メダルを獲得しました。

 開催にあたりいろいろ物議を醸したオリンピックではありましたが、私にとりましては「ウルフ選手のネタ」に箔がついた!
 と勝手に喜んでいるところです。
 なお、この時の月次試合で私は4ポイント目を獲得しましたので、後日、講道館の先生に昇段の申請を行いました。
「先生、4ポイント目を獲得しましたので昇段の申請をしたいのですが」
「太郎さん、初段から2段に昇段するには、初段から4年間空ける必要があるけど、期間は満たしていますか」
と怪訝そうな顔をされてしまいましたが、私は胸を張り
「はい、初段を取得したのが昭和63年なので20年以上経過しているから大丈夫なはずです!」
と応えました。
 ウルフ選手が生まれる前に初段を取得し、多分同じ時期に2段に昇段しました。
 という全く、意味のないお話をお読みいたただきありがとうございました。


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