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【創作SS】出目金の願い(シロクマ文芸部)

 咳をしても金魚。
 自分の咳で目を覚ました俺は、ベッドに寝たまま部屋の反対側にある水槽を、見るとはなく見た。
 不細工な出目金が、暗い部屋の水槽でユラリ、ユラリと泳いでいる。

 まだ午前6時ぐらいだろうか。少し早い気もするが、餌をやることにしよう。
 18歳から35年働いて、53になった。何にもなることができず、何も残すこともできず、起きて働いて、飯を食い、酒を飲み眠る。
 1匹の出目金と8畳1間で暮らすだけ。

 水槽に近づき、小さな箱から緑色の顆粒を数つぶ取り出し、水槽にポツリポツリと落としていく。出目金は水面近くで待ち構えて、波紋を広げながら餌に喰いつく。

 世間は、アフターコロナのゴールデンウィークとやらで賑わっているらしいが、俺にも出目金にも全く関係ない。いや、休みが多く、日給を元にしている給料が減る分、今から節約しなくちゃならないか。

 手が止まっていた俺を、ギョロリとした目が見つめていた。
「心配するな。お前の餌は、ちゃんと準備するさ」
そう呟きながら、顆粒を3つぶ水槽に落とした。

 ピロン。
 枕元に置いていたスマホが鳴ったので、慌ててベッドに戻る。急な休日出勤の連絡だろうか。
『元気にしてる』
すぐにLINEを返す。
「父は元気だ。お互いに仕事を頑張ろうな」
娘は、4月から新卒として働いている。

 前妻と離婚した後、時々LINEで近況を教えてもらっているが、何年会ってないことか。親らしいことをほとんどしてやれなかったが、ちゃんと成長してくれたことは嬉しい。

 ゴホゴホッと咳が出た。変な病気じゃないと良いが。医者もやってないだろうし、もう一度ベッドに入り、二度寝して体を休めることにしよう。

 生きていてくれれば、それでいい。

 俺が娘に願うように、娘も願ってくれているだろうか。そうだとしたら、もうちょっとだけ生きていたい。
 何の価値も希望もない人生だとしても。

 体を横にして、水槽を眺めた。
 出目金と目があった。お前もそう思うか。
 お前のためにも、もうちょい生きようか。お前も生きててくれよな。
 
 昼になったら水槽の水を替えて、散歩に行こう。
 俺は目を閉じた。

(本文ここまで)

#シロクマ文芸部
 小牧幸助さんの、こちらの企画に参加です。
https://note.com/komaki_kousuke/n/n8303359955d5

 交流している「めいさん」の投稿が楽しそうなので、追いかけ参加です。

 シロクマ部長、めい先輩、諸先輩よろしくお願いします。
 
 なお、自己紹介の代わりに、こちらのリンクを埋めておきます。
#何を書いても最後は宣伝









 

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