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【実録】梅が咲く日

 6年前の2月25日、僕は一人で京都の鴨川沿いを歩いていた。
 十数年振りの京都なのだけれど、風光明媚な観光地、神社仏閣、古都の美食を巡るような気持ちにはなれずにいた。

 京都を訪問したのは、娘の受験の付き添いのため。
 土地勘はないけれど、受験という人生の一大イベントを前に、余計な気苦労をしなくて済むよう、お金の心配をしなくて済むよう、試験前日から同行して、朝も試験会場まで送った。
 娘が子どもの頃に離婚していることもあり、二人だけで宿泊を伴う移動は初めてのことなのだけど、旅行気分は全く無い。

 試験会場に入る娘を見届けた後、祇園の八坂神社で合格祈願の参拝をして、あてもなく、鴨川の縁を歩いた。
 天気は上々、風は穏やかで、散歩するには絶好の日。春の訪れを、梅が感じさせてくれていた。
 娘は、笑顔で春を迎えることができるのだろうか。サクラサクのだろうか。娘とは言うものの、一緒に暮らしていないこともあり、志望校の合格圏内なのか、そうでないのかは解らない。僕は、センター試験の経験がなく、役立つようなアドバイスもできない。できることは費用負担と、おぼつかない道案内くらい。

 鴨川は、穏やかに流れていた。僕は流れに逆らうように、上流に向かい足を動かした。娘に、合格して欲しいと思う一方で、伝えたい思いもある。

 ふと、街並みを見たくなり、川を離れた。
 細い小路を歩くと、目に飛び込んできたのは、丸十字の家紋の下に「島津創業記念資料館」と書いてある小さな看板。

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 古民家風の施設周辺に人の気配はなく「入って良いのか」と、キョロキョロと周囲の雰囲気を伺いながら、小さな門を潜る。
 百円を支払い入館すると、他にお客の姿はない。僕の時間は十分にある。時代を越えた古い機械やパネルをゆっくりと観ながら、創業当時、明治維新直後の京都に思いを馳せる。

 仏具屋の跡取りが、周囲に求められ、外国製品から学び、教育用や医療用の機材を創り学校や医療機関に納める。55年の短い生涯をかけ、発明家として、実業家として、その後150年余りも存続する企業を誕生させ基盤を築いた。
 と、言えば立身出世であり、格好良い、素晴らしい物語だけれど、仏具屋としての志を思うと、辛く苦しい時期もあったのではないだろうか。周囲には、新しいことに取り組む男を、良しとする人ばかりでも無かったのではないだろうか。
 それでも、新しい事業に挑戦し続けた男が居た。

 娘に伝えたい。大学に合格しても、合格しなくても、君が努力したことは無駄にはならない。大事なことは、そこから何をするかです。とは思うものの、この胸にある思いは仕舞い、合格を祈ることにしよう。
 資料館を後にして、また、鴨川に戻り、北に向かいテクテク、テクテクと歩きだす。小さな歩みでも、続ければ目的地に着くことができるだろう。

 数時間後、疲れた表情の娘に寄り添い、地下鉄の駅に向かった。

 数日後、娘から届いたメールには「不合格」という文字。

 何番目の志望校なのかは聞かなかったけど、春を迎え、娘は京都市内の大学に進学した。そのおかげで、何度か京都に遊びに行く機会を作ることができた。
 最初のゴールデンウィークには、二人で天橋立を観に行った。
 希望に燃える明るい表情に、杞憂という言葉の意味を噛み締めた。

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 2年前の春、娘は大阪で就職した。流行り病もあり厳しい職場環境だと思うけれど、働き続けている。大学は志望どおりといかなかったけれど、就職は希望職種に就くことができた。
 流行り病もあり、ここ2年間では、2回しか大阪に行くことができていない。もしかしたら、このまま会うことができないかもしれない。
 けれど、あの日観た、鴨川、梅の美しさ、空の青さを僕が忘れなければ、それで良いのだ。人生の道案内はできない、娘が自分の道を歩いて行くことを応援し続けたい。
 転んでも、起き上がることができる、歩みを止めない君の強さを、僕は信じている。

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 6年前の2月25日、僕は一人で京都の鴨川沿いを歩いていた。
 冬の寒さに耐え、咲き誇る梅の花を見た。

 次に娘に会うことがあれば、伝えたい。
 しっかりと大地に根を張り、生きていこう。
 いつか、花が咲くことを夢見て、生きていこう。
 君の強さを僕は信じている。君が自分の道を歩いて行くことを応援し続ける。僕の心は、いつもあなたのそばにある。

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 補足です。mkujira58さんの素敵な写真にインスパイアした記事です。
 2月25日に「梅」を見せていただきましたので、返礼記事です。

 もともと、梅が好きなのです。
 文体は、ささみさんインスパイアです。「言葉で伝えるちいさな日常」を表現する、ささみさんのようにはいきませんが、「優しく情感あるエッセイ」に挑戦したところです。また、精進してエッセイに挑戦してみたいと思います。ささみさんのように、「読んだ人に、暖かさと優しさを灯す」ようなお話は、遙か高みにありますが、一歩一歩目指したい頂きです。
 ささみさんの本日の記事はこちらです。

 普段はくだらない話ばかりですが、偶にこういうのを書くのも楽しめました。ちなみに、サムネ画像は京都の「出町柳商店街」だと思います。
 写真は全て数年前のものになります。また京都にも行きたいです。

 全ての受験生が善き春を迎えますことお祈り申し上げます。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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